高齢者雇用のための月刊誌 ELDER エルダー 平成22年3月1日発行(毎月1回1日発行)第32巻 第3号通巻365号 P1-4技 a technical expert vol.190 技を支える 人は緑に守られている、 大藤に込めた「樹恩」の思い 女性樹木医第1号、あしかがフラワーパーク園長 塚本こなみさん(60歳) 樹木を生かすお手伝いをしていますが、最近は人も樹木に生かされているという思いが強くなって、『樹恩』という言葉を好んでつかうようになりました 我が田に水を引くようで気が引けるが、小誌一月号のBOOK欄『自然職のススメ』(二玄社)から引用する。このなかで書評子は「(農林漁業のような自然職に就くにあたっては)自然に対する単なる憧れだけではやっていけないわけで、あくまでも職業として捉える必要がある」と指摘している。 樹木医という職業は、まさに『自然職』の代表であり、ガーデニングを趣味とする人々の憧れの仕事であるだろう。しかし、七年を超える樹木の診断・治療経験を必要とするなど簡単に取得できる資格ではない。易々と自立できる職業ではないが、塚本こなみさんは女性樹木医第一号として知られ、世界一美しい大藤で有名な栃木県足利市の「あしかがフラワーパーク」園長である。 「樹木医という職業は、この木を治療、移植して欲しいと願う依頼主の思いを受けて始まる仕事です。樹木の専門家としての私は、時には一、二年かけて樹木の状態を見ながら治療し、必要なら移植する。その意味ではさまざまな症状の方に接するインターンや臨床のお医者さんと同じですね。生きている樹木から教えられ、自分の知識と経験をつかって何百本もの樹木を治療してきました」 専門家としての職業人の矜持、このあたりのことはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀 藤の老木に命を教わる』(二〇〇六年五月)などのメディア報道でご承知の方も多いであろう。とくに専門家の間では絶対に移植不可能と言われていた藤の巨木の移植に成功し(一九九六年)、九九年には移植先の「あしかがフラワーパーク」園長に就任、年間一〇〇万人を超える来園者を誇る関東屈指の花の名所としての評価を定着させる一方、若手造園家の育成にも力を注いでいる。移植後一〇年余りをへて六〇〇畳にまで枝を広げた大藤の物語は塚本さん原作の絵本『奇跡の樹 よみがえった大フジのおはなし』(絵と文・葉祥明、下野新聞社刊)に再現され、巻末には移植の詳細なノウハウも写真入りで公表されている。 「私だけでなく若いスタッフも頑張っていることを知ってほしいので、自宅のある浜松(静岡県浜松市)ではなく、お話はフラワーパークでさせていただいています」とのことで、この日の園内は日差しは十分ではあるが冷たく澄んだ青い空が印象的で、白藤の棚の剪定が行われていた。開花の季節は四か月ほど先になるだろうか。 「彼は園内の藤の担当責任者です。早く私なんか必要としないように、と言ってるんですよ。もう、ほとんどのことはスタッフに任せていますけどね」 「名前ですか、ムラオカ・ノブアキ(村岡伸朗)。年齢、大体、三二歳かな」 「大体? てことはないでしょう(笑い)」 切り落とされた白藤の枝にはかなり大きな花芽がついている。 「ええ、どのくらいまで花芽を切り落とすか、これが春になって大きな花を咲かすことができるかどうか、決め手になるんです。園長、今年の花は去年よりも大きくて色が鮮やかだね、など毎年訪れる人にいわれます。目の肥えた方が多いですからね」 冬季の夜間、園内ではイルミネーションイベントが繰り広げられ、随所に冬咲きの紅白の牡丹が柔らかな照明に映えて華麗な姿で迎えてくれる。 「照明が暖房の役割もする、若いスタッフのアイディアです。数年前から任せてきましたが近隣でも遜色のないイルミネーションイベントになりました。成人の日の夜は駐車場がいっぱいでしたから、一万人近い方が見えたかも」 週末を中心に各地のイベントや講演に招かれることも多いが、最近、揮毫を求められると『樹恩』と書くようになったという。 「人は樹木や緑に守られている、そんな思いを強くするんです。八〇歳のお婆ちゃんから家のアカマツを診てくれと言われて、お会いしたら、この木が無くなったらご先祖や家族に申し訳ないと言う。アカマツには命があってお婆ちゃんはずっと会話していた。人は樹木の恩を感じているんですね。二年前にNHKの『課外授業ようこそ先輩』という番組で小学生に、校庭の木とお話しできるんだから自分の木を選んでごらんと言ったら、大木ではなく小さなキンカンの木を選んだ男の子がいました。理由を聞いたら、お婆ちゃんが冬になるとこの実で何かをつくっていたから選んだって言ってました。小さい時から成長するまで、樹木や緑は人を見守っていてくれる存在なんです」 自宅のある浜松では二二歳のときに結婚したご主人が経営する造園業を手伝い、ご主人のアドバイスを得ながら樹木医としての今日がある。現在では環境緑化コンサルタントとして自治体のアドバイザーや審議会委員を務め、株式会社環境緑化研究所の代表取締役でもある。 二人の息子さんはご主人の造園・園芸の会社を手伝い、建築事務所に勤務中の娘さんは塚本さんの週末のフィールドワークや講演に同行して母親の仕事を勉強中であるという。親の背中を見て子は育つとはいうが、「自分で言うのもおかしいですが三人とも、私たちの仕事をちゃんと見てくれているという気持ちがして、嬉しいです」……塚本さんの家族や仕事への思い、それらもまた樹木や緑に見守られている、そんな温かさを秘めた冬の関東平野の一日であった。 (撮影・福田栄夫 取材・吉田孝一) キャプション P02右上. 樹齢140年、幹回り4.05メートルの栃木県指定天然記念物「ノダナガフジNO.1(野田9尺藤)」。1990年2月、早川農園から移植。 P02右中上. 冬季の夜、藤棚はLEDイルミネーションで幻想的に彩られる。 P02右中上左. 4月下旬〜5月上旬、世界一の美しさを誇る「足利のフジ」。花房・最長1.8メートル。(あしかがフラワーパーク提供) P02右中下. 園内の見回り。開園当時、庭園の設計も塚本さんが担当した。 P02下右. 四季を問わず園芸ファンが訪れるパーク入り口。 P02下左. 600畳敷きの大藤棚3本をはじめ300本以上の藤で有名な「あしかがフラワーパーク」の全景。 P03上左. 数年かけて根張りを調整し、石膏ギブスをつけて養生し、ロープで吊り上げ移植される大藤(塚本さん提供)。 P03中上左. 責任ある立場として食生活にも気配りしているという。 P03中 冬季のロウバイなど藤ばかりでなく四季折々の花木が、1年中、来園者を楽しませてくれる。 P03下左. どのように花芽を剪定するかで開花期の見栄えが決まる。 P03下中. イルミネーションは冬季夜間イベントの華となっている。 P03下右. 入園口前の無料スペースでは花木や切り花がリーズナブルな値段で販売され人気スポットになっている。 P04上右. 石膏ギブスのほかに「発掘された木簡の墨文字をヒントに防腐剤として墨の使用を思いつきました」と。 P04上左. 人は樹木に見守られている…よみがえった雄大な巨樹の生命力が塚本さんとスタッフの思いを支えてくれる。 P04中右. 藁囲いの中、照明に映える冬咲き牡丹。 P04中左. 若いスタッフにかける期待は大きい。左は藤の担当責任者・村岡伸朗さん。 P04下右. 黄昏の藤棚イルミネーションの散策は春の開花期への思いを膨らませてくれる。3 P6 特集 70歳雇用時代の新たな雇用システムを考える 団塊の世代の全員が60歳定年を超えていよいよ高齢社会本番といったところだが、この実情を受けて、雇用問題も65歳までの雇用から70歳雇用時代へと動き始めている。 団塊の世代の先頭グループではことしから公的年金を受給できる年齢層もあり、この年金の給付とこれを負担する若い年齢層との負担のバランスからも、70歳までの雇用は大きな意味を持っている。しかし、わが国の雇用システムは、まだこの70歳までの雇用を受け入れられるシステムにはなっていない。 そこで、本号の特集では、70歳雇用という新たなテーマのなかで、雇用・社会システムとしてどのような問題があるのか、その問題をクリアーするにはどんな考え方、方法が必要になるのかを探ってみた。 P7-10 特集 70歳雇用時代の新たな雇用システムを考える これからの新たな雇用システムとは何か 独立行政法人 労働政策研修・研究機構 労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員 濱口桂一郎 本誌の今号の特集の主旨は「七〇歳までの雇用とは何か?」である。七〇歳までの雇用が何を意味するかは、雇用システムのあり方によって異なる。雇用システム自体の中に年齢という要素があまり重要なものとして組み込まれていないのであれば、それはもっぱら年金制度との関係で論じられることになる。しかしながら、日本のように雇用システム自体が根本的に年齢に基づくシステムになっている場合には、雇用システムの組み替えなしに七〇歳までの雇用を実現しようとするのは大変難しい。 1日本型雇用システム 日本の雇用システムはその入口〈新卒採用〉から出口(定年退職〉まで、またその間の処遇〈年功賃金や年功序列〉についても、かなり大幅に年齢に基づくシステムとなっている。これは根本的には、雇用契約がジョブを定めるのではなくメンバーシップを設定するものとなっているためである。ここから長期雇用〈終身雇用〉制度、年功賃金制度、企業内教育訓練制度、企業別組合制度などがコロラリーとして導き出されてくる。 これら「三種の神器」と呼ばれる特徴付けは、おおむね正しいとはいえいささか誤解を招くところがある。とりわけ「終身雇用制度」という表現はミスリーディングである。なぜなら、日本型雇用システムは年齢によって労働者を企業から排出する定年制を不可欠の仕組みとするものであり、決して文字通りの「終身雇用」などではあり得ないからである。定年制が不可欠となるのは年功賃金カーブが伸びるままいつまでも雇用するわけにはいかないからである。 そもそも年功賃金制の根拠は、若年期においてはOJT等による技能の向上に応じた賃金の上昇ということで説明できるが、壮年期以降はむしろ結婚して子どもができ、その教育費や住宅費がかさんでくるという生活状況を前提として、それらを賃金でまかなう生活給制度という面が極めて強くなる。ところが、生活給の必要性は子どもが独立するようになれば縮小する。かつては遅くても五〇代半ばくらいがその境界線であった。それゆえ一般的に五五歳が定年年齢であった。今日、定年を六〇歳としつつ、その後は別の有期雇用契約を結ぶ形で継続雇用することが一般的であるのも、根底には六〇歳を超えれば生活給の必要性はなくなるという認識があるからであろう。 2高齢者は非正規でなければならないか しかしながら、このやり方は労働者を年齢でもって一律に正規から非正規に移行させることを意味する。もちろん、正規とか非正規という言葉が単に雇用契約の期間の定めの有無を意味するだけならあまり問題ではない。高齢者に期間の定めがあるのはむしろ当然である。問題は、メンバーシップ型の日本型雇用システムにおいては、非正規というのは会社のメンバーではなく、それゆえ重要な仕事には従事させられない周辺的な存在であるという意味合いがあることである。「嘱託」といういささか奇妙な日本語は、こういうかつて会社のメンバーであった非正規労働者を指す言葉である。もちろん、労働者には個人差があり、会社のフルメンバーとしての活動には耐え難い人も多い。しかし、フルメンバーとして活躍できる人をも一律に非正規化することは、社会的な人的資源の有効活用という面からして、やはり問題があるのではなかろうか。 現在の六五歳までの継続雇用においてすらこのような問題がある中で、そのシステムを維持したまま七〇歳までの雇用が実現できる可能性は少ないというべきであろう。六五歳を超えると、労働者の個人差がますます拡大する。「嘱託」という一律の非正規扱いですら耐え難い人もいる一方で、なお矍鑠とフルメンバーとしての活躍ができる人も出てくるとすると、そういう個人差に対応したシステムを構想する必要はますます高まってくると考えられる。すなわち、個々の労働者の能力に応じてさまざまにその従事する職務を定め、その職務に基づいて賃金を決定する仕組みにしていく必要がある。 3賃金制度の再検討 これは、高齢者雇用の部分だけを考えていればいい問題ではない。壮年期から中年期における賃金制度を年齢に基づく生活給制度のままにしておいて、六〇歳を超えたらとたんに個人の従事する職務に応じた職務給にするというのは難しいであろう。OJTで技能を身につけつつある若年期はその技能水準に応じた年功賃金制がなおふさわしいであろうが、それを過ぎた壮年期以降の賃金制度については、中長期的には生活給的な年功賃金制度から、個々の労働者の従事する職務に応じた職務給の方向に移行していかざるを得ないように思われる。 これは、ミクロ的にはとりわけ中年層における賃金の引き下げという課題につながっていかざるを得ない。それは個々の中年労働者層にとっては既得権の侵害以外の何ものでもない。これを企業の労働者全体の利益を維持増大するという大きな枠組みの中で実行していくためには、若年期から高齢期まで含めたすべての労働者の利益を代表する集団的労使関係システムの再構築が不可欠である。職場の産業民主主義の確立だけが、そのような利益と不利益の再配分を可能にするであろう。 また、今日の一般的な再生産年齢構造や高等教育への進学率の高まりからすると、四〇代から五〇代にかけての時期こそがもっとも子どもの教育費がかさむ時期であることを考えれば、この費用を社会的に支えていく社会保障制度の確立なくして、このような雇用システムの再編成は不可能である。新政権によって子ども手当と高校授業料の無償化が進められているが、それを遥かに超える水準の「人生前半期への社会保障」の拡充が必要になるはずである。 4外部労働市場の形成 これはまた同時に、六〇歳までのフルメンバーとしての雇用のあり方自体についても見直しを迫るものである。個々の労働者の能力に応じてさまざまにその従事する職務を定め、その職務に基づいて賃金を決定する仕組みは、その職務に基づいて会社を変わっていく外部労働市場がきちんと形成されていることを不可欠の前提とする。逆に言えば、低技能低賃金の非正規労働者にしか外部労働市場が存在しなかったことが、それと隔離された正社員の内部労働市場とその延長線上における「嘱託」という名の非正規労働者の内部労働市場を存在させてきたとも言える。 とはいえ、外部労働市場とは一朝一夕に作り上げられるものではない。とりわけ、現実的にはこれまで確立してきたメンバーシップ型の雇用システムを前提として考えなければならない以上、それと矛盾しない形の外部労働市場を構想する必要がある。 その意味で今後活用する値打ちがあると思われるのは労働者派遣システムである。今日、労働者派遣事業は格差社会の根源として叩かれる一方のように見えるが、そして確かにそういう面も否定できないが、労働者派遣システムはうまく使えば、高齢者向けの外部労働市場を形成する触媒になりうる可能性があるように思われる。なぜなら、労働者派遣システムにおいては、派遣労働者は派遣会社のメンバーとして最低限の雇用保障と賃金保障を受けつつ、個人の職務能力に応じてさまざまな派遣先の職務に従事するということが可能になるからである。それがもっとも明確であるのは常用型派遣であるが、いわゆる登録型派遣であっても、派遣の合間の登録期間に関する何らかの保障を法令や関係者間の協定のような形で定めることは不可能ではないはずである。 このような形で高齢者向けの労働者派遣市場が拡大していくならば、七〇歳までの雇用にもほのかに可能性が見えてくるのではなかろうか。 5教育訓練制度 やや長期的な課題としては、企業内教育訓練システムと新規学卒一括採用制度をどうしていくべきかという課題がある。 一定水準の職務を遂行するために一定の技能が必要である場合、その技能を教育課程において習得するか、労働過程において習得するか、それともそれ以外で習得するかが問題となる。教育課程で職業訓練を完全に行うのであれば、若年期といえども個人差はあっても年齢差は問題とならない。 これに対し、教育課程は一般学術教育に専念し、労働過程のみで職業教育を行うのであれば、労働者となっても若年期は訓練生であり、相当期間個人差よりも年齢差が問題となる。 もちろん、両極端はあり得ず、現実には欧米でもOJTの意義は重要であるが、それにしても日本における学校教育の職業的意義の欠落は顕著なものがある。 前述では教育訓練制度は現状維持という前提で論を進めたが、長い目で見れば社会全体における教育訓練機能をどこにどのように配分すべきかという問いが避けられない。 そして、将来的に企業外部の教育訓練機関の意義が重要になってくれば、それを中年期以降の労働者の教育訓練にいかに活用していくべきかという問題意識も形をなしてくるであろう。 これは教育界の側では「リカレント教育」と呼ばれているが、今のままの教育界に任せていると、とかく職業的意義の乏しいアカデミックな学術教育に偏してしまう危険性がある。労働者が中高年になってから受講して仕事に役立てることができるような教育内容を提供すべき責務が教育界、とりわけ大学をはじめとする高等教育部門にあるということを、そろそろきちんと社会的に訴えていく必要があるように思われる。 その延長線上に、高齢者の教育訓練という、現在ではほとんど誰もあえて考慮しようとしない問題意識も生み出されてくるかも知れない。 もちろん、生物としての人間に物理的な寿命があり、機能の衰えがある以上、教育訓練の成果を発揮すべき時間の広がりが若年期や壮年期に比べても狭いことは否定できない。しかしながら、個々の職務のための教育訓練という明確な目的をもって考えれば、五年程度の収穫期間であっても十分教育訓練コストをかける値打ちはあると考えることもできる。 こうして、若者も中年者も高齢者もともに大学など高等教育機関で職業的意義のある教育を受けられるような社会が実現するならば、そのとき現在のように過度に年齢に基づく雇用システムも大きく変貌していることであろう。 P11-16 雇用流動化時代の労働市場はどう変わるか 早稲田大学教授 武藤 泰明 はじめに 本稿は、日本の労働市場が今後「どのようになっていくのか(未来予測の観点)」「どのようになっていくべきか(政策論の観点)」を示すことを目的とする。以下では前者を「未来論」、後者を「政策論」と記す。政策論は一種の「べき論」である。企業による雇用は経済合理性の観点を中心にして最適化を目指すので、なかなか政策論が求める通りのものにはならない。とはいえ、労働市場が取り扱う(労働市場で取り扱われる)のは人間であり、人は経済合理性だけを目的にして仕事をするわけではないので、「べき論」であるとはいえ、政策論は重要である。政策論と未来論がどのようなかたちで調和していけるのか、折り合えるのかというのが本稿の主なテーマとなる。 1日本経済の位置づけ:過去・現在・未来 企業は環境に適応する。同じように、制度も環境に適応する。適応の仕方は、経済合理的であったり理念的であったりする。労働市場は文字通り市場なのだが、市場は一種の制度である。一定の制度の下で市場メカニズムが機能する。換言すれば、制度があって市場がある。したがって、労働市場の未来を考えるというのは、労働市場という制度の未来、そしてこの未来の制度の下での市場メカニズムを検討することになる。そこでまず、この制度の前提となる環境がどう変化したのか、していくのかを考えてみたい。 重要な環境変化としては、以下のような点を指摘することができるだろう。 ク日本の経済規模(GDP)は米国についで世界第二位であったが、早ければ二〇一〇年には中国と逆転して三位になる。 ケ日本の一人当たりGDPは、世界二〇位前後である。最近は円高なのでドルベースでの順位は多少上がっているが、それでも「経済大国」の印象からは程遠い順位であるということができるだろう。世界一位はルクセンブルクなので比較の対象になりにくいが、これに続く二位はノルウェーであり、上位にスウェーデン、デンマーク、オランダなど、欧州北部の国々が名を連ねている。これらの国の多くについて、日本は小国(人口もオランダを除けば一〇〇〇万人を下回る)だと思っていたし、高負担の高福祉国家であるため、日本の手本にはならない、むしろ反面教師と考えていた。