働く広場2017年2月号
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6働く広場 2017.2知事賞を受賞した。現在、従業員は162人(役員5人、正社員118人、パート社員39人)。障害者は39人(精神障害1人、身体障害7人、知的障害31人)で、3分の2は正社員だ。残り3分の1は、通勤の関係でフルタイムがむずかしいなど自己都合でパートを選択している。定年は60歳。再雇用は65歳だが、さらに働き続ける人もいる。採用は、取締役総務部長の川かわ出いで厚あつしさんが担当する。「本人は、正社員かパートかを意識しない人が多いのですが、ご家族は就職のときに将来の安心を考える、とお聞きしますね。ほぼ毎年、地元の益まし子こ特別支援学校の卒業生が入社していますが、挨拶や自分の身の回りの用意、後片づけなどが備わっているお子さんが多いです。うちで働きたいという方に3~4回の職場実習を行って採用していますので、社員も顔なじみになっています。実習中に成長度合いを見ることができますし、ご家庭の協力が得られるかどうかもお聞きしています。入社すると、先輩が後輩に教えています」 川出さんは、採用後も成長を見守っている。「彼らは日に日に成長していますので、1人の社会人として受け止めながら、対応しているつもりです。それぞれにいろい除をして、次に近隣そして取引先のトイレの掃除をさせていただくという経営哲学に触れ、当社もそれを見習って掃除を始めると、少しずつ社風が変わっていきました」社長自ら掃除に取り組み、近くの社会福祉法人「こぶしの会」が運営する「けやき作業所」のトイレ掃除も申し出た。 「作業所とは一緒にバザーも開いたりしました。そのうちに、その法人がグループホームをつくることになり、2001年に完成。そこに入居する4人をシモジマの社員として雇用することになり、二次加工のセクションをつくり仕事を出しました。障害者雇用を意識し始めたのは、そのころでした」4人は、時間はかかったが一人前に仕事ができるようになった。「最初は、パートさん1人分の仕事を午前2人、午後2人で分かれてやってもらいました。一番重い障害の人がパートの人と同じように仕事ができるようになったのを目まの当あたりにして、まわりの人たちの意識が変わり始めました」2004年以降、辞める人はいなくなってきた。「日々仕事をしているなかで、社員に理解が広まってきました。障害者雇用が安定してきて10年以上。いまは、障害のある人もない人もみんな一緒に働いています」20人ほどで推移していた障害者数が、一気に増えたのは2012年のことだった。本社工場と道路を挟んだ隣町の市いち貝かい町に大きな資材倉庫を備えた新工場を新設した。工場が手狭になり、第2工場をつくろうと用地を買収、計画に入ったところで、「重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金」があることを、鈴木社長は知った。その助成金を利用するにあたり、新たに16人を採用した。しかし、いざ着工のときに東日本大震災が起こり、震度6強の揺れに襲われて、工事は延期。完成までに3年半かかった。「当初は大きな工場を建てることは予定していなかったのですが、助成金をいただけるなら後世に通用する工場を建てようと考えましたので、予算は10倍ぐらいになりました。『1人でも多くの障害者を採用する企業が増えていくように地域にアピールしなさい、助成金はそのための投資だ』といわれたのですが、何社か障害者を採用してくださる企業が周囲にあるのはうれしいことです」2012年には優良勤労障害者として、水沼幹よし行ゆきさんが当機構理事長賞努力賞を、黒﨑義仁さんと五さおとめ月女靖子さんが栃木県正社員で雇用新工場も完成「いい関係」を保ち、サポートさまざまな紙袋がつくられるヘイコーパックの工場内

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