エルダー2017年12月号
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2017.1232﹇第63 回﹈相手の欠点をあげつらったりする。そして、自分でも忘れるほど年齢を重ねていた。世間では、「もう百歳を超えているのではないか」と噂しあっている。本人も、(もうそんなになるのか。八十を超えたあたりから自分の年も気にならなくなった)と感じている。しかし根は優しく、相手のことを心配する性た質ちなので、いつまでもいまのように鉢を叩いて暮しているのが苦痛になってきた。そうかといって、急に外に出て行って、近所の人々にお愛あい想そをいい、「よろしくお願い致します」などと挨拶するのには、もう年を取り過ぎている。結局鉢坊主はそんな自分をもてあまして、「いっそう死のう」と思い立った。そこでどういう方法で死ねばいいかをいろいろと考えてみた。結局、「断だん食じきしよう」と思い立った。しかし断食を決めた翌日に、「ごめんください」といって訪ねてきた人がいた。見ると、以前出入りしていた飲食店の主だ。何ですかと訊くと、「もうじき暮ですよ。家で餅をついたのでお裾分けに持ってきました」といって、重箱に詰めた餅を差し出した。鉢坊主は嫌になった。(こっちが断食をしているのに、餅など持ってくるバカがいるか) と思ったが、相手は鉢坊主が断食をしていることを知らないので、「すぐお正月です。おあがりください。昔お世話になったお礼です」といった。まさか、「いま私は断食中なので、モノを食べることはできません」といって断るわけにもいかない。いい加減な応じ方をして、とにかく重箱を受け取った。が、そ江戸後期に、京都の一隅に〝鉢坊主〞と呼ばれる老人がいた。変わった性格で、人とのつきあいをまったくしない。貧しい小屋のような家に住んで、朝から晩まで鉢を叩いていた。だから〝鉢坊主〞と呼ばれた。はじめのうちは珍しがって近所の人も出入りしていたが、あまりに変わった性格なのでだれもつきあわなくなった。「あんな性格だから、家族にも見放されたのだ」と噂しあった。しかし鉢坊主自身は、自分の性格が偏屈で人づきあいが不得意なことも知っていた。自分を押し通すために人とつきあわないわけではない。つきあいたくても、必ず相手のアラが見えてすぐ嫌になる。そのため、つい強い言葉を使ったり、あるいは世をはかなみ死を決意

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