それらの国々のほうが、一人当たりGDPでは日本を上回っている。 コシンガポールより経済規模の大きい四二カ国について、二〇〇二年から二〇〇六年までの年平均の経済成長率を計算すると、第一位はロシア、二位は南アフリカ、日本は二%強で最下位である。二〇〇二年から二〇〇六年までというと、日本経済はいわゆるロスト・ディケイド(失われた一〇年)からようやく抜け出し、戦後最長の経済拡大期に入っていた時期なのだが、それでも最下位なのである。この時期の日本は内需拡大がうまくいかず、円安・輸出によって成長を実現していたのだが、この、あいも変わらぬ輸出主導型成長が実現できたのは、日本以外の各国の成長率がきわめて高かったことによる。それでも、輸出先の国々の成長率には追いついていない。 サ世界同時不況とその回復期である二〇〇八〜二〇一一年までの経済の実績と成長予測をみると、日本は四年間の通算でやはり最下位になる。マイナス三%(実額にして一五兆円)である。この不況の震源地である米国はプラス成長、西欧も英国がわずかにマイナスになるのを除くとプラスである。中国、インド、ASEAN諸国がプラスであることは言うまでもない。世界同時不況の前も後も、日本は最下位なのである。 シ世界経済の潜在的な成長力は高まっている。そしてその「主役」は新興国である。新興国経済の特色は、経済に占める投資(企業による事業投資や、国家によるインフラ投資)の割合が高いことである。米国はGDPの七〇%を消費が占めている。日本も六〇%である。この二カ国は経済規模が大きいので経済変動の実額は大きいが、変動の割合(経済成長率)は安定している。これは消費の変動がきわめて安定的なためである。これに対して、投資主導で経済成長している新興国は、経済変動の幅が大きい。結果として、これからの世界経済は成長を基調としながらも振幅の大きいものになる。 以上が示しているのは、第一に、日本は経済面において、あまり見るべきところのない国になっているということなのだろう。成長力は、かなり低い。成長というよりむしろ衰退である。 第二に、一時、労働時間短縮のための制度導入に際して唱えられた「モノの豊かさから心の豊かさへ」といったスローガンは経済的な豊かさを前提にしていたのだが、どうもそれもあやしい。あやしくなっているということである。ひょっとすると、日本の指導層が考えていた「国民の豊かさ」には、「ぬかり」があったのかもしれない。 そして第三に、世界経済の振幅の大きさは日本にも波及する。経済の安定度は、これまでより低下することになる。世界同時不況を「一〇〇年に一度」と表現するのはある意味で正しいのだが、あわせて認識しておかなければならないのは、このような変動が「常態化」するのだということであろう。 つまり、いろいろな制度の前提となっている事実が、変わり始めている。労働や雇用についても同様である。前提が変わったのであれば、制度も変えていかなければならない。そうしなければ、市場も機能しなくなるだろう。 2現在の制度の特質と限界 では、現在の労働市場は環境変化の中でどのような問題を孕むようになったのか。以下では、新卒市場と中途市場とにわけてこれを検討してみたい。 ク新卒市場 ○早期離職とその背景 いわゆる新卒の定期採用は、日本では当たり前のことだが、世界的には必ずしもそうではない。日本の学生・生徒は、卒業してすぐに雇用者になる。効率的な仕組みである。 問題は、早期離職率の上昇である。とくに高卒が高い。長期的に雇用し、育成していくべき人材を、企業は高卒の定期採用で確保することが難しい。そしてそうであれば、企業は高卒の正社員を採用せず、中途採用、あるいは非常用労働者を確保するほうが合理的である。 大卒は三年で三分の一が離職するようになった。この割合は高卒より低いとはいえ、新卒採用=長期雇用という枠組みが、大卒についても十分には機能しないことを示している。 逆説的だが、中途採用市場が機能するようになれば、それだけ早期離職も増える。換言すれば新卒市場の機能が低下することになる。とはいえ、中途採用市場の機能を低下させるわけにもいかないので、新卒市場の機能低下は回復しない。早期離職は若い人の意識の問題だと考えている人も多い。そういう面もあるのかもしれないが、このような構造的な問題でもあることを理解すべきだろう。 ○不就業 早期離職より深刻な問題は、正社員として就業しないことである。しない、と書くと、学生の意思でそうなっているような印象だが、実際には企業、とくに大企業の採用が縮小することによって、学生が就職できない。採用意欲のある中小企業もあるはずだが、学生はそこには向かわない。アルバイトなどの非常用労働者になる。「低成長+振幅の拡大」が経済の基調であるとすると、企業はこれまでに比べて正社員を採用しにくくなる。 問題は、新卒時に正社員・職員にならなかった若者が、その後もずっと正社員・職員にならない、なれないだろうという点である。新卒採用は「一度しかこない列車」と言われる。これに乗りそこなうと、正社員になれない。今世紀はじめには、そんな若者が大卒、短大卒だけで毎年二〇万人以上にのぼっていた。 大学を出て就職したにもかかわらず早期離職する若者は「もと正社員」なので、中途採用の市場でつぎに仕事を探すことができる。しかし、一度も正社員になったことのない若者は、この市場を使えないのである。 経済が成長し、人材需要が高まれば、このような正規雇用者になったことのない人材も採用されていくという考えもあり得るだろう。しかし、実際にはそうはならないのではないか。この理由は、市場が成立していないからである。 今後の若年労働力問題を量と質から検討するなら、量(人数)は確実に少ない。したがって、質の高い人材の割合を高めていかなければならない。そして、質の高い人材は、学校と勤務先で育成されるが、勤務先で育成されるのは正規労働者だとすると、現在のように、就職の入り口で人材を排除するというのは、かなり非効率な、もったいないことなのである。労働力としての日本人の平均的な質も向上しない。換言すれば、日本の労働力は、現在の制度と市場の下では、量だけでなく質も低下していくことになる。 ケ中途市場 労働市場というと、中途採用の市場がイメージされるのが一般的であろう。個人の都合か会社の都合で離職し、つぎの仕事を探す。これがマッチングされるのが中途採用の市場である。雇用流動化という表現も、この市場について用いられている。 この市場の役割は、ミクロレベルでは企業間で一定の能力のある人材を再配置することである。そしてマクロレベルかつ中期的には、停滞ないし縮小していく産業から成長する産業へと人材を再配置する。したがって、この市場の機能を高めることは重要なのだが、問題は、この市場で需給の対象となっているのが、前述のようにおそらくほとんど正社員なのだという点であろう。 換言すれば、この市場は、職務能力の高い人材の量を増やさない。人材の配置が最適な状態に近づくことによって生産性は上がることが期待されるが、マクロレベルでの量の確保には貢献しないということである。したがって、大企業など、中途採用で人を集めやすい企業には有効だが、集めにくい企業にとっては、この市場が機能することによって人材が流出するという、逆説的な状況が生まれることになる。 また、この市場が非常用労働者を取り扱わず、結果として非常用労働者は非常用のままだとすると、景気の良し悪しにかかわらず、非常用労働者の数は潤沢である。したがって企業は非常用労働者の採用が容易なので、非常用労働者の割合を高めるような人材施策を採ることが合理的になる。換言すれば、中途採用市場の機能だけを高めることは、問題を解決するより、より深刻にしてしまう危険が高いのである。 3中高年層にとっての労働市場 中高年層については、六〇歳の法定定年が廃止され、段階的に六五歳までの雇用努力が求められているのだが、この制度の特徴は、雇用の継続を前提としていることである。つまり、中高年層は外部労働市場によらず、企業ないし企業グループの内部労働市場によって仕事を続ける。 ク内部労働市場から外部労働市場への転換は可能か 内部労働市場は、日本の企業社会の特徴の一つである。いろいろな事業を行っている企業、とくに大企業が、社内で人材の再配置・最適配置を行う。この前提となっていたのは、日本全体が慢性的に人手不足だったことと、企業が定年(当時は五五歳)までの雇用継続を当然と考えていたためである。 とはいえ環境は大きく変わっている。かつてほどの人手不足ではなくなっているし、引退年齢も一〇歳以上高まっている。ほとんどの企業は、この問題に対処するために、中高年層の賃金水準を抑制ないし削減する制度を設け、雇用継続を実現しようとしている。内部労働市場を維持しようとしているということである。 従業員や労働組合がこれを基本的には支持ないし同意しているのは、中高年層について、外部労働市場が機能しないためである。中高年の転職は難しい。たとえ可能であったとしても、働きなれた会社で仕事を続ける方がよいと考える人も多い。 ケ外部労働市場が機能するための要件 では、中高年について外部労働市場が機能しないのはなぜなのだろう。よく言われるのは、職種のミスマッチと賃金水準の問題である。中高年層が保有する能力と、求人する企業が求めている能力が違う。 これが典型的なミスマッチだが、加えて、中高年層が有する仕事の知識が陳腐化していることもあるだろう。あるいはPCが使えないとか、電子メールを使ったことがないというのは、仕事上の専門知識ではないが、必須の問題かもしれない。 自分の能力が生かしにくい仕事であれば、期待する賃金と実際の賃金との格差は大きい。 PCや電子メールの問題も含めて、中高年層の職務遂行能力が高まればよいのだが、採用する企業からみると、そのためのコストを負担するのは非合理的に思える。コストをかけても、引退までの期間が短いからである。若い人を教育したほうが、効果が継続する期間が長い。 ○公的部門による能力開発コストの負担 では、能力開発のためのコストを中高年層自身は負担するか。これは企業以上に難しい。能力を高めても、仕事に就けるかどうかが分からないからである。言い方をかえるなら、投資リスクが高い。自分自身の能力開発のために投下した教育コストが、回収できないかもしれないのである。 財政学の教科書ふうに言えば、フリーターをしている若者を正社員などの常用労働者にし、仕事の能力を高めることはいわゆる「外部経済」である。 つまり、この若者本人以外の、広く言えば世の中がこの恩恵を受ける。したがって、そのための費用を行政が負担することは合理的である。同じように、中高年層の仕事の能力を高める費用を行政が負担するのも外部経済に該当するといえるだろう。 ○企業は中高年層の能力開発コストを負担しないか ところで、「企業が能力開発コストを負担してまで中高年層を採用することはない」と考えるのは、悲観的すぎるのかもしれない。 たとえばIT業界を見ていると、流動性が高い。では、流動性が高いために、社員の能力開発に消極的かというとむしろ逆である。 流動性が高いので新卒・中途を問わず人材を採用し、集中的に教育して戦力化しようとする。外食産業も同様だと言えるだろう。 つまり、流動性の高さは、企業内教育の充実をもたらす場合がある。流動性が高ければ、中高年層に能力開発コストをかけることが必ずしも非合理的ではない。これまでの常識とは逆になるということである。 ○中高年層の転職を支援する事業者 もう一つ考えてみたいのは、中高年の転職あるいは就職を支援する事業者の発展というテーマである。 労働者派遣法の改正により、人材派遣市場は縮小するものと思われるが、二〇〇八年の半ばまで、派遣社員数は増え続けていた。 そうなったのは、「派遣法が整備され、規制緩和されたこと」「ユーザー企業が非常用労働力を求めたこと」そして「人材派遣会社が派遣社員を連れてきて(募集を代行して)くれることにメリットを感じたこと」による。 つまり、制度があり、需要があり、そして事業を拡大する力を持つサービス事業者がいたということである。 同じように、中高年層の職務能力(そして結果としてのエンプロイアビリティ)を高めるような制度があり、そして(あるいは)中高年層に対する需要が高まれば、サービス事業者が成長する。 そして、高い能力を持つ事業者が登場すれば、ユーザー企業の需要を待つのではなく、自ら需要を開拓していくだろうし、制度の改正についてのアイデアも豊富だろう。 そのような事業者が登場・成長することを期待したいと思う。というより、いずれ登場するはずである。 P17-24 七〇歳雇用時代に向けての賃金の考え方 │どう変わってきたのか、どう変わっていくのか│ 東洋大学経営学部教授 幸田 浩文 1わが国の賃金体系の特徴 賃金体系上、基本給は、これまで年齢給・学歴給・勤続給などのように、従業員の属人的な要素に対して支払われる「年功給」と、職務給・職能給・職種給などのように、従業員の担当職務や職務遂行能力に対して支払われる「仕事給」に大別されてきた。最近では、従業員一人ひとりが担当する仕事の範囲である職位(ポスト)に対して支払われる「職位給」、その職位の守備範囲や困難度に対して支払われる「職責給」、その職責に設定目標に対する役割期待を加味して支払われる「役割給」、その役割の達成度に対して支払われる「業績給」、そしてその業績に長期間の貢献度を加味して支払われる「成果給」といった、互いに関連した新しい賃金形態がみられるようになってきた。 こうした職位給・職責給・役割給は、従業員が担当する仕事の守備範囲の広さやその達成期待に対して支払われる賃金で、職務給の一種と考えられる。また、業績給や成果給は、設定目標をどれだけ達成したか、どれだけの期間貢献したかによって支払われる賃金で、一九九〇年代後半から成果主義賃金として導入されているものである。 わが国の賃金・人事処遇制度は、アメリカの影響を受けつつ、「年功主義」「能力主義」「成果主義」といった概念を混ぜ合わせ、その比重を調整することで、わが国独自のものを作り上げてきた。 そこで、そうした概念がどのようにせめぎ合って、今日の賃金体系を構成するようになったのか、また平成一八(二〇〇六)年度から施行された改正高年齢者雇用安定法により、六五歳まで段階的に継続雇用することが義務化されたことで、高齢者の賃金体系がどのように変わってきたのか、さらには最近標榜されるようになってきた七〇歳雇用時代に向けて賃金体系がどのように変わっていく必要があるのかみてみよう。 2職務主義と年功主義の相克 終戦直後の生活費に基盤をおいた賃金体系が、年功主義を基盤に定期昇給を加味した年功給・属人給になり、高度経済成長とともに職務の重要度や能力の程度に応じた賃金格差を容認する職務給や職能給に取って代わられた。そしてバブル崩壊後、年俸制とともに登場した成果給・業績給が、ここに来て批判されるようになってきた。 そこで、第二次大戦後の賃金制度にみられる年功主義、能力主義、そして成果主義といった対立する概念の相克(せめぎあい)を通じて、今後の新しい賃金ならびに人事処遇制度のあり方を考えてみたい。 ク昭和二〇年代│職務給の実験・研究段階から導入そして修正へ 第二次世界大戦後(昭和二〇年)、労働組合は悪性インフレに対処するため、賃金の増額を経営者に要求し、恊Hえる賃金揩ニいう考え方をベースにした生活給的な諸手当の増額や新設が行われた。その象徴的なものが「電産型賃金体系」で、多くの企業に採用された。 そうした最中、GHQにより 「賃金制度を性別や年齢などの属人的要素ではなく、職務に必要な義務や責任に基づくものにするように」との勧告があり、これを受けて政府の職務給研究が始まった。また経営側も、生活給一辺倒の電産型賃金体系への対抗を目的として、職務給の導入を押し進めた。 だがそうした中で、職務給をアメリカ型から日本の職務分類に適合したものに変更しようとする動きが活発化する。 ケ昭和三〇年代│沈滞ムードから一転して導入再燃へ 職務給が日本の土壌にうまく適合しなかったこと、それに代わる合理的な賃金制度が要望されたこと、そして賃上げ闘争において莫大なエネルギーを労使双方が費やすことを回避するために、定期昇給制度が注目されるようになる。 職務給は理想だが、低賃金の日本では時期尚早であるという考え方が支配的になり、もはや職務給は遠い目標に追いやられた感があった。 しかし、三〇年代中頃になると、日経連(現日本経団連)は、「安定賃金論」とともに、再び「職務給化論」を唱え始めると、労働省も年功序列賃金から職務給への転換の検討を始めた。 コ昭和四〇年代│職務給の沈滞と職能給の台頭 四〇年不況を反映して、役職ポスト不足対策として職能資格制度が普及し、その受け皿として職能給が採用されるようになる。 やがて四〇年代中頃になると、日本的なものを見直そうという気運が高まってきた。年功の否定がそのまま職務中心には結びつかず、職能中心という方向に向く。「職務給か職能給か」という選択の時代から、「職能給の方が職務給よりすぐれている」という、職能給優位の時代へと移っていった。 サ昭和五〇年代│職能給の普及、発展そして全盛へ オイル・ショック後、職能給は、たんなるポスト不足対策、昇進圧力対策という消極的活用だけでなく、従業員の能力伸長、活性化といった積極的活用のために採用されるようになった。 やがて景気が回復してくると、職務主義と年功主義との妥協的産物である日本的能力主義が定着するようになった。ここに職能資格制度を基盤とした職能給制度が全盛期を迎えたのである。 シバブル崩壊直後(一九九〇年代前半)│年功主義への高まる批判 いわゆるバブル経済が崩壊し、長引く経済不況はデフレスパイラルを引き起こし、大幅な企業業績の低下は、とくに賃金・人事処遇面に多大な影響を及ぼした。 終身雇用・年功制といった、いわゆる日本的雇用慣行を基盤にした賃金体系に疑問が呈せられ、それまで支配的であった職能給ならびに職能資格制度が、その過剰支払い構造を理由に批判にさらされるようになった。 3成果主義時代の到来 ク一九九〇年代後半│成果主義の模索 いわゆる成果主義が賃金・人事処遇制度に本格的に取り入れられるようになるのは、一九九〇年代後半のことであった。当時の成果主義は、具体的には賃金・人事処遇において、@短期的な成果に基づく対応、ならびにA設定された目標に到達しない場合、賃下げ・格下げ、解雇といった厳しい対応を取ることであった。 賃金制度では、年功給に代わって成果給、さらに管理職を中心に年俸制が取り入れられるようになった。また評価制度では短期の業績や役割達成度を重視する目標管理制度や、優秀な従業員の行動を分析し、その行動特性を抽出し、これを評価基準として活用しようとするコンピテンシー(competency)が登場したのもこの時期であった。 ケ平成一二(二〇〇〇)年前後│本格的な成果主義へ着手 多くの企業が成果主義の名の下に本格的に処遇制度改革に着手したのは、平成一二年前後のことであった。 一九九〇年代後半には、とくに人件費削減を目的として、@業績悪化のためその効果を期待して飛びついた企業や、A流行に乗り遅れまいと明確な目的や方法などをよく理解せずに付和雷同して導入に踏み切った企業が多く、B成果主義の目的や方法論をよく理解した上で先を見据えて導入した企業はほとんどみられなかった。 人件費削減を主目的にスタートした成果主義は、従業員を格差賃金で動機づけようとしたが、目先の成果の性急な向上に駆り立てるあまり、彼らを刹那主義に走らせ、各自の連帯感やコミュニケーションを悪化させ、インセンティブどころかかえって士気を低下させてしまった。 コ平成一六(二〇〇四)年以降│成果主義の浸透と深まる批判 平成一六年以降のさまざまな成果主義に対する批判の口火を切ったのは、平成一六年に出版された高橋伸夫『虚妄の成果主義 日本的年功制復活のすすめ』(日経BP社)であろう。高橋によれば、「従業員の生活を守り、従業員の働きに対しては仕事の内容と面白さで報いるような人事システムを復活・再構築すべきである」と、成果主義を批判し日本型年功制の復活を唱える。 このように平成一六年当時の成果主義には、能力を発揮できるまでの努力やプロセスを評価する点が欠けていた。すなわち、人事管理の後工程である賃金・人事処遇の面のみに関心が向いてしまい、前工程である人材育成・能力管理、加えて動機づけ・士気向上の面が抜け落ちていたのである。 