エルダー2017年10月号
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2017.1052FOOD日本史にみる長寿食289食文化史研究家● 永山久夫戦国時代に流行した汁しる講こう  戦国時代から江戸時代の初期にかけて、武士の間で流行した、仲間だけの宴会に「汁講」がありました。具だくさんのみそ汁をかこみ、飯を食べて盛りあがるというもので、実にシンプルなパーティーであります。招待する側が用意するものは、かぶや大根、芋の子(里芋)、ねぎなどが山ほど入ったみそ汁くらい。いたって質素なもので、これを大鍋ごと、座敷に出します。客は、鍋をかこんで車座に座ります。 招かれた客は、面めん桶つうという弁当箱に山盛りの玄米めしを詰め込んで、持参します。 亭主の用意してくれたみそ汁をおかずにして、飯を食らいます。これが汁講です。合戦場の陣中食に近いものです。 そうはいっても、命をかけて敵と戦った仲間同士であり、気心が知れています。干ほし飯いいと塩だけの陣中食にくらべれば、みそ汁だけでも、心のやわらぐご馳走です。飯を食いながら、みそ汁をすすり、傷あとを見せ合い、お互いの武者ぶりを自慢したり、戦って命を落とした仲間たちをしのんで、泣いたり、笑ったりしたのでした。 運がよければ、煮魚や漬物、濁り酒などが出されることもあり、「わおーっ」と歓声が上がります。酔えば、踊りだす者あり、放歌する者ありのどんちゃん騒ぎとなりました。 みそ汁をかこんで行われたパーティーは、戦国武士仲間独特の親睦会であり、「汁会」や単に「汁」などと呼ばれる場合もありました。 水戸藩の二代目藩主である徳川光みつ圀くに(1628-1701)は、たいへんに領民思いで、しばしば「汁講」を開き、酒やみそ汁を振る舞い、いっしょに歌い、踊ったという逸話が伝えられています。 武士たちの汁講は、藩士仲間のつながりを強化する目的もあり、同時にいざ出陣というときに備えて、体力維持のための栄養補給をする目的もありました。 武士にとってのみそ汁は、現代でいうと大豆アミノ酸をベースにした栄養ドリンクのような存在とみてよいでしょう。武士は常に体を鍛え、即戦力を保つのが藩主に対する義務でありました。  みそ汁には、血行をよくする成分も多く、戦う筋肉を保つためのタンパク質も豊富だったのです。

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