エルダー2017年11月号
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2017.1132[第62回] 十じっ返ぺん舎しゃ一いっ九くは江戸後期の戯げ作さく者しゃで、滑こっ稽けい本ぼんを230余作も書いた。なかでも、『東とう海かい道どう中ちゅう膝ひざ栗くり毛げ』は大ベストセラーになった。字も絵も上手だったという。本が売れて金が入っても、〝なによりも人を喜ばせるのが好き〞というかれは、自分の暮らしよりも他人におごって、その喜ぶ顔を見るのが大好きで、酒場でドンチャン騒ぎをし、そのあと遊郭へくりだす生活を毎日くり返したので、たちまち貧乏になってしまった。 そうなるといままでおいしいことをいいながら、一九にまとわりついていた連中もたちまち潮が引くように遠ざかってしまう。〝金の切れ目が縁の切れ目〞、〝人情は紙よりもうすい〞のである。 そうなったからといって、一九は決して遠ざかった連中を恨んだり、悪口をいったりしなかった。 「それがあたり前の人間だ。なんの不思議もない」 と悟りすましていた。冷たくなった人々の悪口をいう人間がいても、 「私は承知でやったんですよ。後悔はしてません。みんな喜んでくれたんですから」 とすましていた。そんな一九をみて、 「きっぷがいいね。困ったときは遠慮なく店へおいで。多少のことなら用立ててあげるよ」 と、救いの手を伸ばしてくれる人物もいた。質屋の近おう江み屋やだ。礼はいうが、だからといって一九はすぐ好意には甘えなかった。仕事がなくなったいまでは、近江屋の好意をうけてもすぐ返せる予定が立たなかったからだ。 箪たん笥す・戸棚・食器・釜・鍋・花瓶などの家財道具を次々に売って金がなくてもおごるのが好き

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