サ平成二〇(二〇〇八)年以降│成果主義への反省 成果主義はかなり浸透しているにもかかわらず、それに対する批判はますます強くなっている。平成二〇(二〇〇八)年の『労働経済白書』では、「賃金コストの抑制に傾斜した賃金制度の見直しについては、企業側の反省が求められる」、「賃金制度の見直しに傾きすぎた人事・労務制度の見直しが、労働者の働きがいを低下させてしまった」と、企業に対して成果主義的な賃金制度の運用に対して反省を促している。 また平成二一(二〇〇九)年の『労働経済白書』では、企業においては成果主義の導入に対して反省がみられ、その結果その拡大に急ブレーキがかかってきていると報じている。その背景には、人々の目指すべき社会の姿に対する意識が平成一二年から平成一六年頃までとそれ以後とでは逆転している。つまり、自由競争社会よりも平等社会を目指すべきという国民の意識転換がみられるので、これからの賃金制度は、数年前とは違った方向に向かう可能性があるというのである。 4今後の賃金・人事処遇制度のゆくえ ク新しい賃金・人事処遇制度の模索 今後の賃金・人事処遇制度の方向性は、それらが雇用期間の長さが長期か短期か、そして成果主義か非成果主義か、のいずれを基盤にするか、といった視点で整理すると、その行方がみえてくる。それは、雇用期間の長短が雇用の保障だけでなく、人材育成・能力開発といった人事制度の前工程に関係してくるからである。これまでの成果主義に対する主な批判は、それが成果に対する評価を、賃金や配置といった処遇に結びつける後工程のみを重視してきたからである。といって、いまさら問題指摘された長期雇用に基づく年功主義的賃金・人事処遇制度へ逆戻りすることはできない。したがって、短期雇用に基づく成果主義がうまく機能しない場合は、長期雇用による成果主義あるいは短期雇用による非成果主義のいずれかの道か、あるいは第三の道を進むしかない。 ケ各種調査からみる成果主義の現状 社会経済生産性本部(平成一八年)の調査から、平成一一(一九九九)年から一七(二〇〇五)年にかけて各種賃金制度の導入率の推移をみると、たしかに管理職階層と一般職階層において成果主義化が進展していることが分かる。しかし、労働政策研究・研修機構の調査分析(平成一九年)をみると、回答企業一二八〇社の約七割が長期雇用政策を維持しており、約六割で成果主義が導入されている。このことは、多くの企業では、長期雇用と成果主義が両立していることを意味する。 実際、その割合をみてみると、約三割が@長期雇用の維持と成果主義の未導入、約二割がA長期雇用の放棄と成果主義の導入、約四割がB長期雇用の維持と成果主義の導入、そして約一割がC長期雇用の放棄と成果主義の未導入の企業であった。経済のグローバル化による株主重視・支配型のガバナンスが強化され、一段と@からAへの移行が増すと想定し、いったんはその方向にむかったが、ここへきてBという新たな方向に舵をきる企業が増えてきたのかもしれない。 コわが国の賃金・人事処遇制度の推移 下の図は、わが国の賃金・人事処遇制度の推移をみたものである。@年功主義に基づく賃金(年功給、学歴給、勤続給等)・人事処遇制度(終身雇用制、年功昇進制等)は、A能力(顕在・潜在能力)主義に基づく賃金(職能給)・人事処遇制度(職能資格制度)を経て、B成果主義に基づく賃金(成果給、業績給、職務給、役割給等)・人事処遇制度(目標管理、三六〇度評価、コンピテンシー等)へと急速・性急に進路を取った。しかし、人事制度の前工程│人材育成・能力開発・従業員モチベーション/モラール向上│への配慮や対策不足に対する不満感から、C職務遂行能力主義へと方向転換する向きも出てきた。この職務遂行能力主義は、従来の職能給や職務給を、あいまいな評価基準と年功的運用に流れないことを前提に構築し直した新しい職能給や範囲職務給を中核に据えるものである。 一方で、労働力構成を正社員主義から、政府・厚生労働省や財界が押し進めた労働力の流動化(非正規雇用化)つまり派遣労働者、パート・アルバイト等の非正社員の重視(D非正社員主義)も進展している。 サ新しい職務遂行能力主義に基づく人事管理・施策 それでは、C職務遂行能力主義を導入する企業では、どのような人事管理・施策を取ろうとしているのだろうか。 例えば、賃金制度においては、短期成果重視型からa.職能重視型、b.職務重視型、c.職責・役割重視型にウエイトを置いたものへのシフトであり、評価制度においては、長期的視点に立った能力評価システムの整備・充実化である。 具体的には、aを採用する企業は、職能資格制度をベースとした職能給の見直し・改革を図る、bは、職務等級制度をベースとした職務給に切り替える、cは、役割等級制度をベースとした役割給に切り替える必要がある。ただし、職能給は、その年功的部分が賃金と処遇にインフレを起こし、問題視された以上、職務遂行能力基準をより明確にし、職能資格制度の運用を厳格にすることが前提である。 また、職務給の場合は、範囲(レンジ)を設けて長期的な熟練度をカバーできるよう配慮する必要があるが、かつてのように年功的運用に流れないようにすることが前提である。 5七〇歳雇用時代に向けての賃金の考え方 ク六〇歳代前半の賃金・人事処遇制度の現状 平成一八(二〇〇六)年度から施行された改正高年齢者雇用安定法により、周知の通り@継続雇用制度(勤務延長制度・再雇用制度)、A定年延長、B定年廃止措置のいずれかを取ることで、六五歳まで段階的に継続雇用することが義務化された。多く(八五・一%)の企業(五一人以上)が、@継続雇用制度の導入を選択し、A定年延長(一二・八%)やB定年廃止(二・〇%)を行った企業はわずかである(厚生労働省「高年齢者雇用状況報告」平成二一年)。とくに再雇用制度の導入率は九割(九三・六%)を超えているという報告もみられる(日本経済新聞社「主要企業一二六社への聞き取り調査」平成一八年)。 この継続雇用制度の導入に伴い、各企業では、六〇歳以降の従業員に対する賃金・人事処遇についてさまざまな取り組みがなされている。 例えば、八割を超える企業で「何らかの賃金調整」を行っており、その半分以上で「職位・資格・等級別に、あるいは個別に」賃金調整つまり賃金の減額を実施している(東京労働局「高齢者の活用と二〇〇七年問題の取組に関する特別調査」平成一九年)。 そして退職前の賃金と比較してその減額率は、勤務延長制度の場合では「一五〜二〇%未満」が二三・六%、再雇用制度の場合では「二〇〜三〇%」が二七・九%の層が最も多く(厚生労働省「雇用管理調査」平成一五年)、再雇用制度の賃金水準については定年時の五割前後が多いという調査結果もある(前掲日本経済新聞社調査)。 ケ大手企業の継続雇用への取組み 大手企業の継続雇用への取組みを事例(労務行政研究所『六〇歳超雇用/制度設定と処遇の実務』平成一七年)でみてみると、@川崎重工業、A白元、B松屋では希望者に対して一律定年延長をしている。賃金は、@では職能給+習熟給+職責給、Aでは本人給+職能給、Bでは職務給+業績給で構成されている。また、再雇用制度を導入している企業では、定年前の賃金とは切り離して設定されているケースが多く、基本給も一律定額、職務給+業績給、年俸制など、諸手当・昇給・賞与の支給の有無や内容もさまざまである。 一般的に、勤務延長制度・定年延長・定年廃止の措置が取られた後の従業員の身分は正規従業員であり、再雇用制度の場合は、嘱託・派遣・パートなどの非正規従業員が前提である。 非正規従業員として再雇用するメリットは、雇用延長と引き換えに賃金を低く抑えることにある。それ加えて雇用保険から支給される「高年齢雇用継続給付」や厚生年金保険から支給される「在職老齢年金」を活用することにより、賃金を引き下げても本人の手取収入がそれほど下がらず、会社の負担額も大幅に減少させることができるという裏技があるからである。実際、こうした給付金を賃金と併用している企業は全体の四分の三にも上っている。 いずれにしても、再雇用制度における賃金のあり方は、賃金制度だけ取り上げるのではなく、人事管理全体の中で他の人事処遇制度と関連させて設計する必要がある。 コ七〇歳雇用時代に向けての賃金・人事処遇制度のあり方 現在、わが国では少子高齢化の急激な進展により、若年労働力不足に加え六〇歳以上の労働力も不足し、近い将来、全体として必要労働力が確保できない状態が待ち構えている。そうした最中、いわゆる団塊の世代およそ七〇〇万人が平成一九(二〇〇七)年から三年間で六〇歳定年を迎え、各企業は彼らを継続雇用によって活用しようとしている。しかし、平成二七(二〇一五)年にはすべての団塊の世代が六五歳の再・定年の年齢に到達してしまう。 これまでの賃金・人事処遇諸制度は、六〇歳定年を目途として設計されてきたが、現在、法律により六五歳までの雇用確保措置が段階的に導入され、企業においては、高齢者のための処遇制度の設計に取り組んでいる最中である。しかし、退職年齢については、およそ七割の者が六五歳以上を適切な退職年齢と考えており(内閣府「年齢・加齢に対する考え方に関する意識調査結果」平成一六年)、およそ四割の者が七〇歳以上まで働きたい希望があり(高齢・障害者雇用支援機構「団塊の世代の仕事と生活に関する意識調査」平成一八年)、近い将来七〇歳定年も視野に入ってきている。 六五歳までの六〇歳代前半では収入を含め働き方も激変する。さらに六五歳以降では従業員側においても働き方や体力等に個人差が大幅に生じよう。したがって、企業は、六〇歳以降の従業員に対しては、一律ではなく個々人のニーズにあった複線型あるいはカフェテリア方式の賃金・人事処遇制度を設計する必要があろう。 例えば、従来の経験を生かしながら短時間勤務する者に対しては人基準にした勤続給一本の定額制の賃金体系とか、価値を生み出す資格・技能・技術の保有者に対しては仕事基準にした成果主義的賃金体系など、メリハリをつけながら簡素で分かりやすく、各自の働き方に対応した納得性のある賃金体系づくりが望まれる。 幸田 浩文(こうだ・ひろふみ) 早稲田大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。中小企業庁中小企業大学校東京校講師、東京都王子労政協議会委員、東京都最低賃金審議会委員などを歴任。前東洋大学経営学部長、現在、東洋大学経営学部教授、同大大学院経営学研究科ビジネス・会計ファイナンス専攻主任、日本賃金学会常任理事。 詰め碁 日本棋院八段 白江治彦 黒先生き(七手まで)三分で三段、二分以内で高段者。 (ヒント)左の三子を捨てて二眼作り。 (解答はP57) 詰め将棋 日本将棋連盟七段 関屋喜代作 (ヒント)捨て駒による軽妙な捌きで攻めます。腕力攻めは禁物。 (九手詰) (考慮時間二〇分で初段) 持駒 角角 123456789 一二三四五六七八九 飛歩歩飛玉金桂歩 P21図版. わが国の賃金・人事処遇制度の推移 成果主義の未導入 @ 年功主義(年功給) A 能力主義(職能給) B 成果主義(成果給・業績給・役割等・職務給等) C 職務遂行能力主義(新職能給・範囲職務給) D 非正社員主義(時給・日給・請負給等) 長期雇用の放棄 成果主義の導入 長期雇用の維持 (出所)著者作成 P25-31 これからの職業訓練のあり方 職業能力開発総合大学校名誉教授 田中 萬年 職業訓練の歴史 これまでの職業訓練を先ず整理して、これからの職業訓練のあり方を考える予備知識としたい。それは、いわゆる社会的弱者(筆者は社会的不運者と呼ぶべきと考える)救済の公共職業補導と、企業における中堅工養成の技能者養成という二本立てで展開されていた。 戦災復興を経て経済成長が始まると、両者の体系化を目指して一九五八(昭和三三)年に「職業訓練法」として統合された。経済成長のためには人材の育成が必須であり、政府は二年後に「国民所得倍増計画」を発表し、分離されている教育と訓練の制度を「教育訓練」という言葉と観念で統合をめざした。 しかし、教育界は「教育訓練」を排斥してきた。そして学校での普通教育はますます肥大化したが、普通教育で仕事ができるわけはない。そこで、企業は社内での実務訓練を強化しなければならない。普通教育と企業での実務訓練が適切に補強しあうという、宗像元介先生が名付けた図1のような「重ね餅システム」が確立した。この名は、デュアル・システムの並列型に対比して付けられた。重ね餅システムが機能したのは高度経済成長により企業が発展し、余裕があった時代である。その上段には事業内訓練がふくまれ、公共職業訓練は学歴路線に乗らない拒絶者、乗れない不運者に期待され、役割を果たしてきた。 ところが、思いもしなかったオイルショックの襲来により、企業の経営は企業内教育への負担と、国際的経済のグローバル化のために、新たな対策が検討された。その克服の試論が、一九八五(昭和六〇)年に臨時教育審議会が答申した「生涯学習」論であった。そこでは新たな人材育成を展望して、教育と職業訓練を一体的にシステム化する生涯学習を提起したのであった。臨教審の方針と連動して「職業訓練法」は「職業能力開発促進法」に改正された。しかし、教育界においてはその答申は教育界内部の問題として処理され、一般国民の職業人生の問題としての改革が看過されたことは現状を見れば明らかである。 「重ね餅システム」は平成不況において既に機能しなくなっていたが、日本独特の「教育」観、すなわち人材育成観が改まることはなく、重ね餅システムが継続した。ところが、金融恐慌により就職問題は近年の最悪の状態に陥り、雇用問題だけでなく教育システムにも問題があることが誰にでも分かるようになった。しかしながらその本質を認識できないため、また、財政緊縮や行政改革の下、少数派に甘んじ、普通教育より高価な公共訓練が批判の対象になったのは周知のことである。 この背景には、弱者救済という明治期の思想を未だ超えられていないこと、そして、この事と表裏の関係であるが、学校教育のみが人間形成の道だと考えている日本人の誤解が土壌として蔓延しているためである。昨年は奇しくも政権交代があった。教育や職業訓練に関する根本的なパラダイムを転換する絶好のチャンスが巡ってきたといえよう。 2「普通教育」に隠された問題 日本の教育の問題は、なんと言っても職業問題、労働問題を避けた普通教育中心の教育観が根付いている事である。その発端は明治に遡るが、「民衆教育」とすべき事を財源が乏しい政府は、民衆に必要な職業教育が困難なため、「普通教育」という言葉で進めたのであった。以後、国民は「普通教育」を信奉した。そして、進学し、立身出世のためには普通教育が望ましいという事が国民に浸透し、残念ながらわが国の近代化の歴史の中では職業教育への回帰は起きなかった。 三年前に改革された「教育基本法」には旧法のままの「勤労の尊重」が残り、一方、旧法にあった「勤労の場所における教育は奨励されなければならない」は削除された。「キャリア教育」や「学校から社会への接続」が教育界では叫ばれている。しかし、教育問題の根本を改革しない、「働くため」ではない「勤労を尊重」する目標のままでは右の標語は表層的であり、その真剣性も伝わらない。 「勤労の尊重」は、簡単に言えば、子ども達に恣ュくおじさんご苦労様揩フ精神を養えば良い、とする教育目標である。その目標は子ども達が学校を終えたら働かねばならないということ、働くために学ぶのだということを理解させず、職業能力を学ぶことではないのである。それでは進学の意識とその受験技術は養えても、就職しなければならないという意識、就職のためには職業能力を習得しなければならないという意識は希薄なまま学校を終えるのは当然であり、教育の重大な問題である。 「勤労の場所における教育は奨励されなければならない」は企業内教育を奨励する、という意味である。この具体策として、昭和二三年に教育刷新委員会は政府に対し、職業訓練生に「大学へ進みうるために、単位を与える」べきことを建議していた。しかし、文部省はこの実施を拒絶したが、建議は生きていた。その規定は、従来の教育と職業訓練とを結ぶ可能性のある糸であった。新「教育基本法」から「勤労の場所における教育」が消えたことは、上の建議が完全に失効した事を意味している。学校教育と職業訓練とを結ぶ糸が完全に焼失(消失)したのである。 従来の学校教育中心の人材育成における最大の問題は、創造性が日本にとっての最重要な財産であるにもかかわらず、創造性の開発に関する理念、方法を確立出来ていないことである。創造性の開発は教科書の理論ではなく、各種の実習(実務)を通じた経験により収得した多様な情報(知識)の総合化により可能となる。いわゆる暗黙知の具現化である。創造性開発の要素である実習を体系化した職業訓練の意義と重要性がここにある。それは自動詞としての「訓練する」を支援することである。職業訓練への批判は、ただ指示されたことを考えなく受けさせる他動詞の訓練の側面を言っているに過ぎないのである。その問題は自動詞のない教育にこそある。 日本の教育界における、学校のみで人材が育成されているという傲慢な観念を一時も早く解消させなければこれからのわが国の人材育成の正しい改革は困難である。学校教育が改革されるまでは特に若者に対する職業訓練の施策は、極めて重要である。その施策は「養成訓練」であるが、養成訓練は就業意識が強い若者に対しての制度として機能したのであり、「自立」ではない「自律」の精神を植え込まれた若者には、施策として合致していない。今日の、わが国の若者に対する職業訓練は、職業探査的な制度として整備することが望ましい、といえよう。そのような若者の職業訓練を軽視すれば、その後の社会に禍根を残すことは目に見えている。 3職業訓練と教育との融合 新たな職業訓練関係法の体系は、これからの困難な時代を迎え撃つために、国民全体の意識を統合できなければ確立できない。そのために、これまで分離されている人材育成システムの統合を図るべきである。表面的な「学力」だけでは若者の未就職者やフリーターが減ることはない。失業者の抑制のための職業訓練は逆に必要経費の二倍の税収増加になることがイギリスでは試算されている。失業者を減らす職業訓練の意義である。 「教育基本法」を日本以外で例外的に制定している国としてフランスがあるが、実はそのタイトルは「能力開発方針法」といえるのである。原題名は廰oi dユorientation sur lユ 仕ucation揩ナあり、怎ducation揩ヘ「教育」ではなく「能力の開発」である(仏仏辞典)からである。その能力には学力だけでなく、当然ながら職業に関する能力が入る。ヨーロッパ諸国が「教育を重視している」という紹介はすべて「能力開発を重視している」と解釈すべきなのである。フランスの法の第一条には「能力開発恷ducation揩ヨの権利は、人格を発達させ、初期能力開発及び継続能力開発の水準を高め、社会生活及び職業生活に参加し、市民としての権利を行使することを可能にするために、一人ひとりに保障される」と規定している。このように、廢ducation揩ヘ職業生活のために行われることが当然だといえよう。「勤労の場所における教育」の精神を再評価すべき事が分かる。 フランスはドイツとは異なった学校形式の見習工養成が学校段階に併行して制度化されている。最上は大学院レベルの技師資格もあり、この修了者は二万五〇〇〇人である。全体で三〇万人を超える。フランスの人口は日本の約半分であり、わが国の人材育成政策の遅れの一端を示している。 一九六〇(昭和三五)年の「教育訓練」論と一九八五(昭和六〇)年の「生涯学習」論が単なる提起に終わり実態の改革が進まなかった理由は、「教育基本法」の改正までを問題にしていなかったことにある。この轍を踏まないために、わが国の「教育基本法」もフランスの「能力開発方針法」のように改革すべきである。その法の下で現在の「職業能力開発促進法」を例えば「職業能力形成法」のように抜本的に改革し、「学校教育法」と対等に位置づけるべきである。つまり、学校から社会への接続は「能力形成方針法」の下にスムーズになる。そのためには、「人材育成」の観念を変えねばならない。 イギリスのブレア首相は図2のように一九九五年に「能力開発・雇用省」に統合した。教育省と雇用省を統合した、と言えば日本人は理解出来ないであろうが、しかし、廢ducation揩ヘ「能力開発」(英英辞典)と考えれば理解できる。さらに、二〇〇一年に「能力開発・職業技能省」に再編したことが参考になる。このような再編は新たな人間形成としての職業訓練のあり方の基盤として必要であろう。