働く広場2018年10月号
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「学生時代の私には、法律家になるという夢がありました。ところが大学2年生のころ、その夢は視力とともに奪われました。私は、死にたいと思うほどの喪失感に襲われながらも、柔道によって生きる希望を見出し、『行動しなければ何も変わらない、これからは積極的に行動する自分になるんだ』と、視力を失うことで、一歩をふみ出す大切さを学びました」と語るのは、「株式会社ユニバーサルスタイル」と「株式会社スタイル・エッジMEDICAL」両社の代表取締役で、視覚障害者柔道の現役選手としても活躍する初はつ瀬せ勇ゆう輔すけさん(37歳)だ。長崎県で生まれ育ち、大学受験中の19歳のとき右目に緑内障を発症。中央大学法学部に進学し、弁護士を目ざしていた大学2年生のとき、今度は左目に発症。中央視野を失い視覚障害者となった。大学卒業を控え、自身の就職活動に励むも「120社近く挑戦しましたが、すべて茨いばらの道でした。この経験が後日、私の基礎となりました」と振り返る。そして卒業後の2007(平成19)年、人材派遣会社の特例子会社「サンクステンプ(現パーソルサンクス)株式会社」に入社し、障害のある社員たちがたずさわる仕事のマネージメントや彼らの指導に従事。そして2011年に「株式会社ユニバーサルスタイル」を設立、2018年には「株式会社スタイル・エッジMEDICAL」の代表取締役に就任した。高校時代は県大会で3位に入賞し、県の強化指定選手になるほど柔道に打ち込んでいた。視力を失ってからは、大学4年生のときに柔道を再開し、その年(2005年)の11月に開催された全日本視覚障害者柔道大会の90㎏級に出場し、優勝。その後、全日本大会の90㎏級では2011年まで7連覇し、2012年からは81㎏級で2連覇した。2008年の北京パラリンピック出場や、世界大会での入賞と、現役柔道家としても活躍している。初瀬さんは「会社の仕事はもちろんのこと、若いパラアスリートたちの支援事業にも力を入れていきたい。柔道での目標は、2020年の東京大会でメダルを取ることです」と話す。初瀬勇輔さん。自身の就職活動の体験を活かし、人材紹介サービス、障害者雇用コンサルティングを主な業務とする「株式会社ユニバーサルスタイル」と、予防医学をテーマとし、健康経営サポート事業やトレーニングジムの運営を行う「株式会社スタイル・エッジMEDICAL」の代表を務める音声機能のついた機器を使って仕事を進める社員との打合せ。社員からは「仕事と柔道の両立はすごい」と尊敬されている16働く広場 2018.10

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