2015年3月号
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19働く広場 2015.3 ある会社でシステムエンジニアを募集したところ、外国人労働者Fさんが応募してきたというケースを考えよう。Fさんは、流暢な日本語を話し、プログラミングの経験もあり、SEとしての能力もまったく問題ないレベルだったとする。 このとき、採用試験の面接官が、Fさんに「ところで鎌倉幕府を開いた人はだれか知っているかね?」とたずねたとしよう。日本人にとっては常識に近い内容の質問だが、外国人で源頼朝を知っている人はほとんどいないだろう。当然、Fさんは質問に答えられず、面接官はそれを理由に不採用の決定を下したとする。さて、これは差別といえるだろうか。 能力の有無が審査の対象になること自体は差し支えない。問題となるのはその内容である。日本史の知識はSEの仕事と直接関係がない。このように業務と無関係な能力の有無を理由に採否を決めたり待遇に差をつけたりすることを「間接差別」という。 いくら何でも右の例のようなあからさまな差別を行う企業はないだろう。ただ、実際の仕事の現場では、業務と能力の関係はそれほど明確になっていないため、思わぬことが差別に該当することもある。例えば、「管理職を目指す正社員は有給休暇を返上するくらいの覚悟がほしい」という不文律がまかり通っているような企業を考えてみよう。これ自体は特定の人を対象とした差別ではない。しかし、こうした雰囲気のもとでは、女性社員は産休や育休をとるのをためらうだろう。つまり、出産する女性はキャリアを捨てるか会社を辞めるかの選択を迫られることになるのである。会社としては女性を差別しているつもりはないかもしれないが、結果として女性が管理職になりにくい状況を作っているわけだ。すなわちこれは女性社員に対する間接差別なのである。 それでは障害者についてはどうだろうか。エレベータのない3階建てのビルにあるソフトウェア会社が、自力でオフィスにたどり着けないことを理由に身体障害のプログラマーを採用しなかったとしよう。階段が上れないこととプログラミング業務は直接関係がない。従ってこれは間接差別となる。それでは、ある企業が採用試験の際、応募者にIQテストを課し、70に達しない者を不合格とした場合はどうだろうか。これも間接差別になる可能性が高い。なぜなら、その企業の仕事すべてが高いIQを必要とするとは考えにくく、こうしたテストを課すということは知的障害者に就労の機会を与えていないのと同義と解釈されるのである。これと同じ理由から、精神障害者についても、残業ありの長時間労働を前提とした労働条件しか与えないことは間接差別とみなされるだろう。 このように障害者雇用においては、業務と関係ない能力を問うことだけでなく、はじめからできないとわかっている仕事を割り当てることも間接差別とみなされるのである。 それでは企業はどう対応すればいいのだろうか。企業がすべきことは、障害者の「できること」に目を向け、その能力が発揮できるよう環境整備をすることである。これを「配慮」という。「障害者差別解消法」第8条は、「負担が過重でない」範囲で「合理的」な配慮をするよう事業者に義務づけている。すなわち、理にかなった配慮を行うという条件とセットになって差別が定義されているのである。 ここでむずかしいのは、どのレベルが理にかなっているかという線引きである。エレベータや車椅子用トイレを設置することは納得しやすい。しかし、知的障害者や精神障害者への配慮に関しては、何が「合理的」かの判定がむずかしい。なぜなら、障害者の強みを仕事に結びつけられるかどうかは、企業の人事担当者の能力次第ともいえるからだ。さらにむずかしいのは、企業サイドにだけこうした配慮を押しつけても差別は解消しないという点である。これは次回に考えてみることにしよう。 (つづく)なかじま たかのぶ 慶應義塾大学商学部教授。専門は応用経済学。1960年生まれ。1983年慶應義塾大学経済学部卒業、2001年より同大学商学部教授。同年、慶應義塾大学博士(商学)取得。2007年より内閣府大臣官房統計委員会担当室長を約2年間務める。経済学とは一見縁遠いと思われる対象を経済学の視点から一般向けに論じた著書多数。また、大相撲にも造詣が深く、日本相撲協会「ガバナンスの整備に関する独立委員会」では、副座長として相撲協会改革案について意見書を取りまとめた。中島 隆信配慮が必要となる差別第3回

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