イギリスが学歴資格と職業資格とを統合し、「国家資格制度:NVQ」を整備しているのはこのような背景があるのである。今日の省庁はブラウン首相が二〇〇七年に年齢段階で二分したが、元の組織に戻ったのではないことは明らかである。 この考え方は日本生産性本部が昨年一二月二八日に発表した「人材立国をめざした成長戦略を」が学校教育と職業能力開発との融合を図り、職業資格制度を重視すべき、との提言と軌を一にしている。上の提言は職業訓練の土台と主柱についての重要な戦略であり、人材育成の統合化論が支持を得ていると言える。 4企業の人材育成の公的認証 企業内教育訓練の公的化が今後の重要な人間形成の課題となるであろう。企業内教育は教育界からはこれまで「教育ではない」、と忌避されてきたが、今後の人材育成を総合的に考えねばならない時、国際的に見当たらないそのようなわが国教育界独特の不見識は一刻も早く克服すべきであることは明白である。 公的な企業内教育の代表であるドイツで有名なデュアル・システムは、見習工養成の職業訓練であるが、企業の現場での職務が公的な教育として認定されているという学校でもある。特に見習工養成はドイツのみでなくドイツ語圏国のスイス、オーストリアでは今日でも大きな比重を占めており、また、アメリカを含め先進資本主義国にない国はない。 見習工は社員ではなく、契約による訓練生であるが、その訓練過程で一人前の職業人に育成されるわけである。訓練を担当する企業は、見習工期間を終えた修了生を採用する場合もあるが、見習工生は他の企業に就職しても良い。このことは、企業が見習工養成という人材育成として、国=社会に大きな貢献をしていることを示している。この「社会的貢献」の精神なくして、一方、企業内教育を人材育成のシステムと認めることなくしてデュアル・システムは成立しない。 三年前に訪問したオーストリア・ジーメンス社の見習工養成所では、企業の「社会的責任(貢献)」精神の下に、@訓練修了後の採用予定人員の二割増の訓練生を、A聴覚障がい者も、B移民の子弟も区別なく採用して訓練している、という実情が学べた。訓練生全員がジーメンス社に採用されないのは問題ではないか、と我々はすぐ考えるが、ジーメンスのような優れた訓練を受けた訓練生はどこにでも就職でき、ジーメンス社は人材育成で社会に貢献しているのである。また、聴覚障がい者のためには四人の手話通訳者を採用しており、健常な訓練生と同じ訓練を行っている。移民の子弟はドイツ語習得のため、特別カリキュラムで会話の訓練もしていた。このように、企業が人材育成の面でも「社会的貢献」をしていることにより企業は一般国民から信頼され、支持されることを示している。 ジーメンス社のような社会貢献的な訓練は残念ながらわが国で聞いた事がない。 デュアル・システムを見倣い、わが国でも「日本版デュアル・システム」を二〇〇四(平成一六)年より三年間試行し、その成果の上に法を改正して「実習併用職業訓練」を整備している。本場に比べれば問題もあり、社会的に認知されていないが、従来の職業訓練に比べ、若者達の企業における職場実習に対する好感度と意欲は高く、また、当然であるが就職率も高い。この制度は、まさに「日本版」であり、企業内の職場実習を個別にお願いするという制度であるが、産業の成長に沿った人材育成が可能となる利点がある。ただ、その期間も質もお任せになっており、仲介する指導員に負担が掛かりすぎている。この方法を整備・体系化し、企業における人材育成を公的に認証・支援する制度が必要となろう。このデュアル・システムに、批判が出始めた「基金訓練(就職支援基金訓練)」を適応すれば、デュアル・システム受講生にも、その受け入れ企業にも望ましいと思われる。 社員の教育は全ての企業が実施しているはずである。この人材育成を可能な限り公的な制度となるように整備しなければならない。企業は営利だけを目的にしているというこれまでの偏見を除き、実施している人材育成が社会的に責任を果たしているという共通認識が必要である。そして、国民は企業による人材育成の社会的貢献を認めるべきである。 5職業資格と連動した人材育成 今後の職業訓練=人材育成に必要なことは、労働に意欲がある人の能力形成の要望を保障することである。それは学校を修了した若者達、働いている在職者、やむを得ず再就職しなければならない人、そして障がい者の四種に分けて考えることが望ましい。 それは七〇歳に近くなった人の職業訓練を保障することのみでは充分ではない。学校教育を含めて若者の時代から、きちんと職業能力が習得可能な制度を整備しなければ能力は積み上がらないからである。高いピラミッドは広い土台が要るのである。換言すれば、障がい者を怎`ャレンジド揩ニ呼ぶように、高齢者に限らず、あらゆる年齢のチャレンジドに社会が、職業訓練が応えることである。人材の活用の上からも職業訓練は重要である。 「高齢者」はこれまで定年前後の退職者を想定し、「転職訓練」がその考え方であった。しかし、「転職訓練」がいかに困難かは少し考えるとすぐ分かる。この言葉が職業訓練の施策として始まったのは、エネルギー革命に基づく炭鉱労働者に異産業へまさに転職してもらうことを意図した政策としてであった。 これまでの各種の研究成果でも明らかであるが、転職(実質は転社)が成功している人は、従来の職業の周辺領域や、あるいはスキルアップした仕事に就いた人である。すなわち、やむを得ず転社する人に対しては、スキルアップ、つまり技術・技能の向上訓練を実施すべきである。その向上訓練とは新たなME化した技術や、幅広くなった関連技術の追加・補習ということになる。つまり、「移職訓練」が正しい観念と対策といえる。 例外的な職業は今日の高齢化社会の下での介護産業であろう。しかし、この産業とて、介護機器の開発、製造等はこれまでの職業の周辺、または応用・更新である。直接に老人等に接する介護職であっても、やはり人に興味があり、人間関係の職業に近い人は「移職」であろう。しかし、この分野の場合、それまでは人とのコミュニケーションを避けていた人や、全く異なった他の職業からまさに再就職される人であっても新たな可能性がある、との報告もある。これらの人はまさに転職であり、求められる福祉の活性化に期待が持てる。と言っても転職訓練を合理化・短縮化してもよいというのではなく、これらの転職者へは初心者に対する養成訓練のように基礎・基本から体系的に訓練すべき事が明らかである。 このように、「転職訓練」の実態は、スキルアップのような「移職訓練」と、全くの転職者に対する「基礎訓練」との二種があることを明確化すべきである。 政府は「経済成長戦略」として、円滑な再就職に向け職歴や職業訓練などを記した現在の「ジョブ・カード」を発展させ、職歴や資格などを数値化する「職業能力評価制度」を二〇年までに導入することを昨年末に発表した。この職業能力評価制度には先に述べた企業における実務訓練の能力形成を位置づけて、人材育成の体系と不即不離の関係として整備する必要がある。このことにより、企業が人材育成として社会的な貢献(責任)を果たしているという社会の共通認識も形成できると考えられるからである。 なお、今後のグローバル化する世界を考えると、その評価制度を東アジア共同体内で共通化すべきである。既にEU内では職業訓練等の人材育成についての統合化が具体化している。アジアでも避けられない課題である。 危惧すべきは、わが国の技能検定資格が未整備な美容業界で、英国の国家職業資格制度の一翼を担うHABIA/NVQが上陸し、普及を始めたことである。英語のように、職業資格も国際基準として英国に席巻されかねない。 近代社会の人材育成は政府の業務である。これからの職業訓練は、職業資格と連動し、(学歴社会ではない)職業資格社会の中核にしなければならない。日本の再生のために、職業訓練は人間形成の中核として、職業訓練に投資すべきことが最重要な課題である。 参考文献 1)拙著『職業訓練原理』、職業訓練教材研究会、2006年。 2)拙著『教育と学校をめぐる三大誤解』、学文社、2006年。 3)拙著『働くための学習』、学文社、2007年。 4)拙論「オーストリアのデュアルシステムに関する一考察」、『職業能力開発総合大学校紀要』、2008年3月。 5)拙論「“日本の人材育成”の気概で」、『産業訓練』2008年12月号。 P26図版 図1 人材育成の「重ね餅システム」 公共 職業 訓練 人材 学校教育 企業内教育 P28図版 図2 イギリスの省庁再編経緯 Department forEmployment Department forEducation 1995年 Department forEducation andEmployment 2001年 Department forEducation andSkills 2007年 Department for Innovation,Universities and Skills Department for Children,Schools and Families P32-38 調査研究レポート 七〇歳雇用実現の鍵は、多様な勤務形態の導入 │「『高年齢者雇用確保措置の実態』と『七〇歳まで働ける企業』実現に向けた調査研究―第一次報告書」より│ 独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 情報研究部 ポイント q 六五歳までの雇用確保措置の実態 ◆ 定年が六五歳未満で継続雇用者に選定基準を設けている企業では、「健康上、支障がないこと」(九二%)、「人事考課・評価で一定の水準を満たすもの」(六九%)、「出勤率が一定の水準を満たすこと」(五五%)といった基準が多くなっている。 ◆ 希望者全員六五歳までの雇用確保措置を講じていない企業であっても、実際には、九四%の企業で希望者全員の雇用継続を実施している。 ◆ 定年六五歳未満で継続雇用に選定基準を設けている企業では、基準撤廃のために必要な行政支援として、「高齢者の人件費にかかる経費助成」(四九%)、「職場の開発・確保への支援」(二三%)、「能力開発への支援」(二一%)が多くなっている。 r 「七〇歳まで働ける企業」の現状 ◆ 六五歳以上の労働者が三名以上在籍する企業の半数強(五五%)で七〇歳以上の従業員が実際に在職し、三分の二(六六%)の企業が今後七〇歳雇用への取組みが必要と考えている。 ◆ 「七〇歳雇用実現の条件」をみると、「短時間勤務など多様な勤務形態の導入」(四四%)、「健康管理の徹底」(四一%)、「高齢者に適した仕事の開発・確保」(三九%)をあげる企業が多い。 調査の背景と目的 高年齢者雇用安定法の改正(以下、「改正高齢法」という)により、平成一八年四月から、すべての企業は六五歳までの高年齢者雇用確保措置の段階的実施が義務づけられた。 平成一九年度の「高年齢者雇用状況報告」(厚生労働省)によれば、改正高齢法に沿った雇用確保措置を講じた企業(五一人以上規模)は九三%に達している。ただ、このうち定年の定めを廃止したか、六五歳以上へ定年を引き上げた企業は合わせて一四%であり、八六%の企業では継続雇用制度の導入で対応し、このうち希望者全員を継続雇用する企業は約四割である。この結果、希望者全員が六五歳まで働ける企業(定年の定めの廃止、六五歳以上定年、希望者全員六五歳以上継続雇用の企業)の割合は三七%にとどまる。また、「七〇歳まで働ける企業」の割合は一二%となっている(注)。 こうした中で、@希望者全員の六五歳までの継続雇用の実現、A「七〇歳まで働ける企業」の普及に向けて、効果的な取組みや施策の充実について検討していくことが求められている。 そこで当機構では@「希望者全員六五歳までの雇用確保措置を講じていない企業」の希望者全員継続雇用への取組み状況と、A「七〇歳まで働ける企業」の現状の二点について実態を明らかにするため、平成二〇年三月にアンケート調査を行った(以下、それぞれ(A)「希望者全員継続雇用への移行調査」、(B)「七〇歳まで働ける企業調査」という。)。 (注)平成二一年の雇用状況報告によると、三一人以上規模企業のうち、希望者全員が六五歳まで働ける企業の割合は四四・六%(五一人以上規模では四〇・四%)、「七〇歳まで働ける企業」の割合は一六・三%(同一五・二%)となっている。 調査概要 1.調査名と調査対象者 「高齢従業員を対象とした継続雇用制度に関するアンケート調査」 (A)「希望者全員継続雇用への移行調査」 平成一八年度時点で「希望者全員六五歳までの雇用確保措置」を講じていない五一人以上規模の三〇〇〇〇事業所を抽出。 (B)「七〇歳まで働ける企業調査」 平成一八年度時点で六五歳以上の常用労働者が三名以上在籍する五一人以上規模の二七三二四事業所を抽出。 2.調査実施時期と有効回答数 調査(A)(B)ともに、平成二〇年二月二五日に配布、回収期限は三月八日。郵送法にて実施した。有効回答率は、調査(A)が二一・八%(有効回答:六四九九票)、調査(B)は二四・一%(有効回答:六五七二票)。 調査結果の概要 T 六五歳までの雇用確保措置の取組み状況(調査A) 〜継続雇用の基準を設定する企業は多いが(七五・五%)、実際にはほぼ全ての企業(九四・〇%)で希望者全員が雇用継続〜 〜選定基準の内容は規模を問わず「健康」がトップ。次いで「人事考課・評価」、「出勤率」「勤務態度」を重視〜 ○継続雇用制度を導入している企業は回答企業の九八・七%。そのうち、「原則として希望者全員」の継続雇用制度を導入する割合は二四・一%であり、四社に三社(七五・五%)が「継続雇用者に基準を設けている」としている。 ○定年六五歳未満であって継続雇用者に基準を設けている場合(以下、「定年六五歳未満企業」と記述)、その基準内容を見てみると、基準の上位三項目は、「健康上、支障がないこと」(九二・二%)、「人事考課・評価で一定の水準を満たすこと」(六九・二%)及び「出勤率が一定の水準を満たすこと」(五五・二%)である。一方、「特定の公的資格を持つもの」(七・一%)や「特に優れた業績を挙げていること」(三・五%)は少なく、「会社が必要とする専門能力を持つもの」(二三・五%)も二割強に留まる(図表1)。 このように、多くの企業で、有能な人材を選抜するために継続雇用者の基準を設けるというよりは、業務遂行上会社が必要と考える水準に達しない人材を雇用しないための基準を設定していることがうかがわれる。 ○「定年六五歳未満企業」のうち、継続雇用者に選定基準を設けた理由を見ると、「体力・健康面で個人差が大きいから」(六七・一%)が多くを占め、次いで「能力面で個人差が大きいから」(五一・一%)となり、基準設定理由は高齢者の個人差に起因している。 ○「定年六五歳未満企業」のうち、調査前一年間に定年到達者がいた企業において、定年到達者に占める雇用継続希望者の割合を見ると、定年到達者のうちすべての人が継続雇用を希望する企業の割合は五四・一%と半数強である。「一〇〇一人以上」の企業(以下「大企業」とする)では「一〇〇%」が一〇・四%と少なく、「四〇〜五九%」(三一・三%)が多い。大企業の場合、定年を迎えたすべての人が継続雇用を希望するわけではないことがわかる(図表2)。 ○「定年六五歳未満企業」で、かつ、調査前一年間に実際に定年到達者がいた企業のうち、継続雇用を希望した人がいた企業の割合は七〇・七%である。また、希望者に占める実際の継続雇用者割合を見ると、「一〇〇%」とする企業が九四・〇%に達し、選定基準を設けている企業であっても、ほとんどの企業で希望者全員が実際の継続雇用に至っている(図表3)。 ○継続雇用者の選定基準撤廃に必要な行政支援策について企業の要望を見てみると、第一位は、「人件費にかかる経費助成」(四九・一%)で、次いで「職場の開発・確保への支援」(二三・〇%)、「能力開発への支援」(二一・三%)となっている。一方、「基準は撤廃できない」とする企業も二三・六%存在する(図表4)。 企業規模別に、基準撤廃に必要な行政支援策を見ると、規模計で第一位であった「人件費助成」を挙げる企業割合は一〇〇人以下規模では五〇%を超えているが、大企業では二四・一%に低下する。一方、規模計で二三・六%である「基準は撤廃できない」企業の割合は規模が大きいほど高くなる傾向があり、大企業では三四・五%である。 「基準は撤廃できない」とする主な理由を自由記述から見ると、以下のような意見がある。 「一律の継続が全体のモラールに影響する場合がある」、「勤労意欲のない者を雇用することはできない」、「介護職が大半の職場であり、介護できるという体力、健康に関しては撤廃できない」、「最低限の基準を設定しないと会社が存続しない」 U 七〇歳雇用の現状と課題 1.七〇歳以上高齢者の活用状況(調査B) 〜回答企業のうち、七〇歳以上従業員の在籍企業は五五・三%、担当業務は「現業・生産」が五五・八%〜 ○回答企業のうち、七〇歳以上の従業員が在籍する企業は五五・三%。 企業規模別に七〇歳以上従業員の割合を見ると、小規模企業のほうが在籍者割合は高くなる(三〇人以下:五五・二%、一〇〇一人以上:三七・四%)。 業種別に見ると(回答数が少ない業種は除く)、業種計と比べて七〇歳以上従業員の割合が高いのは、「飲食店,宿泊業」(六四・六%)や「運輸・運送業」(六三・一%)、「医療,福祉業」(六一・六%)である。 ○七〇歳以上従業員の活用理由の上位三項目は、「やめてもらう必要がないため」(四九・六%)や「人手が足りないから」(三三・二%)、「特に優秀な人材だから」(三〇・二%)。 企業規模別に見ると、上位二項目は三〇人以下の企業で割合が高い(五五・三%、三八・六%)。「特に優秀な人材だから」は規模が大きくなるほど、比率が高くなる(図表5)。 ○七〇歳以上従業員の担当業務(複数回答)は「現業・生産」が五五・八%と最も多く、次いで「事務・管理」(一九・八%)、「技術・研究」(一五・七%)である。 ○七〇歳以上従業員の担当業務の特徴は、第一位が「長期間繰り返すことで習熟できる仕事」(六五・六%)、次いで「進め方を担当者自身で決められる仕事」(六〇・五%)、「チームワークを必要とする仕事」(五四・九%)となっている。 企業規模別に見ると、規模を問わず七〇歳以上従業員は「長期間繰り返すことで習熟できる仕事」に従事している(三〇人以下:六九・八%、一〇〇一人以上:六二・八%)。一方、大企業の七〇歳以上従業員は「教育・指導・アドバイスをする仕事」(六七・五%)「社内で育成するには相当の時間を要する仕事」(五五・八%)や「顧客・協力先・他部署との連携が必要な仕事」(五五・八%)など、協働を必要とし、長年の経験や知識・技能を活かした専門性を要する仕事を担当する傾向が見られる(図表6)。 ○七〇歳以上従業員の勤務時間は、フルタイム勤務が最も多く(「一日七時間以上、かつ週五日以上」:四三・六%)、次いで短日数勤務(「一日七時間以上、かつ週四日以下」:一七・一%)、短日数・短時間勤務(「一日七時間未満、かつ週四日以下」:一六・八%)の順になっている。フルタイム勤務者以外は約五四%を占めており、七〇歳以上従業員の勤務形態には多様性が見られる(図表7)。 ○七〇歳以上従業員の年収は、「一〇一〜二〇〇万円」が最も多く(三二・〇%)、次いで「二〇一〜三〇〇万円」(二二・八%)の順となっており、平均年収は二六四・一万円である。 企業規模別に七〇歳以上従業員の平均年収を見ると、大企業では当該従業員の年収が高くなる(三〇人以下:二七四・四万円、一〇〇一人以上:三五六・四万円)。 2.七〇歳雇用への支援策と課題(調査A・B) 〜七〇歳雇用実現の条件は多様な勤務形態の導入、健康管理の徹底化、職域開発〜 ○「七〇歳まで働ける企業」への取組みの必要性について、「『七〇歳まで働ける企業』」実現に向けた提言(注)への認識とともに聞いたところ、三社に二社(六五・八%)が取組みを必要であると回答している。企業規模による回答傾向の差はほとんど見られない(図表8)。 (注)「『七〇歳まで働ける企業』の実現に向けた提言」:当機構が設置した「七〇歳まで働ける企業推進プロジェクト会議」における検討の成果を二〇〇七年八月に取りまとめ、公表。六五歳以降の働き方の具体的提示、職域開発等の今後必要な取組みの方向性について提言。 ○「取組み」が必要であると回答した企業における「七〇歳まで働ける企業」の実現に向け必要な行政支援策の上位三項目は、「高齢者雇用にかかる人件費の経費助成」(六六・〇%)や「高齢者の健康管理にかかる経費助成」(五五・三%)、「高齢者の雇用に関わるモデルケースの提示」(二八・四%)である。  