エルダー2017年10月号
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2017.1034[第61回] 徳川幕府の役人に定員の定めは別になかった。普通なら、仕事があってそれに必要な人員を採用するのだが、幕府はそうではない。経緯や情実があれば、ポストがなくても採用した。しかし、この連中は無役だから仕事と机がない。結局「小こ普ぶ請しん組ぐみ」という組織をつくってこのなかに放り込んだ。小普請というのは無役だが給与は出る。幕府はこの連中に、 「幕府が公共事業を行うときは、応分の分担金を払え」 といって、一種の拠きょ金きん的なものを納めさせた。しかしそういう扱いをしても、小普請組の連中にも相当高給な者もいた。今回書く柳りゅう亭てい種たね彦ひこは、本名を高たか屋や彦ひこ四し郎ろうといって家格は高く、給与は二百石だったという。したがって、いまでいう可処分所得が多い。金はあるが仕事はない。結局何かしようということで、彦四郎は「柳亭種彦」というペンネームで小説を書きはじめた。しかしあまり上手ではないので売れない。 「何か工夫がいる」 種彦はそう考えた。たまたま、古代中国の物語に想を得て、日本風に物語を仕立てあげた曲きょく亭てい馬ば琴きんの小説が大当たりをしたので、種彦はこの発想を頂戴することにした。かれは、中国に材を求めずに日本に求めた。 「源氏物語を焼きなおそう」 と考えて、『偐にせむらさきいなかげんじ紫田舎源氏』を書きあげた。これが爆発的な人気を呼んで、たちまち大ベストセラーになった。それほど金に困っていなかった種彦は、莫大な印税を貰って浅草に新しい屋敷を建てた。 「うまくやったね」 と、彼とつき合いのある連中が半分は羨ましがりながらも喜ん旗本作家の大ベストセラー

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