企業規模別に見ると、規模計と比べ、大企業では「モデルケースの提示」を挙げる割合が高い(四四・三%)。 ○七〇歳までの雇用実現のための条件は、@「短時間勤務など多様な勤務形態の導入」(四四・四%)やA「高齢者の健康管理を徹底化すること」(四一・〇%)、B「高齢者に適した仕事を開発・確保すること」(三八・六%)が高い割合を占めている(図表9)。 以上を踏まえると、七〇歳雇用実現のためには、@短時間勤務など高齢者の多様なニーズにあわせた勤務条件を設定し、A健康を損なわず、かつ身体機能が低下しないように従業員の健康面に配慮することが必要と多くの企業において考えられている。 このため、七〇歳雇用実現に向けた支援策として、人件費や健康管理にかかる経費の助成は一定の効果が期待できる。また、身体要件が業務に影響することが相対的に少ない業種やこれから本格的に高齢化問題に取り組むという企業に対しては、高齢者の能力発揮のための具体的な方法を提案するという情報面での支援策も併せて必要であろうと考えられる。 図版キャプションP34. 図表1 継続雇用者の対象基準(上位5つ、複数回答) 図表2 定年到達者に占める継続雇用希望者割合(「定年65歳未満企業」のみ) 図版キャプションP35. 図表3 継続雇用希望者に占める実際の継続雇用者の割合(「定年65歳未満企業」のみ) 図表4 基準撤廃への行政支援(複数回答、「定年65歳未満企業」のみ) 図版キャプションP36. 図表5 企業規模別、70歳以上従業員の活用理由(上位3つのみ) 図版キャプションP37. 図表6 企業規模別、70歳以上従業員の担当業務の特徴(30人以下と1001人以上のみ) 図表7 70歳以上従業員の勤務時間 図版キャプションP38. 図表8 「『70歳まで働ける企業』実現に向けた提言」の認識状況と『提言』実現の必要性 図表9 70歳雇用実現の条件(複数回答) P39-41 労務資料 「人件費負担の軽減」を再雇用のメリットに挙げる企業が増加 │第一二回日本的雇用・人事の変容に関する調査(抄) 財団法人 日本生産性本部 調 査 名:第一二回日本的雇用・人事の変容に関する調査(旧、日本的人事制度の変容に関する調査) 実施時期:二〇〇九年一〇月下旬〜二〇〇九年一一月中旬 実施方法:アンケート調査票郵送方式 調査対象:全上場企業二三七八社の人事労務担当者 回答企業:一七六社(回収率七・四%) 本調査は、財団法人日本生産性本部が過去実施した「終身雇用制度に関する調査」(九二年)、「年棒制導入に関する調査」(九二、九六年)、ならびに「裁量労働制導入に関する調査」(九四年)をもとに、「日本的人事制度の変容に関する調査」として九七年より実施しているものである。今回の調査は第一二回目にあたる。第一二回調査(〇九年調査)の実施概要は別掲のとおり。 再雇用の状況 1.再雇用を行っている企業 自社内、あるいはグループ企業で再雇用を行っている企業は八六・九%。勤務延長は九・一%、定年年齢の引き上げを行っている企業は四・五%にとどまっている。 2.再雇用率 定年退職者のうちどの程度再雇用されたかを再雇用率で見ると次のようになる(再雇用率=再雇用者÷定年退職者、いずれも二〇〇八年度の数値)。全体平均は七二・〇%。業種別では製造業が七四・〇%と比較的高くなっている。 また、製造業の中で比較的再雇用率が高い業種を見ると繊維業が八九・八%、食料品八二・五%、電気機器が八二・三%となっている。従業員規模では、一〇〇〇〜二〇〇〇人未満が最も高く八三・九%、次いで五〇〇人未満七九・九%、五〇〇〜一〇〇〇人未満七〇・六%となっており、比較的規模の小さい企業での再雇用率が高い傾向が見られる(図表1)。 3.今後の再雇用の方針 今後の再雇用の方針を見ると、六割強(六三・四%)は、「現行通りでよい」と回答している。「今後は再雇用者を抑えたい」という企業は約二割(一九・〇%)を占めている一方で、「今後は再雇用者を増やしたい」という企業は八・五%と、一割に満たない。 「今後は再雇用者を抑えたい」という回答割合が高い企業は、産業別では建設業が二五・〇%と多くなっている。また、企業規模別で見ると、再雇用率(2.参照)が八三・九%と高かった一〇〇〇〜二〇〇〇人未満で二八・六%と最も多くなっている。次いで五〇〇〜一〇〇〇人未満で二六・九%と高い(図表2)。 4.再雇用のメリット 再雇用によるメリットを尋ねたところ(三つまで選択)、「技術や技能の後進への伝承に効果がある」が七六・五%と最も多く、次いで「労働力不足を補うことができる」五六・九%、「人件費負担が軽減できる」四三・八%などとなっている(図表3)。 同じ項目について調査を行った〇八年調査結果と比較してみると、やや目を引くのは「人件費負担が軽減できる」との回答が〇八年調査では二五・七%であったのに対して、〇九年調査では四三・八%と高まっている点である。一方で、「労動力不足を補うことができる」は〇八年調査では六三・八%であったが、〇九年調査ではやや下がり五六・九%となっている。再雇用の目的が、労働力不足解消から人件費負担軽減へと徐々に変わりつつあるとも考えられる。 今後の再雇用の考え方別に見ると、「今後は再雇用者を抑えたい」という企業は、総じて回答率が低く、特に「人件費負担が軽減できる」二〇・七%と最も回答率が低くなっている。 5.再雇用の課題 再雇用による課題を尋ねたところ(三つまで選択)、最も多い回答率だったのは「元上司・先輩などのため、現役社員が再雇用社員を使いづらい」(四一・二%)。次いで、「本人のモチベーションの維持・向上が難しい」(三九・九%)、「再雇用者ができる仕事や職域を作り出すことが難しい」(三九・二%)などとなっている。 規模別で見ると、五〇〇人未満企業では、「元上司・先輩などのため、現役社員が再雇用社員を使いづらい」との回答割合が四割強占める(四三・五%)のに対して、五〇〇〇人以上規模では二四・一%と低くなっている。一方、五〇〇〇人以上規模では、「再雇用者が増え、与える仕事や受け入れ先が減っている」(四八・三%)、「肉体的負担が大きく、定年前の職務継続が難しい」(二七・六%)といった回答が五〇〇人未満規模と比べて高い。 今後の再雇用の考え方別に見ると、「今後はもっと再雇用者を増やしたい」という企業は、「再雇用者が出来る仕事や職域を作り出すことが難しい」(五三・八%)、「肉体的に負担が大きく、定年前の職務継続が難しい」(三八・五%)などを課題としてあげている。一方、「今後は再雇用者を抑えたい」という企業は、「再雇用者が増え、与える仕事や受け入れ先が減っている」(六五・五%)、「再雇用者が出来る仕事や職域を作り出すことが難しい」(四八・三%)、「元上司・先輩などのため、現役社員が再雇用社員を使いづらい」(四一・四%)などを課題としてあげている。 6.再雇用者の評価・処遇 再雇用者の評価と処遇についてみると、「成果や能力を処遇に反映」という企業は〇五年調査では四八・三%だったのが、〇七年調査では五三・七%、〇九年調査では五七・五%と徐々に高まってきている。五〇〇〇人以上規模ではこの割合が高くなっており七 割強(七二・四%)を占める。一方、再雇用率が高く、再雇用抑制を考えている企業割合の高い一〇〇〇〜二〇〇〇人未満および五〇〇〜一〇〇〇人未満では「成果や能力を処遇に反映」という企業割合は、それぞれ五二・四%、四六・二%とやや全体平均に比べて低くなっている。評価を処遇に反映していない企業では、人件費負担の抑制が難しいことから、再雇用の抑制につながっている可能性が考えられる。 7.六〇歳以降の雇用開発・キャリア開発の取り組み 六〇歳以降の雇用開発、キャリア開発のためにどのような措置をとっているかをみると、規模の大きい企業ほどキャリアプランセミナーなど研修を実施している割合が高く、五〇〇〇人以上五八・六%。一方、規模の小さい企業ほど、特に何も取り組んでいないという企業の割合が高く、五〇〇人未満では八〇・四%となっている。 図版キャプションP40. 図表1 再雇用率(業種別・規模別) 図表2 今後の再雇用の方針 図版キャプションP41. 図表3 再雇用のメリット(3つまで選択) P42-43 入門 職場のメンタルヘルス 連載 入門 職場のメンタルヘルス 第3回 社員が療養に専念できる休職期間中の対応とは? 社会保険労務士/産業カウンセラー 中辻 めぐみ 休職は職場復帰のための準備期間 前回は、休職編として、速やかに休職できるような対応が必要という話をしました。今回は休職期間中の対応編です。 休職期間中に企業がどう対応すべきか?をお伝えする前にまずは休職の位置づけを考えてみましょう。なぜこれが必要かといえば、休職期間の捉え方によって、その後の職場復帰への展開が大きく異なってくるからです。 休職とは、「社員を職場に復帰させるための準備期間」だと私は考えています。 しかしその一方で、休職は「労働契約の終了までの猶予期間」でもあります。 労働契約とは、社員は企業に労務の提供を行い、そのことにより企業は社員に対し賃金を支払うというものです。しかし、社員が働けない状態では、企業は十分な労務の提供を得ることができません。そのため、企業側は労働契約の終了を告げることができるというものです。 ただし、働けない状態になったからと言って、すぐに労働契約を終了するのではなく、働ける状態になるまで待つ、これが休職制度です。逆から考えると、その期間までに働ける状態になっておかなければ、労働契約は終了することになります。 現状を見てみますと、現実には職場復帰に至らずに退職または解雇となるケースが多々あります。この場合、企業側も社員側も損失を蒙ります。企業側は人材の採用・育成に膨大な時間と費用がかかりますが、これらが退職・解雇によって失われることになりますし、場合によっては裁判となることもあるでしょう。 社員側は、雇用の場所が失われ、経済的・社会的な不安を抱えることになります。 こうした事態を防ぐためにも職場復帰はとても大切なことなのです。 職場復帰をスムーズにするためには、休職に入る前と休職期間中の対応が鍵を握っています。そのため、冒頭にお伝えしたように、休職の位置づけを「社員を職場に復帰させるための準備期間」と捉えて頂きたいと思います。 休職期間中は、社員が安心して療養に専念できる状況を作ります。その間に職場復帰に向けての準備を企業側も整えておきます。そのため定期的に社員の症状を把握することや、家族の協力を得ることが必要になってきます。休職期間終了後には、社員が完全とはいかなくてもある程度は働ける状態になっておくことを目標とするのです。 具体的にどのようなことを行うのか?を次から見ていきましょう。 事例検証 社員Cが「うつ病」により休職に入りました。長期休業になる可能性もあり、社内で定期的に連絡を取ることとしました。これ以外に何らかの対応が必要でしょうか? 前回お伝えしたように、企業が定期的に社員と連絡を取ることはとても大切です。 次に必要になるのは、主治医・産業医・家族への対応です。これら三者の協力を得て、休職者が安心して療養に専念できる環境を整えていきましょう。 【主治医への対応】 □社員Cの休職期間における現在の症状や日常生活の状態などを尋ねる(随時) 健康情報は、個人情報にあたるので必ず事前に本人から同意を得る必要があります。 一般的には、主治医の診断書を企業に定期的に提出するということを行っていますが、情報が不十分なこともあります(これは産業医への対応の時も同様です)。 そのため企業が尋ねたい内容(現在の症状や日常生活の状態など)を書面に記載します。社員Cにその書面を渡し、主治医に記入してもらうと良いでしょう。 【産業医への対応】 □社員Cが休職に入ったことの報告 □社員Cの休職期間中における日常生活の状態、現在の症状などの報告(随時) 産業医には、社員Cが休職に入ったことを伝えます。その次に先の主治医の診断書をもとに、産業医にも情報を共有してもらいます。 主治医より社員Cの状態を把握し、産業医に情報を共有してもらうことにより、休職期間の延長や、復職のタイミングが見えてきます。焦って休職期間を短くすると職場復帰がスムーズにいかなくなったり、再燃・再発の原因ともなりますので、社員Cの状態をきちんと医師に把握してもらうことはとても大切なことなのです。 【家族への対応】 □傷病手当金などの公的な保険の説明 □休職期間の説明 □相談窓口の説明 休職している社員に安心して休んでもらうためには、家族の支援が必要です。しかし家族自身も不安を抱えています。 仮に一家の大黒柱であれば、経済的な不安が大きくのしかかってきます。また、クビにならないだろうかといった社会的な不安もあるでしょう。それらの不安を払拭させるためにも、まずは経済的な不安や雇用の安定が図られていることを説明しましょう。遠方にいる場合などは、書面でも良いと思います。 次に家族の不安などを聞いてくれる、社外で契約しているEAP(従業員支援プログラム)などの相談窓口があるようでしたら活用を勧めましょう。そのような契約をしていない場合は次の機関をお勧めします。 事業場外資源の活用方法 「精神保健福祉センター」 *所在地などは各都道府県にお問い合わせ下さい。 メンタルヘルス不調で困っている本人や家族、関係者の相談を受け付けています。電話での相談や、場合によって面談も行ってくれます(要予約)。専門の医療機関、相談機関の情報提供も行ってくれます。 不安なことを、誰かに聞いてもらうだけでも気持ちは落ち着いてきます。それに専門的な知識が加われば、なおさら不安は払拭されるでしょう。 休職期間中、一番長い時間接する家族へ十分な情報を提供し、協力を依頼しましょう。そのためには、主治医・産業医などと社内におけるサポート体制も同時に構築していくことが必要です。 なかつじ・めぐみ 中村雅和社会保険労務士事務所副所長。共著書に『プロに聞く「職場のうつ」メンタルヘルス対策』がある。 P44 FOOD 198 日本史にみる長寿食 「梅茶」で長生き ◆食文化史研究家 永山久夫 「健康と長寿は、自分で作るものですよ。ですから日頃の心がけ次第なんだ」 長寿村で長生きしているお爺ちゃんが、ニコニコしながら胸を張って宣言しました。 そうです。その通りです。「くよくよするのもいけないなァ。楽天的にマイペースで生活するのが、長寿の何よりの薬だよ。時々は大笑いして、腹の中にたまった人生のゴミを吹きとばして、ストレスをためないこと」 それだけいうと、「ワッハッハッ」と大笑いして、笑い方を見せてくれました。腹をかかえながらの爆笑なのです。こっちもつられて「ワッハッハッ」と笑うと、その笑い方を忘れるなよといって、自分の家に帰って行くのでした。 西の空は夕焼けでまっ赤。もうすぐ日が沈みます。カラスもカアカアと鳴きながら、巣のある山に向かって急いでいます。 私も駅に向かって走りました。東京行きの電車の発車時刻が迫っているのです。走りながら、長生き爺ちゃんの教訓を思い出していました。 風邪を引くなよ。 油断してはいけないよ。風邪は長寿の大敵だ。へたにこじらせて肺炎でもおこしたら、命とりになりかねない。 時々「梅茶」を飲んで、病気に負けない体作りをしておくことといって、「梅茶」の作り方を教えてくれたのです。ありがとうお爺ちゃん。寒気がしたり、鼻水などの出る時など作って、あつあつで飲むと不思議と軽くなってしまうのです。 まず焼きみそ作りから。割り箸の先に小さなみそのかたまりを置いて、火で軽くあぶってからお茶わんにとります。 そこへほぐした梅干の肉、すりおろしたショウガ少々、カツオ節も加えて、熱湯を注いで出来上がり。風邪気味の時など、あつあつを飲んで早めに寝ると、翌日には治っている場合が少なくありません。 梅干しの果肉の酸味はクエン酸などの有機酸で、強い殺菌力と疲労回復効果、さらに血行をよくするなどの作用があり、細菌の増殖を抑えて、体力を回復させる働きがあります。着色に用いられるシソの葉にも強い殺菌や保温効果があり、風邪の初期症状を緩和する作用が期待できます。ショウガの発汗効果も役にたつのはいうまでもありません。 P45-49 連載 エイジマネジメント 働く人の健康を守る 第7回 中小企業における高齢者就労の課題と対策 (社)日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会 ひの労働衛生コンサルタント事務所 代表・医師 日野義之 1高齢者就労への期待と中小企業における重要性 高齢者がその蓄積した経験や能力を充分に発揮していくことは、超高齢社会となった我が国がこれからも企業・経済・社会の活力を維持し向上していく上で必須の条件である。高齢者の活躍の場となる企業は、優秀な労働力を確保するためにも、高齢者の特性・能力などを念頭に、仕事を見直し改善していく必要に迫られている。日本の企業の九九%以上を占める中小企業(全労働者の約七割が就労)は、大企業に比べて就業上の条件などが厳しいこともあり、高齢労働者への対応が難しい場合も少なくない。一方、中小企業にとって人材(財)確保は経営上の継続的な大きな問題でもあり、中小企業における高齢者の活用は、高齢者就労の中で重要なテーマである。 2高齢者就労の現状(中小企業と高齢者就労) 近年、高齢労働者を雇用する企業の割合及び高齢労働者の社員に占める割合は増加している1)2)。事業所規模別に、高齢労働者の割合をみると、規模(社員数)が小さいほど、六〇歳以上の労働者の割合は高い(表1)。また、五五歳以上の労働者の正社員比率も、中小企業が大企業を上回っており3)、中小企業は、高齢者雇用の受け皿となっている。定年の現状を「中小企業白書」で見てみると、定年が六〇歳以前である企業は、中小企業で四七・二%であるが、大企業では八六・〇%と多い(図1)。中小企業は、大企業に比べると定年年齢が遅く、「定年がない企業」も一四・七%あり、高齢者雇用に前向きといえる。 3中小企業における高齢者就労の効用 非常に興味深いデータとして、高齢者の活用に取り組んでいる中小企業のほうが、収益状況がよい割合が高いという報告がある(図2)。高齢者の活用に際して、課題を見つけ改善していくプロセスは、従業員の問題発掘力と対応力を高める効果もあり、企業全体としての生産性の向上に繋がるのかもしれない。また、企業は、高齢者就労により、彼らの豊富な経験・知識、専門的能力(熟練技能・熟練対応スキル)、幅広い人脈などを活用できる。さらに、経営の補佐・サポート、企業活動の潤滑油的役割、企業文化の継承、職業倫理の高さによる社員全体への好影響、などのプラス効果も期待できる。 労働力確保に頭を悩ます中小企業にとって、確実な即戦力である高齢者は魅力的である。中小企業は、大企業に比べ、属人的能力に依存する面が強く、優秀な高齢労働者の雇用でプラス効果を産みやすい側面もあり、積極的に活用したいものである。 4中小企業における高齢者就労の課題 高齢者が就業するためには、労働者が恁注N掾E怦モ欲揩ニ恃\力揩持っていて、企業側が恣ュきやすい環境づくりや工夫揩行いながら恣ュける場の提供揩行うことが必要である。 中でも、高齢者就業において、第一資源と言うべきものは健康であろう。健康は加齢に伴い徐々に悪化する傾向があり、高齢になると急に変化する場合もある。また、このような傾向は、加齢とともに、その個人差を拡大していく。であるから、高齢者就労に際しては、就業を前提に健康状況を確認し、必要に応じ就業上の配慮(残業制限、軽作業への配置など)を適切に行うことが大切である。また、職場側の要因(配慮可能レベルなど)によって、判断や対応などが異なるケースもあるので、職場をよく知る専門家(産業医)の活用が重要になる。日頃から産業医による健康管理(就業上のサポートや保健指導など)を行うことは、将来の健康の確保にも繋がる大切な取組みである。中小企業のこのような対応は、大企業に比べ、必ずしも充分でないことも多く、今後の健康管理の充実が求められる。一方、高齢労働者自身にも、健康の保持増進に向けて生活習慣を維持し、労働能力を保つ努力(自己保健義務)が求められる。 高齢者就労では、仕事が労働者に及ぼす健康影響への留意の重要性が増す。というのも、高齢者は身体機能が低下することにより健康影響を受けやすくなる危惧があるのである。例えば、肝臓機能(解毒能力)の低下は化学物資の影響を受けやすくし、視力低下はPC作業の負荷を増し、筋力低下・関節老化は重量物取扱いを困難にし反復作業での筋骨格系障害を生じやすくする。一方で有害業務(化学物質取扱い・重筋労働など)は中小企業に多く、生産設備やシステムの不備なども少なくないので、仕事からの健康障害や健康影響を防ぐことが重要な課題となる。 働きやすい環境づくりや工夫は、高齢者が充分に能力を発揮するためにも必要である。高齢者の心身機能の特性などを考慮した人間工学的視点からの作業環境・作業方法の改善や作業負担の軽減などが望まれる。実際には中小企業にとっては、様々な制約も多く、小さくない課題である。しかし、この取組みは高齢労働者のこれまでの経験、現時点の能力、健康状態などを勘案し、より適切な業務への就業に導く上でも大切である。中小企業では、担当業務のバリエーションが限定されてしまうので、柔軟な工夫が求められる。 一方、就業においては、個人の業務上の能力も極めて大切な要素である。知識・技術の獲得は労働者個人に求められる課題でもあるが、企業としても個人を支援し、能力開発などを計画的に行うことで、将来の企業・労働者の双方の利益に投資するように心がけたい。 少し話はそれるが、雇用は、あくまでも働ける場の提供があってのものであり、企業の雇用能力そのものの向上も根本的課題である。また、実際に高齢者を募集した際に、求める人材が見つかるか否かも現実的な課題である。求人を狭い範囲(取引先からの斡旋や知人を介しての紹介)に限定せず、IT活用などで、広くマッチングできる仕組みや出会いの場を設けることも社会としての課題と言えよう。 さらに大きな課題として、高齢労働者への配慮に関するガイドラインや各種規制などの策定、年金受給開始年齢や勤労収入での年金給付制限の検討と制度設計などもあげられる。 5中小企業における高齢者就労に向けた対策 次に、中小企業が実際に実施しうる対策のうち重要なものについて考えてみたい。 健康管理の充実轟注N診断を確実に受診させ、健診結果などを産業医が確認し、必要に応じ、就業上の措置(就業制限など)を適切に実施する。持病(心筋梗塞・脳卒中・ガン・生活習慣病など)の管理も高齢労働者自身に促すようにする。職場において健康に関する相談や指導をうけられる環境を整え、情報も提供し、高齢者自身が自律的に健康保持・増進に取り組めるように支援したい。また、有害業務などに就く場合は、就業による健康影響をモニタリングしながら、必要に応じて対応をすすめたい。 職場の改善麹w者にとって働きやすく生産性も高い職場づくりを目指したい。例えば、重量物運搬の機械化、身体的負荷が大きい作業へのロボットなどの導入、楽な姿勢で作業ができるような改善、などの対策が考えられる。また、加齢による機能低下に対しては、視覚機能ならば眼の負担を軽減すべく、照明を明るくしたり、計量器・測定機器のデジタル化や目視検査における拡大鏡利用などの対策も実施できる。作業面では、労働時間や勤務時間の弾力化、仕事量・配置・分担等の調整、職務の再設計や開発、などを検討したい。 人と仕事の適合麹w者が快適に働けるように、高齢者の労働能力と仕事とのミスマッチを防ぎたい。そのためには、仕事を高齢者向けに改善すると同時に、高齢者側の能力を評価し、仕事と人をマッチさせることが望まれる。そのための指標として、ワークアビリティインデックス(WAI麹w労働社会における労働能力の評価技法)が、労働能力の自己診断・評価用ツールとして活用されることが期待されている。 各種教育轟注N教育として、加齢に伴う健康の変化・個人差や高齢労働者の健康に関する教育を行う。同時に、健康に関わる生活習慣に関する知識を伝え、実践の機会を提供し、行動変容(生活習慣の改善などを促す)に結びつけたい。就労と健康の関連を意識した労働衛生教育においては、高齢者特性を想定した教育(腰痛防止教育など)を行う。 専門家の確保麹w労働者の就労では、彼らの健康状況を確認し個別に支援しながら、高齢者の特性にあわせた職場づくりを行うべく、産業医の関与が望まれる。中小企業では産業保健スタッフを自社で抱えていないことも多いので、企業外からのサービスを活用したい。例えば、地元の企業外労働衛生機関などに相談し、サービス提供などをうけることも可能かもしれない4)。もし、労働者数が五〇人未満の企業ならば、小規模事業場産業保健活動支援促進助成金(産業医共同選任助成金)の活用も検討できる5)。企業によっては、専門家などからの支援を確保するに際して、工業団地・同業種組合・総合健保などを活用したり、親企業などからのサービスを受けることも可能かもしれない。 安全への取組み轟ツ人差はあるが、一般には、加齢と共に、平衡機能、筋力、感覚機能などが低下するので安全対策も確認しておきたい。例えば、転倒防止のために、バリアフリー化したり、床・靴への配慮などを検討することで、転倒事故などを未然に防ぎたい。 能力開発高る年齢(例えば、五〇歳前後)で能力の再確認を行い、得手不得手を把握し、企業側のニーズを踏まえ、今後も継続して働けるように能力開発を進める。多能工化(複数業務を遂行可能)を行うことも有効な手段で、通常の業務運営においてもプラスとなる。 以上述べてきた対策などを行い、健康という資源を守り、社員の継続就業を可能にし、同時に、雇用環境づくり(暦年齢を意識しないで無理なく働ける職場)を目指したい。 実際に、中小企業において、高齢者就労に際し柔軟な体制をとり、様々な工夫をしながら、高齢労働者の能力をうまく活用している事例もある6)7)。高齢者就労の対策全般については、厚生労働省の「高年齢労働者に配慮した職場改善マニュアル」に詳しい。その中では主な視点として、就業条件への配慮、作業者への配慮、作業負荷低減への配慮、作業姿勢への配慮、作業環境への配慮、安全への配慮、健康への配慮、新しい職場への適応の配慮などがあげられている(表2)。また、高齢・障害者雇用支援機構の「職場改善支援システム」には、これまで蓄積されたノウハウが提供されており、おおいに参考にしたい。 6まとめ 中小企業は、社員数が少ないこともあり、従来から相互に顔が見える中で業務が行われ、細やかな対応も可能であり、高齢者就労における個人差を念頭においた対応との相性もよい。企業としても、高齢者就労を契機に、仕事を見直し、改善など重ねることで、高齢者の活用という範疇を超え、企業の能力を高めることにつなげたい。 今後、少子高齢化がさらに進展していく中、高齢者が中核的な労働力として活躍する活力ある社会を実現していきたいものである。我々が、年齢にとらわれず働ける社会を作ることで、世界で最初に超高齢社会に突入した先進国として、今後高齢化を迎える世界各国のモデルとなりたいものである。 参考文献 1)厚生労働省「平成21年6月1日現在の高年齢者の雇用状況について」 2)厚生労働省「平成20年高年齢者雇用実態調査」 3)総務省「平成19年就業構造基本調査」 4)日本産業衛生学会中小企業安全衛生研究会「中小企業の安全衛生を創る」 (労働調査会) 5)「平成21年度版 労働衛生のしおり」(中央労働災害防止協会) 6)將小企業研究センター「働きやすい、辞められない! ─高齢社会と中小企業─」(同友館) 7)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 「高齢者雇用に関する好事例集」       http://www.jeed.or.jp/data/elderly/elderly01.html#09 図版 P45. 図1 企業の定年(中小企業と大企業の比較) 単位(%) 大企業 中小企業 60歳以上前 大企業 86.0% 中小企業 47.2% 61歳 大企業 5.6% 中小企業 9.9% 62歳 大企業 0.9% 中小企業 1.4% 63歳 大企業 1.4% 中小企業 2.3% 64歳 大企業 0.5% 中小企業 0.4% 65歳 大企業 5.1% 中小企業 22.7% 66歳以上 大企業 0.0% 中小企業 1.3% 定年なし 大企業 0.5% 中小企業 14.7% 表1 事業所規模別の高齢労働者の割合 単位(%) 事業所規模 5-29人 60歳以上 12.0 60-64歳 7.3 65-69歳 3.2 70歳以上 1.6 30-99人 60歳以上 10.2 60-64歳 6.9 65-69歳 2.5 70歳以上 0.9 100-299人 60歳以上 9.2 60-64歳 6.3 65-69歳 2.2 70歳以上 0.7 300-999人 60歳以上 6.1 60-64歳 4.4 65-69歳 1.3 70歳以上 0.3 1,000人以上 60歳以上 3.4 60-64歳 2.9 65-69歳 0.5 70歳以上 0.1 (資料)厚生労働省「平成20年 高年齢者雇用実態調査」 P47. 図2 中小企業における高齢者活用の取組みと収益状況 大幅な黒字 若干の黒字 収支トントン 若干の赤字 大幅な赤字 単位(%) 取り組んでいない中小企業 大幅な黒字 6.2 若干の黒字 39 収支トントン 22.4 若干の赤字 19.3 大幅な赤字 13.1 取り組んでいる中小企業 大幅な黒字 7.7 若干の黒字 44.4 収支トントン 19.3 若干の赤字 19.2 大幅な赤字 9.5 (資料)中小企業庁「中小企業白書2009年版」 P48. 表2 高齢労働者に配慮した作業負担管理状況チェックリスト @就業条件への配慮 1) あらかじめ作業標準などで作業内容を具体的に指示し、作業者本人が事前に作業を計画できる 2) 適度な休憩時間を置いている 3) 作業から離れて休憩できるスペースを設けている 4) 夜勤(22時から5時の勤務)はなくしているか、やむを得ず夜勤をさせる場合には夜勤形態や休日に配慮している 5) 半日休暇、早退制度などの自由度の高い就業制度を実施している A作業者への配慮 1) 年齢・個人差を配慮して仕事の内容・強度・時間等を調整している 2) 職場配置に当たっては、本人の意向を反映させている 3) 作業者本人が仕事の量や達成度を確認できるようにしている 4) 作業者からのヒアリングの機会を積極的に設けている B作業負荷低減への配慮 1) 素早い判断や行動を要する作業がないようにしている 2) 作業者が自主的に作業のペースや量をコントロールできるようにしている 3) 強い筋力を要する作業や長時間筋力を要する作業を減らしている。あるいは、補助具を用いるなどの配慮をしている 4) 高度の注意集中が必要な作業は一連続作業時間や作業後の休憩時間を配慮する C作業姿勢への配慮 1) 背伸びする、腰・膝を曲げる、体をひねる、腕をあげるなどの不自然な姿勢となる作業を減らしている 2) 必要に応じて作業時に椅子などを用いて立位作業を減らしている 3) 必要なものは視野内の手の届く範囲にあり、無理なく作業ができるようにしている 4) 個人に合わせて選択・調整できる工具、椅子、作業台などを提供している D作業環境への配慮 1) 作業で扱う機器・書類や作業場の掲示物、ディスプレー(表示画面)などを見やすくする工夫をしている 2) 作業場だけでなく、通路・階段なども適切な照度が確保されている 3) 会話を妨げたり、異常音で聞き取りにくくなるような背景騒音を減らしている 4) 暑熱職場・寒冷職場における対策をしている E安全への配慮 1) 熟練者にありがちな慣れによる事故を防ぐ工夫をしている 2) 出来る限り危険な作業場での従事機会を減らしている 3) 転倒防止のため、段差・傾斜がなく、滑りにくい床面にしている 墜落・転落防止のため、足場・はしご・脚立等を使用する場合、安定したものを使用させている 4) 警告音の音程、音調は聞き取りやすくする工夫をしている 5) 取り扱う物の重さが一目でわかる工夫(重量物色表示等)をしている 6) 高齢労働者に配慮し、職場に合った上記以外の安全対策を実施している F健康への配慮 1) 腰痛予防のための教育とトレーニングを積極的に受けさせている 2) 身体機能維持のための運動、栄養、休養に関するアドバイスを受けさせている 3) 健康診断の結果の説明を作業者に受けさせている 4) 生活習慣病などに対する健康指導・健康教育を受けさせている 5) 健康状態を配慮して適正配置を行っている G新しい職場への適応への配慮 1) 職務内容の難易度に応じて適切な導入教育期間の調整を(作業者の要望を考慮しながら)行っている 2) 新規の作業に従事する場合には、過去の作業経験との関連性を活かした教育を行っている 3) 作業標準を守っているかどうか確認を行っている 4) 職務習熟のための機会や手段が用意、提供されている (参照)厚生労働省「高年齢労働者に配慮した職場改善マニュアル 〜チェックリストと職場改善事項〜」から抜粋 P50-55 江戸のビジネスマン列伝……154 大岡忠相十五 汚職役人の処分 作家 童門 冬二 人間のきもちも環境次第 八代将軍徳川吉宗は学者が嫌いだ。どういう経験があったのかどうかわからないが、いつも学者については悪口をいっている。 「難しいこともやさしく説くのが学者であるはずなのに、いまの学者はやさしいことをわざと難しくしている。そしてその難しくすることで頭のよさを誇っている。とんでもない話だ。言葉遊びで人を騙しながら食っている。あんな存在はプーヤオだ」 といった。きいていた大岡忠相には最後の言葉の意味がわからない。 「プーヤオとはなんですか?」 ときいた。吉宗は笑って、 『不要ということだ。この間、漢文の先生からきいた。わしは、その先生にも、ではあなたもプーヤオですな、といったらその学者は怒っていた」 「なんという学者ですか?」 「荻生徂徠だ。しかし、あの男は面白い。大岡も知っているだろう、例の赤穂浪士の討ち入りがあったときに、赤穂浪士たちの行為はあきらかに法に背くものであるから、助命などとんでもないといって、切腹説を唱え結局はそのとおりになった男だよ」 「存じております。上様はいつ荻生にお会いになりましたか?」 「この間、狩に出たときに、たまたま会った。面白い男だな。あの学者なら、時折意見をきいてもいいと思う」 「学者嫌いの上様が、先には室鳩巣先生のご意見をおききになりましたが、またよい人物をお探しになりましたな」 「そうだ。おまえも処置に困ったことがあったら、荻生徂徠をたずねるといい」 「わかりました。よいお話をききました。さしづめ、わたくしなどもプーヤオでございますな」 「そんなことはない。おまえはわしにとって欠くことのできない重要な人間だ。いや、わしのためではない、この世の中のために必要なのだ」 珍しくそんなことをいった。大岡は感動した。しかし、学者嫌いの吉宗は学問を全面的に否定しているわけではない。 「政治をおこなううえで、最小限必要なこと」 はきちんと学んでいる。吉宗は常にこういう。 「水は方円の器に従う、という言葉がある。これを拡大解釈して、水を人間のきもちとし、方円の器を生活環境だと考えれば、環境整備をおこたればやはり人間のきもちも悪くなる。つまり、環境の改善の如何によっては、人間がよいきもちを持ったり悪いきもちを持ったりするのだ」 といっていた。これは、 「国民のきもちを正しく導くのには、やはりその住む環境や条件を正しく保たなければダメだ」 ということである。吉宗が江戸城正門前に「目安箱」を設置したのは、その目的が大きい。現実主義者である吉宗にとっては、やはり環境改善に関する意見のほうが、建設的であり同時に形になってみえるからわかりやすい。それは吉宗自身がわかりやすいというだけではない。実際に大岡の手によって改善された環境はそのまま江戸市民の眼に映る。江戸市民にすれば、 「アレッ、あの町があんなふうに変ったぞ」 と眼で確かめられる。とくに「目安箱」に寄せられた意見の中で、吉宗が重点的にとり上げるのは、 「元禄時代の悪しき環境の改善」 であった。大岡は吉宗の指示にしたがって目安箱から取り出された意見を重んじ、江戸市中における悪い歓楽施設をほとんど追放した。弾圧もした。そのかわり、隅田堤・玉川堤・飛鳥山などに恪の名所揩つくった。つまり、家族ぐるみで楽しめるレクリエーションの場を設けたのである。吉宗は、 「悪い歓楽施設をただ潰すだけではだめだ。かわりに健全な憩いの場をつくる必要がある」 と命じたからである。 元禄時代に、五代将軍綱吉によって出された恊カ類憐みの令揩ノよって、江戸市中には野良犬が増えた。市民が悲鳴を上げたので、幕府は中野に広い敷地を求め公立の犬小屋をつくった。しかし綱吉が死ぬと、後を継いだ将軍のブレーンであった新井白石という学者が、 「生類憐みの令は、ただちに廃止すべきです」 という意見を出したので、将軍はこれに従った。収容されていた野良犬は、よい犬は元の飼い主のところに戻り、悪い犬はどう始末されたかわからないがとにかく中野の犬小屋には一頭も犬がいなくなった。そこに雑草がぼうぼうと生えた。「目安箱」に、 「地価の高い江戸市中で、中野の犬小屋跡の公有地がそのまま放置されているのはもったいない。市民のための施設をつくっていただきたい」 という意見が出た。吉宗はこれを採用し大岡に、 「ただちに実施せよ」 と命じた。大岡は承知した。吉宗が興味深げにきいた。 「大岡、また桜の名所か?」 大岡は微笑んで首を横に振った。 「いや、こんどは桃の木を植えようと思います」 「桃の木か。花はきれいだな。それに実がなれば、食える」 農業に関心の深い吉宗はそんなことをいって笑った。現在東京都中野区に恣拷揩ニいう地名が残っているのはそれがゆえんだ。 現場役人の悪習 吉宗は、少しずつ江戸の一地域から、 「環境の浄化」 をはかっていた。自分自身が告げている、 「まず方円の器をクリアして、そこに住む人間の心の浄化もはかろう」 ということを積み上げていたのである。そして吉宗や大岡にすれば、 「上が先に立ってこういうことをおこなえば、下の役人も、黙っていてもそのくらいのことは理解するだろう。市民の模範にならなければいけない役人の立場を考え、自分のくらしもきびしく改めてくれるにちがいない」 と思っていた。ところがこれは誤算だった。今度の投書のような江戸町奉行所役人の汚職の対象となった役人たちがまったくこういうことを理解していないということだ。大岡ははじめて、 「自分は外ばかりみていて、足元をみつめていなかった」 と反省した。大岡にすれば、吉宗の改革理念をきちんとわきまえ、町奉行である自分が率先垂範していれば、部下である奉行所の役人も末端に至るまで協力してくれると思いこんでいたのである。つまり、 「今度のお奉行様は、上様のご意図を自分の考えとして実行していらっしゃる。われわれも後につづこう」 と思ってくれると思っていた。甘かった。 告発された三人の同心たちは、結果からいえば今度の改革にはまったく理解を示していない。それだけではない。 「元禄時代からつづいている悪い慣習を、そのまま守っていこう」 と考えているのだ。長く奉行所につとめている役人はどんなに上が変ろうと、 「自分たちの既得権はそのまま守りつづける」 という腹なのだ。こんなご時世に役人が吉原へ遊びにいくとはなにごとだ。吉原はすでに上役である奉行の大岡忠相が、かなり弾圧し縮小したばかりだ。にもかかわらず、そんなことはぜんぜん認識していない。しかもその遊興費を町役人にたかるとは、いったいどういうことなのだ? 大岡には理解できない。大岡は絶望した。 いつの時代でもそうだが、部下には次の三通りのタイプがある。つまり上司の理念や目的に対し、 b いわれなくてもわかる部下 b すぐにはわからないが、いわれればわかる部下 b いくらいってもわからない部下 今度不祥事を起した三人の同心は三番目だ。これは頭の部品が一部欠落しているのかもしれない。それならまだ救われる。しかしそうではなく、 「わかっていてもわからないフリをする」 という確信犯だったら厄介だ。悪質な部下だからである。こういう部下は大体が、すでに頭の中に構築しているある固定観念や先入観によって自分の生き方を決める。将軍吉宗の改革理念や、それを実行している上司の町奉行である大岡忠相のやり方を目の当たりにしながらも、平然と町役人にたかりをおこなうような三人の同心は、 「上様やお奉行様の改革などには、おれたちは関係ない」 と思っているにちがいない。逆にいえば、それほどすでに持っている先入観や固定観念が強固だということだ。厚い壁になっていて、容易にぶち壊せない。 吉宗はよくいう。 「改革というのは、社会における三つの壁への挑戦だ。壁というのは、ひとつはモノの壁、二つ目はしくみの壁、そして三つ目がこころの壁だ。いちばん壊しにくいのがこころの壁だ」 大岡はそのとおりだと思う。三人の汚職役人は、その怩アころの壁揩ェ強固に構築されている。おそらくそれは三人の同心だけでなく、江戸町奉行所の長い伝統的な慣習にあるにちがいない。 大岡の決意 告発書を机の上においたまま、大岡はかなり深夜まで考えこんだ。 (どうするか) 得てして新任の上役は部下に対して、いい顔をする。つまり悪く思われまいと努力する。だからほかの奉行だったら、三人の同心の悪行も黙認してしまうかもしれない。町奉行所の悪しき伝統と慣習に従って、それを認めるということだ。そうすれば、だれも文句はいわない。逆に、 「話のわかるお奉行だ」 というだろう。その後の奉行に対する協力ぶりも眼にみえている。 「お奉行が話がわかるのなら、おれたち部下も協力しよう」 というナアナアの馴れ合いをはじめるのだ。大岡はそんなことはしたくない。山田奉行でいたときも全部そういう方法は断ち切ってきた。だからこそ、将軍になった吉宗が自分を認めてくれたのだ。 (上様の期待を裏切りたくない) 大岡はそう決意した。つまり、 「この問題は看過することなくきちんと対応しよう」 と心を決めたのである。ところが決意はしたものの、実行できなかった。それは、またひと悶着起ったからである。 翌朝早く用人の山田左膳がやってきた。重い顔をしている。 「早いな、どうした?」 大岡がきくと左膳は憂鬱な表情を向けていった。 「捕らえた汚職同心のひとりが逃亡しました」 「なんだと?」 大岡はびっくりした。 「逃げたのはだれだ?」 「岡田弥五郎です」 「岡田が?」 大岡もすでに三人の汚職役人をきびしく糾問しているので、三人のことはよく知っている。しかし糾問のときも、岡田弥五郎というのがいちばんしたたかで、老練だった。ニヤニヤ笑いながら大岡の質問によどみなく答えた。答えるときの姿勢はほとんどふてぶてしく、逆に大岡に、 (江戸町奉行所という職場は、こういう古い伝統を持っているのですよ) と教え諭すような様子があった。はっきりいえば、自分たちのやったことは悪いとは思っていない。あくまでも、 「単なる慣習に従っただけです」 といい張るのである。大岡は絶望した。怒りがこみ上げたがここで大きい声を上げても自分が傷つくだけだと思って我慢した。だから、岡田弥五郎・長尾平次郎・前波甚助というの三人の汚職役人の中でも、岡田弥五郎の印象がいちばん強かったのである。それが逃亡した。 「しかし、三人は同心屋敷に閉じこめ、おなじ同心の長沢紋右衛門・小菅彦太夫・篠原佐右衛門の三人を番につけていたはずではないか」 「そのとおりです。しかし、長沢は老齢であり、かなり奉行所の悪弊にずっぽり浸っております。小菅と篠原は、まだ二十歳を過ぎたばかりで自身の判断が持てません。おそらく、長沢は岡田たち三人に対して同情的だったと思います。それに対し若い同心たちは文句がいえなかったのでしょう」 「それにしても、同心部屋から逃げ出すというのは理解できない。いったいなにがあったのだ?」 「岡田が、腹が痛いといって何度も厠へ通ったようです。はじめのうちは長沢も警戒して、若い同心を交替でつけたのですが、明け六つ(午前六時)になると、それまでなにも問題がなかったので、つい気をゆるめ番人をつけませんでした。岡田は老練ですから、それが狙い目だったようですね。はじめのうち、番人がついているときはきちんと元の部屋に戻ったのですが、明け六つともなれば、相手も油断するだろうということをちゃんとみぬいていたようです。そこを衝かれました」 「まったく、なにをするについても計算高いやつだな」 「それが奉行所の役人ですよ」 山田左膳はそういった。山田左膳は山田奉行所以来の番頭役で、大岡はこの男にはなんでも相談できる。左膳のほうも大岡がいき過ぎれば、 「そんなことをしちゃいけませんよ」 と警告する。いまの大岡は、 (山田のいうとおりにすれば、わたしはなんの間違いもなく仕事を全うできる) と思っている。いちばん信頼のできる男だった。しかも大岡より二十歳ばかり年が上で、苦労もしてきている。人生の機微をよく心得ている。 P56-57 技術者からの視点 ●第23回● 技術開発のマイルストーン(一里塚) 藍野大学非常勤講師 木下 親郎 「八木・宇田アンテナ」など日本からの一二件が認定されているIEEE スポーツマンにとって最高の栄誉は、オリンピックでメダルを手にすることと聞く。表彰式で与えられるのは金、銀、銅のメダルのみであるが、世界中から選手が集まって競うことと、一八九六年のアテネオリンピック以来の伝統を持つことがその所以であろう。科学者に与えられる賞で最高の栄誉とされるのは、「ノーベル賞」である。こちらも、世界中から受賞者を選び、一〇〇年を超す歴史を持っている。第一回ノーベル賞は、一九〇一年にX線の発見者であるヴィルヘルム・レントゲンなどに与えられた。一九二〇年の第七回オリンピックのテニスシングルスで熊谷一弥、ダブルスで熊谷一弥、柏尾誠一郎が銀メダルを獲得し、日本人最初のオリンピックメダリストになったが、ノーベル賞は一九四九年に湯川秀樹が物理学賞を受賞するまで、日本人には縁遠い賞だった。 数学の世界では、四年ごとに開催される国際数学者会議で一九三六年から四〇歳以下の若手数学者に与えられている「フィールズ賞」が数学のノーベル賞と言われる。第三回の一九五四年に小平邦彦が受賞し、湯川秀樹のノーベル賞受賞に次ぐ快挙として日本中が沸きかえった。歴史の長さでは、今年、設立三五〇年記念を迎える「ロンドン王立協会」が筆頭である。終身会員制で厳しい審査があるので、会員に選ばれるのはノーベル賞に次ぐ栄誉であると言われる。アイザック・ニュートン、チャールス・ダーウィン、アルバート・アインシュタインなどの名前がある。日本からも北里柴三郎、湯川秀樹などが選ばれている。 スウェーデン王立アカデミーは一九八〇年に天文学、数学などの分野を対象とする、賞金五〇万ドルの「クラフォード賞」を創った。日本にもノーベル賞に匹敵することを目標にして一九八五年に始まった「日本国際賞」、さらに「京都賞」「ブループラネット賞」など、世界中から選んだ人に五〇〇〇万円の賞金を与えて顕彰する賞がある。これらは、回を重ねることによって国際賞としての名声を高くしていくであろう。 個人の業績だけではなく、優れた技術製品やシステムも対象にした国際的表彰として「IEEEマイルストーン」がある。IEEE(アイトリプルイー)は、米国に本部を置き、世界中に三七万人の会員を有する電気電子学会で、一二〇年を超す歴史を持っている。IEEEは電気・電子・情報技術やその関連分野において、社会に大きく貢献し、二五年以上にわたり世の中の評価に十分耐えてきた発明や技術開発をマイルストーン(一里塚)として顕彰する制度を一九八三年に創設した。ベンジャミン・フランクリンが一七五一年にロンドン王立協会から出版した電気の実験に関する著書、一七九九年のボルタによる電池の発明、一八八八年の市街電車の運用開始、一八九五年のマルコニーの無線伝送実験、一九四六年の電子計算機の稼働、インターネットの原型と言われる一九六九年のアーパネット開始、一九七九年のCDオーディオプレーヤー開発など現在までに約一〇〇件のマイルストーンを認定している。 日本からも一二件が認定され、二一世紀の社会生活に大いに貢献していることを示している。最初は、一九二四年に八木秀次と宇田新太郎によって発明された指向性アンテナ(八木・宇田アンテナ)である。現在もレーダー、テレビ、アマチュア無線などにおいて世界中で使用されており、一九九五年に選ばれた。IEEEから贈呈された銘板が東北大学にある。日本のマイルストーンを年代順にたどると、一九二四年から四一年にかけて行われた、片仮名「イ」のブラウン管表示に始まる電子式テレビジョン開発と、一九二九年に日本とヨーロッパを結ぶ最初の無線通信所として作られ、現在は解体されているものの、高さ二五〇メートルの八基のアンテナを有した刈谷市の依佐美(よさみ)送信所、一九三〇年から四五年のフェライトの開発と工業化がある。 戦後初のマイルストーンは一九六三年のケネディ大統領暗殺の衝撃的な映像を伝えたKDD茨城宇宙通信実験所(当時)による「初の太平洋横断衛星テレビジョン伝送」である。この出来事が衛星通信による国際間テレビ放送の衝撃的な幕開けになったことと、通信用に世界で初めて実用化された、直径二〇メートルのパラボラ主反射鏡の焦点に副反射鏡を設置するカセグレンアンテナ方式が、その後の標準になったことが選定の理由になった。 若者よ、顕彰のあとを辿り将来の夢を育め 一九六四年には富士山頂気象レーダーと東海道新幹線がある。前者は、世界で最も高い所に設置され、建設直後に八〇〇キロメートル彼方の台風を捉え、またリモートコントロールや高性能電子機器の保守低減化のパイオニアとしての役割を果たしたとの評価を受け、後者は当時世界最高の運行速度を記録したこと、年間八〇〇〇万人を超す乗客を、長期にわたり安全に運行していることが讃えられた。いずれも、電気、電子、情報技術のみならず、機械、建築、土木技術など当時の最先端の技術を結集したプロジェクトである。それぞれの銘板は東京大手町の気象科学館と名古屋駅コンコース壁面にある。 さらに、一九六九年のクォーツ腕時計、一九六五年から七一年の鉄道用自動改札システム(銘板は近鉄阿倍野駅と阪急北千里駅、大阪大学にある)、一九六四年から七三年の電子式卓上計算機、一九七一年から七八年の日本語ワードプロセッサー、一九七六年の世界標準家庭用ビデオVHSと続く。 少なくとも二五年間の評価に耐えるという基準が課されているので、マイルストーンを辿ると、技術者の発想が社会に受け入れられ、新しい技術製品やシステムを生みだし、さらに、より便利な製品やシステムとして生活の場に定着していく道筋を学ぶことができる。若い人たちは、これらの顕彰に刺激を受け、将来への夢を育めるであろう。公開されていると思う銘板設置場所を記したので、その場所を訪ね技術開発の感動を共有して欲しい。 P24の解答 ■詰め碁 「正解」 黒1のホウリコミが手筋で、白2のあと黒3、5を先手で利かして黒7で生きます。 ■詰め将棋 5三角 3二玉 4二角成 2三玉 4五角 同飛 1四飛成 同玉 2四馬まで、九手詰。 「解説」 離し角は当然。五手目、4五角が守り駒の飛車の横利きをそらす好手です。これに対し、3四金の合駒なら2四歩まで。4五同飛に、1四飛成が絶妙手になります。 1234567 P58-59 BOOK 『地域再生と町内会・自治会』 中田 実・山崎丈夫・小木曽洋司 著/自治体研究社/1600円 地域を守る最後のセーフティ・ネットの現状を紹介 あなたは、「町内会・自治会について、どう考えますか」と問われたら何と答えるか。本書の三人の著者は、全国にあるさまざまな町内会・自治会の活動を、地域住民組織・コミュニティ研究の専門家として一〇数年間にわたって実地調査してきた。 そして、今日、わが国の町内会・自治会はまさに「大きな岐路」に立っていることを分析し、そのうえで町内会・自治会のリーダーと会員、もっと大きく言えば、われわれ日本国民の一人ひとりが、町内会・自治会に対する意識と取り組み方を変えれば私たちの日々の生活はずっと暮らしやすいものになり、状況によってはより明るい未来を築ける可能性さえあることを示唆している。 日本全国には、数を掌握しきれないほどの町内会・自治会が存在しており、その活動の内容も特色もいろいろだ。様々な問題を抱えていたり、ユニークな地域活動、コミュニティ活動をしていたりするところもある。 著者たちはそうした現在進行形の新たな町内会・自治会の活動に数多く触れてきた専門家だ。そしてその専門家たちが、「はしがき」でも言及しているように、何よりも今現在の日本の地域社会の状況は、近年の政治動向による分権化や町村合併、あるいは「小さな政府」路線をうけ、大きく変化している。各々の地域社会では、高齢化、単身世帯の増加にともなう「限界集落」と呼ばれ生活するのも困難な地域が登場してきている。今後地域社会が最後のセーフティ・ネットのひとつにならざるをえない問題が噴出しているのだ。 私たちはこうした時代において、もうそれぞれの地域で、自分たちの総力と地方行政体やNPOなどの地域資源のすべてを活用して私たちの生活を守らなくてはならないとし、この地域社会活動の基盤となる町内会・自治会のコーディネーター機能の早急な恟[実 が求められるとしている。 著者の一人は文中で、二〇〇八年にオバマ氏が大統領選で勝利したことにふれている。それは現代のグローバリズム社会のありように、それを主導してきたアメリカ国民でさえ耐えられなくなったことの表れであり、同時にこれまでの社会的潮流からは幻想に過ぎないと否定されてきたコミュニティへの新たな希望の灯がともされることであると分析している。わが国の場合だと、コミュニティの基盤をなす町内会・自治会の再活性化へとつながるもので、住民主導による「地域再生」へと進む時代になりつつあるということもできるのではないかという主旨の高邁な認識さえ示している。 評者/内藤正行(評論家) 『「格差」の戦後史―階級社会 日本の履歴書』 橋本健二 著/河出書房新社/1260円 格差解決には階級構造に対する認識を強くもて、と主張 格差や貧困という言葉が今まさに氾濫している。一九七〇年代や八〇年代、われわれは「一億総中流」を自認していた。ところが、二一世紀を迎えて以降、格差と貧困の問題がにわかに耳目を集めるようになってきた。 本書は、現代日本にみられる格差の問題を、戦後日本の歴史的な文脈に位置づけ評価し直すことを目指している。そのため、戦後日本を一〇年単位の七つの年代に区切り、その時どきの格差や貧困を分析する。ただ格差にも個人格差とカテゴリー間格差があり、結果の格差と機会の格差を峻別することの大切さを指摘する。 橋本は、二一世紀は非正規雇用が急激に拡大した新たな階級社会の時期だとしている。非正規労働者はその極端な低賃金、家族形成と次世代を再生産することの困難さ故に、労働者階級以下の存在―つまりアンダークラスだという。 橋本は、格差と貧困を問題にするためには、階級構造という概念を用いる必要があるとする。それが政治的であるなら格差の分析すら政治的だと断言する。格差と貧困を解決すべき問題だと考えるなら階級構造という社会の骨格部分に対する認識と、その改変を含めた大胆な政策論が必要だと主張する。 『主婦パート最大の非正規雇用』 本田一成 著/集英社/735円 パートタイム正社員制度と均等待遇の確立を説く 桐野夏生原作の『OUT』という映画がある。リストラで自暴自棄になっている夫と引きこもりがちの息子を支える主婦パートなどが登場する。外からは何の問題もなさそうな主婦パートが蝕まれていく姿を描いている。 いま非正規雇用問題が社会問題化している。その主役は派遣労働者であり、若者である。しかし、見逃されがちだが、その最大多数は主婦パートで八〇〇万人にのぼるという。 派遣労働が垂直落下型の悲惨さで社会の耳目を集める。一方、主婦パートは直接雇用であっても家族の生活維持のために必死で働かざるを得ず、会社側の多くの無理を聞かなくてはならない。また、正社員並みの高度の仕事ぶりも求められる。主婦パートはそれ独特の「アリ地獄」にいると著者は指摘する。 著者は、主婦パートという雇用形態の歪みが生む社会損失を縷々指摘し、その処方箋を用意する。一つは個人単位の福祉政策を求め、いま一つは、基幹化した主婦パートに短時間勤務正社員とする途を示す。その端緒として「東急ストア」などの事例を紹介しながら、パートタイム正社員制度の創設と均等待遇の原則の確立を熱心に説くのである。 『考える人 2010年冬号─「特集 あこがれの老年時代」』 新潮社/1400円 何につながり生きているのかそれが老後の世界では大切だ 「老年」や「老後」には、とかくマイナスのイメージが付きまとう。しかし、本誌に登場する高齢者はすべて屈託のない笑みを浮かべているのが印象的だ。仕事にも成功し、経済的にもゆとりのある老後を過ごしているからだろう。そうした人たちに対するインタビューを中心に構成し、読者のあこがれとなるような老年時代像を示しているのがこの特集である。 それにしても、老後には経済にまつわる問題を中心に議論するだけでは解決できない問題が多いのではないか。こうした思いを強くしたのが、終末期医療の臨床医として活躍する大井玄氏へのロングインタビューである。「われわれは死んでゆくときに、つながりの感覚を持ちたいのです。祖先とつながるのでも、子孫につながるのでもいい」と大井氏。一人ひとりそれは異なっており、それを尊重してあげることが、看取りではとても大切なことだという。 一人暮らしの老人が増えるなか、亡くなる間際だけでなく、生きているときから、社会的につながっている関係を構築していくことが必要だろう。そうすれば、物質的な差はあれ、心はゆとりある「あこがれ」の老後が準備できるのではないだろうか。 P60 BACK NUMBER バックナンバー 一覧 10年2月号 ■特集 民営鉄道・百貨店・専門店業界の高齢者雇用ガイドライン 社団法人 日本民営鉄道協会 日本百貨店協会 社団法人 日本専門店協会 ■えるだぁ最前線 60、70、80代のオヤジさんが自由鍛造の世界を支える百年企業 岡本鉄工合資会社 10年1月号 ■新春特集 欧州各国から学ぶ雇用対策 オランダの雇用政策と日本 拓殖大学国際学部教授 長坂 寿久 スウェーデンの雇用対策 皇學館大学名誉教授 高島 昌二 欧州各国に見る雇用政策の現状 日本貿易振興機構(ジェトロ) 生涯読書の楽しみ ─仕事に活かす読書術─ 作家 阿刀田 高 ■新連載 入門 職場のメンタルヘルス 第1回 心のSOSに気づくためには? 中辻 めぐみ 09年12月号 ■特集 〜公開シンポジウム〜 「めざしたい!70歳現役 ―70歳、どう働く―」 写真家 浅井 愼平 富士電機ホールディングス鞄チ別顧問 加藤 丈夫 プロデューサー 残間里江子 慶應義塾大学教授 慶應義塾長 清家  篤 〈コーディネーター〉放送ジャーナリスト 平野 次郎 平成21年度「70歳まで働ける企業」実現に向けた シンポジウムのご案内 09年11月号 ■特集 高年齢者雇用支援月間 パートU 平成21年度 高年齢者雇用開発コンテスト 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構理事長表彰 優秀賞 株式会社グンゴー (群馬県) 株式会社吉田興産 (山口県) 阿さ川製菓株式会社 (茨城県) 株式会社ピックルスコーポレーション長野 (長野県) フジ広告株式会社 (愛媛県) ■新連載 世界の高齢者雇用事情 第1回 イギリス 坂井 澄雄 09年10月号 ■特集 高年齢者雇用支援月間 平成21年度 高年齢者雇用開発コンテスト 【厚生労働大臣表彰 最優秀賞】 有限会社湯元榊原館 (三重県) 【厚生労働大臣表彰 優秀賞】 近江ニスコ工業株式会社 (滋賀県) 中村整形外科医院 (青森県) 【厚生労働大臣表彰 特別賞】 株式会社キデン (山形県) 株式会社虎屋本舗 (広島県) 09年9月号 ■特集 加齢を補う力とはなにか 高齢者の体力・健康は、身体を動かすことで維持・向上できる 宮地 元彦 加齢による心身機能の変化と職務再設計 長谷川 徹也 高齢者作業環境改善に向けた工具の開発 潟gーエネック 配電本部 技術グループ 加齢を補う力としてのヒューマン・スキル 高橋 正幸 ■新連載 エイジマネジメント 働く人の健康を守る 第1回 超高齢労働社会への産業保健戦略 神代 雅晴 編 集 後 記 ●大晦日から正月の伝統行事の代表的な祭に、秋田・男鹿半島で行われている「ナマハゲ」がある。包丁などを手にした鬼が子供のいる家々を廻り、「ウォーッ、悪い子はいねがー」と叫びながら、子供たちに「とと、かかの言うごと聞いてるだかー」。子供たちは親の背に隠れながら、「ちゃんと手伝いする」「勉強します」と泣き叫びながら鬼に誓い、酒を飲ませて退散してもらう。子供たちは、その後一週間くらいは誓いをきちんと守るそうだ。地域教育の原点のような行事だ。 ところが、すこし前におもしろビデオ映像といった番組で登場したナマハゲたちは、雪道で足取りも覚つかない酔っ払いの鬼であり、家の玄関先で眠りこんでしまう、なんとも情ない姿であった。いまどきのおもしろければいいというテレビ番組用のイベントになってしまったのか、と淋しい思いがした。迫力のあるナマハゲはいまいずこといった感じだった。 それが、このナマハゲたちのベロベロに酔っ払った本当の姿を知ったのは、NHKの「新日本紀行、ふたたび」という番組だった。鬼が雄叫びをあげながら跋扈する男鹿の村々にも、少子高齢化の波が押し寄せ、「悪い子はいねがー」と叫びながら捕まえる子供たちがわずかしかいないのだ。その子供たちを捕まえるナマハゲも、わずかに残った子供たちや成人して都会に出ていった若者たちがふるさとの伝統を残そうと帰ってきて精いっぱい演じているのである。 ナマハゲが廻り歩く家々に居るのは、爺っちゃん、婆っちゃんたち。そこでナマハゲたちの役割は、かつての村の繁栄を築いてきた年寄りたちを元気づけることに変わった。囲炉裏端で年寄りたちと酒を酌み交わす。「どこか悪いとこさ、ねがー、けっぱれやー」。猪口から茶碗に変わる。老いたりと言えども、ここは酒どころ、年寄りたちは強い。そのうち、「おメたち若い者が帰ってこねば、村は続かねべ」と年寄りの説経にナマハゲが首をたれる。飲めと言われる。茶碗酒を干さなければ、退散できない│などと思い描く。 かくて、二、三軒廻ればヘベレケのナマハゲとなる。かつてのように、子供たちに原初の教育を諭すナマハゲはなかなかむずかしいかもしれない。いまの時代にふさわしい伝統で、いいのではないだろうか。心やさしいナマハゲに、カンパーイ。 月刊エルダー3月号 No.365 ●発行日―――平成22年3月1日(第32巻 第3号 通巻365号) ●発 行―――独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 発行人―――代田雅彦 編集人―――焼山正信 ●発売元 労働調査会 〒170‐0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918)8618 (禁無断転載) ●独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 (竹芝事務所) 〒105‐0022 東京都港区海岸1-11-1 ニューピア竹芝ノースタワー TEL 03(5400)1621(企画啓発部) ホームページURL  http://www.jeed.or.jp メールアドレス elder@jeed.or.jp P61 今から始める セルフケアのためのヨガ入門 こころとからだクリニカセンター 所長 森川那智子 第11回 脊柱を強化する ―弓のポーズ― 身体の中心軸である脊柱を強化するポーズですが、決して力づくでやらないでください。“アラ還”以降の世代のなかには、両手で両足がつかめないという人も珍しくありません。時間をかけて習得してください。準備だけでもていねいに行えば十分です。肛門を閉じ、お腹を引き締めて行うことが重要。ポーズ後、肩や胸がすっきりし、お腹がふわっと温かくなったら、コツをつかんだということですね。 浮、つ伏せになり、両腕は前方に、両脚はそろえて後方に伸ばす。 哩E手で右足の甲をしっかりつかみ、息を吐きながら腹から大腿の前面を十分に伸ばす。 卵ァを吸いながらゆっくりと足先を上方に上げ、同時に上体をそらしていく。肩や腕を力ませないように。この姿勢でできる楽な呼吸で10〜20秒。ゆっくり戻し、反対側も同様に。 を行い右手で右足、左手で左足をつかみ(両膝は肩幅くらいに開く)、まず息を吐いて、腹から大腿の前面を十分に伸ばし、肛門を閉じ、お腹を引き締める。 剔ァを吸いながらゆっくりと足先を上方にあげ、同時に背骨をそらしていく。膝や胸が床からほんの少し浮けば上出来。この姿勢でできる楽な呼吸で10〜20秒。 ゆっくり戻し、仰向けになり、四肢を投げ出して休息。腰が少しだるいと感じたら、両膝ないし片膝を立てた仰臥姿勢で休息する。 P62-63 愚かなるが故に道なり 奥井禮喜 経営労働評論家 (有)ライフビジョン代表取締役 第57回 「おいしい生活」から「まずい生活」への経験を活かして、これからは人に「ふさわしい生活」を… 国内消費は一九九〇年代半ばから、ほぼ長期低迷状態にある。消費革命(一九六〇年代)の時代は彼方に去った。たとえば百貨店が合併しても、市場が大きくなるのではないから、頭の痛いことである。そこで「消費者がわくわくするような店作りをせよ」というような言葉が登場する。なるほど「わくわくする」という言葉にはわくわくする。たしかに欲しい商品を買うときはわくわくする。梱包してもらった商品を、いそいそ持ち帰り、少しでも早く中身を取り出したい。 電化元年と言われたのは一九五三年、三種の神器(電気洗濯機・電気冷蔵庫・白黒テレビ)が大人気、続いて一九六〇年代に入ると3C(カー・クーラー・カラーテレビ)がその後を引き継いだ。しかし一九八〇年代に入ると主要耐久消費財はほぼ全世帯に行き渡り、世帯単位ではなく個帯単位へとか、メーカーはモデルチェンジに知恵を絞って、早期買い替え需要に期待するしかなくなった。わくわくする、欲しい商品が見当たらないというのが、現実の「普通の」姿ではあるまいか。 もちろん、3C以降も、電子レンジ、VTR、パソコン、デジカメ、携帯電話、DVDなど、次々にメーカーの努力は続くが、すでに国内自動車販売も頭打ち、今は地上デジタルへの転換でテレビ特需が発生しているものの、内需を押し上げるような力量感ある商品は見当たらない。 西武百貨店が「おいしい生活」というコピーを掲げたのは一九八二年だった。味覚は個人的なもの、あなたのおいしい人生、充実した人生のお手伝いをします、という意味合いであった。理屈を見事な感性に包んだコピーは、新しい時代を予見するかのごとくに響いた。 「私にとっておいしい生活って何だろう」と考える。しかし、その思潮が定着する以前に、バブル経済へ突っ込み、一九九三年半ばバブル崩壊して、以来、二〇年近く、国内需要としてはパッとしない状態、感覚的には「いじましい生活」になったみたいであって。 耐久消費財ブームに沸いたのは、人々がその商品を購入して、それを活用する生活に憧れたからである。今や、喫緊に買いたい商品はほとんどない。日常の衣食住は、ぜいたくをいえば際限がないけれど、そこそこか、ぼちぼちかはともかくとして、間に合っている。 内需を上げようとすれば、モノそのものの力だけでなく、人々の生活自体が変化して、一人ひとりが今日的「おいしい生活」を追いかけるような気風が醸成されねばならないのだけれど、馬馬虎虎(マーマーフーフー)もまた捨てがたい味わいがある次第だ。ところで│ 一九六〇年代後半、わが国は高度経済成長を達成したものの、人々はひたすら「モーレツ」に働くばかりで、ほとほとくたびれていた。だから一九七〇年代に入ると「くたばれGNP」という言葉におおいに共感したものだった。公害が全国的に露見した。経済的繁栄の陰で何か大事なことを見失っていたのじゃないか。 一方、米国はベトナム戦争で軍事費が大膨張し、財政赤字が慢性化し、インフレが加速した。ドルは暴落し国際収支は音を立てて悪化する。一九七一年八月一五日ニクソン大統領は、ドルと金の交換停止と、一〇%の輸入課徴金賦課を軸とした経済政策を発表した。わが国は円切り上げを恐れてドル買い支えに走った。さらにデフレを恐れて建設国債を増発し、国債発行による財政支出を膨張させた。設備投資と輸出で高度経済成長を達成したが、財政主導型となり、インフレ、さらには財政危機を生み出す転換点になった。お国大借金の根は深い。 さらに一九七三年秋、OAPEC(アラブ石油輸出機構)の石油輸出削減、OPEC(石油輸出機構)の石油価格値上げが発生した。安い石油を基盤に成り立っていた世界経済は強烈なパンチを食らった。 当時、都留重人氏は、先進国における素材供給型重化学工業が過剰生産に入り、米国中心の経済秩序崩壊による世界経済の停滞を指摘された。後にみても先進国粗鋼使用量は一九七四年がピークなのである。「くたばれGNP」は単なる感性の問題ではなく、経済の在り方を鋭く問うていた。わが国においては、輸出依存でなく、内需拡大と、国内生活基盤を充実させる工夫が求められていたのである。 しかし、「日本列島改造論」(田中角栄)が登場し、年率一〇%成長・高速道路一万キロ・新幹線九〇〇〇キロ・石油パイプライン七五〇〇キロ建設などが打ち上げられた。これによると輸入石油量七億キロリットルを必要とする。世界石油輸入の半分という荒唐無稽なものであった。「花見酒の経済」(笠信太郎)とか、「土地・株式・商品などの投機」による経済の危険性にたいして警鐘が鳴らされていたが、開発を当て込んだ猛烈な土地投機が発生した。それが狂乱物価を招くのである。 今回の金融危機もそうだ。実物経済を無視した金融経済が世界を大混乱に陥れた。にもかかわらず、金融市場の節度ある経営を展開するためのシステム作りは容易には進まない。 金が儲かればよろしいという思想がすべてを混乱させているのではあるまいか。物事は「価値の序列」が大事だ。すなわち経済は「需要が供給を牽引する」。「消費が生産(労働)を牽引する」。なんのために消費するのか、「生きるため」である。然り、人々が「生きるために経済がある」。経済は人々の生活のために発生した。経済がすべてに優先すると考えるのは正しくないのではあるまいか。単純な経済成長論でよろしいものか。 P64 世界の高齢者雇用事情 第5回 フランス 目標にはほど遠いが高齢者就業率は38.3% フランスの2009年の人口は6,234万人、前年比0.1%増。全体に占める65歳以上人口(老年人口)の割合は16.6%で、2019年に20.0%、2037年に25.1%になると予測され、高齢化の速度は主要先進国の中で最も緩やかである。 高齢者(55〜64歳層)就業率は38.3%と低い。EUが2001年に「2010年までに高齢者就業率を50%以上に引き上げる」との数値目標を設定して以降、各種の高齢者就業促進策を講じているが、目標達成にはほど遠い。 80年までは高齢者就業率は50%を超えていたが、その後98年の33.0%まで減少を続けた。減少要因は、高い若年失業率を引き下げる目的で高齢者の早期退職政策を採ったことによる。同政策の中心は公的年金の受給開始年齢を実質65歳から60歳に引き下げ、55〜59歳の早期退職者に年金受給開始年齢まで一時的手当を支給するもので、これにより「早期退職が根強い文化になった」という。 公的年金は民間労働者が強制加入している「一般制度」が中心。同制度は労使の拠出金を財源とし、労使代表で構成する組織が管理運営している。企業の定年年齢は65歳未満を原則禁止。 労働政策研究・研修機構 国際研究部長 坂井澄雄 P64キャプション フランスの北部、カレーにあるリバー織機のメーカー。リバー織機で編んだリバーレースは最高級のレースとされ、ウエディングドレスなどに使われる。 高齢者の意欲や能力を生かすための職場のしくみづくりは進んでいますか? 共同研究事業のごあんない 1.「共同研究事業」制度の概要 共同研究とは、高齢従業員の雇用や高齢化への対応を考えている事業主に対して、 事業主と機構が共同して、問題解決のための調査研究を行う事業です。 労働市場の変化 ◆団塊の世代が2012年から65歳に達しはじめる中で、わが国の労働力の減少と高齢化は確実に進行します。 こうした中で65歳を超えても働くことを希望する人も増えており、70歳雇用への取組みが必要となってきます。 健康管理 職務再設計 能力開発 人事・賃金管理 機構 共 同 企業 職場環境の改善 改善後の期待 企業にとって 雇用の安定 業務の安定化 生産性の向上 就業者にとって 働きがいのある 働きやすい職場 対象とする事業所は ●雇用保険適用事業主 ●「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(昭和46年法律第68号)に定める雇用確保措置を講じていること ●55歳以上の雇用保険被保険者を概ね10人以上雇用していること ※希望者全員が65歳以上まで働ける企業、または70歳以上まで働ける企業における活用事例として認められることが審査の要件となります。 共同研究の利用により ●1/2の費用負担で研究(改善)ができます。 ●外部の専門家(学識経験者等)の協力を得ながら、企業の実態に沿った研究(改善)ができます。 ●高齢者の雇用壊境の整備とともに生産性の向上が期待できます。 ●研究によって開発された支援機器や制度、システム等については、研究終了後も自社で使用できます。 2.申し込み等 ◆制度を詳しく知りたい方はお気軽にご連絡ください。 ◆申し込みを希望される方はあらかじめお問い合わせください。 連絡先 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 情報研究部 雇用援助課 〒105-0022 東京都港区海岸1-11-1 ニューピア竹芝ノースタワー TEL.03-5400-1658 FAX.03-5400-1654 ホームページURL http://www.jeed.or.jp/ 表3 高年齢者の継続雇用に関する援助等についてのお問い合わせは、 最寄りの都道府県高齢・障害者雇用開発協会までお願いします。 都道府県高齢・障害者雇用開発協会 尠k海道高齢・障害者雇用促進協会 〒060‐0004 札幌市中央区北4条西4‐1 札幌国際ビル4F @011−223−3688 寳ツ森県高齢・障害者雇用支援協会 〒030‐0801 青森市新町2‐2‐4 青森新町2丁目ビル7F @017−775−4063 寢竡闌ァ雇用開発協会 〒020‐0024 盛岡市菜園1丁目12番10号 日鉄鉱盛岡ビル5F @019−654−2081 寞{城県雇用支援協会 〒980‐0021 仙台市青葉区中央3‐2‐1 青葉通プラザ2F @022−265−2076 寶H田県雇用開発協会 〒010‐0951 秋田市山王3‐1‐7 東カンビル3F @018−863−4805 寰R形県高齢・障害者雇用支援協会 〒990‐0828 山形市双葉町1丁目2番3号 山形テルサ1F @023−676−8400 尓沒県雇用開発協会 〒960‐8034 福島市置賜町1‐29 佐平ビル8F @024−524−2731 寤城県雇用開発協会 〒310‐0803 水戸市城南1‐1‐6 サザン水戸ビル3F @029−221−6698 專ネ木県雇用開発協会 〒320‐0033 宇都宮市本町4‐15 宇都宮NIビル8F @028−621−2853 寥Q馬県雇用開発協会 〒371‐0026 前橋市大手町2‐6‐17 住友生命前橋ビル10F @027−224−3377 寫驪ハ県雇用開発協会 〒330‐0063 さいたま市浦和区高砂1‐1‐1 朝日生命浦和ビル7F @048−824−8739 寳逞t県雇用開発協会 〒260‐0015 千葉市中央区富士見2‐5‐15 塚本千葉第三ビル9F @043−225−7071 專結椏s雇用開発協会 〒101‐0061 千代田区三崎町1‐3‐12 水道橋ビル6F @03−3296−7221 恊_奈川県雇用開発協会 〒231‐0026 横浜市中区寿町1‐4 かながわ労働プラザ7F @045−633−6110 寳V潟県雇用開発協会 〒950‐0087 新潟市中央区東大通1‐1‐1 三越・ブラザー共同ビル7F @025−241−3123 尓x山県雇用開発協会 〒930‐0004 富山市桜橋通り2‐25 富山第一生命ビル1F @076−442−2055 寳ホ川県雇用支援協会 〒920‐8203 金沢市鞍月5‐181 AUBE5F @076−239−0365 尓汕芟ァ雇用支援協会 〒910‐0005 福井市大手2-7-15 明治安田生命福井ビル10F @0776−24−2392 寰R梨県雇用促進協会 〒400‐0031 甲府市丸の内2‐7‐23 鈴与甲府ビル4F @055−222−2112 將キ野県雇用開発協会 〒380‐8506 長野市南県町1040‐1 日本生命長野県庁前ビル6F @026−226−4684 寢阜県雇用支援協会 〒500‐8856 岐阜市橋本町2‐20 濃飛ビル5F @058−252−2324 寳テ岡県雇用支援協会 〒420‐0853 静岡市葵区追手町1‐6 日本生命静岡ビル7F @054−252−1521 寤、知県雇用開発協会 〒460‐0008 名古屋市中区栄2‐10‐19 名古屋商工会議所ビル9F @052−219−5661 寰O重県雇用開発協会 〒514‐0002 津市島崎町137‐122 @059−227−8030 寰賀県雇用開発協会 〒520‐0056 大津市末広町1-1 日本生命大津ビル3F @077−526−4853 寞椏s府高齢・障害者雇用支援協会 〒604‐8171 京都市中京区烏丸通御池下ル虎屋町577‐2 太陽生命御池ビル3F @075−222−0202 尅蜊纒{雇用開発協会 〒530‐0001 大阪市北区梅田1‐12‐39 新阪急ビル10F @06−6346−0122 恤コ庫県雇用開発協会 〒650‐0025 神戸市中央区相生町1‐2‐1 東成ビル5F @078−362−6588 專゙良県雇用開発協会 〒630‐8122 奈良市三条本町9‐21 JR奈良伝宝ビル4F @0742−34−7791 尨a歌山県雇用開発協会 〒640‐8154 和歌山市六番丁24番地 ニッセイ和歌山ビル6F @073−425−2770 將ケ取県高齢・障害者雇用促進協会 〒680‐0835 鳥取市東品治町102 明治安田生命鳥取駅前ビル3F @0857−27−6974 專根県雇用促進協会 〒690‐0826 松江市学園南1‐2‐1 くにびきメッセ6階 @0852−21−8131 實ェ山県雇用開発協会 〒700‐0907 岡山市北区下石井2‐1‐3 岡山第一生命ビル4F @086−233−2667 寫L島県雇用開発協会 〒730‐0013 広島市中区八丁堀16‐14 第二広電ビル7F @082−512−1133 寰R口県雇用開発協会 〒753‐0051 山口市旭通り2‐9‐19 山口建設ビル3F @083−924−6749 專ソ島雇用支援協会 〒770‐0831 徳島市寺島本町西1‐7‐1 日通朝日徳島ビル7F @088−655−1050 寫$県雇用支援協会 〒760‐0017 高松市番町1-2-26 トキワ番町ビル3F @087−811−2285 寤、媛高齢・障害者雇用支援協会 〒790‐0006 松山市南堀端町5‐8 オワセビル4F @089−943−6622 寫rm県雇用開発協会 〒780‐0053 高知市駅前町5‐5 大同生命高知ビル7F @088−884−5213 恤汢ェ県高齢者・障害者雇用支援協会 〒812‐0011 福岡市博多区博多駅前3-25-21 博多駅前ビジネスセンター3F @092−473−6300 恪イ賀県高齢・障害者雇用支援協会 〒840‐0816 佐賀市駅南本町5‐1 住友生命佐賀ビル5F @0952−25−2597 將キ崎県雇用支援協会 〒850‐0862 長崎市出島町1‐14 出島朝日生命青木ビル5F @095−827−6805 寥F本県高齢・障害者雇用支援協会 〒860‐0844 熊本市水道町8‐6 朝日生命熊本ビル3F @096−355−1002 恆蝠ェ県総合雇用推進協会 〒870‐0026 大分市金池町1‐1‐1 大交セントラルビル3F @097−537−5048 寞{崎県雇用開発協会 〒880‐0812 宮崎市高千穂通2‐1‐33 明治安田生命宮崎ビル8F @0985−29−0500 恷ュ児島県雇用支援協会 〒892‐0844 鹿児島市山之口町1‐10 鹿児島中央ビルディング11F @099−219−2000 實ォ縄雇用開発協会 〒901‐0152 那覇市字小禄1831‐1 沖縄産業支援センター506号 @098−891−8460 独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 (竹芝事務所) 〒105‐0022 東京都港区海岸1丁目11番1号 ニューピア竹芝ノースタワー 電話番号(ダイヤルイン) 03‐5400(共通局番) ―各部代表番号― 企画啓発部 広報啓発課  1621 業務部 指導課  1642 高齢者助成部 管理課  1645 情報研究部 研究開発課  1656 平成22年3月1日発行(毎月1回1日発行) 第32巻第3号通巻365号〈発行〉独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構〈発売元〉労働調査会 定価480円(本体458円)