エルダー2017年12月号
35/68

エルダー33の始末に困った。夜になると、鉢坊主は家主の所に出かけて行った。そして、「貰い物ですが、どうか大家さんの家で召し上がってください」と重箱を差し出した。家主は眉を寄せた。そして、「正月が近いのだから、あなたが食べればいいでしょう」 といった。鉢坊主は、家主には心を許していたので、実はこういう次第だと自分の考えといまの状況を話した。家主は驚いた。そして、「百歳を過ぎたのに、どうしてそんなバカなことを考えるのですか」といった。鉢坊主は、「いくら年をとっても、相変わらずどなたのお役にも立てず、ただ口をパクパク開けて生きているだけなので、自分で自分が嫌になったのです。どうか、何もおっ生まれ変わるしゃらずに死なせてください」と告げた。大家は首を横に振った。そして、「わたしの長屋で自殺者を出したとあれば、奉ぶ行ぎょう所しょでも問題にします。とんでもないことです。それよりも考え方を変えて、この重箱の餅を食べ、新しい気持ちで新年を迎えてください。ぜひそうしてください」と頼むようにいった。やむを得ず鉢坊主は重箱を持って自分の家に戻って来た。はっと思い当たることがあった。それは、(何でも大量に食べると、死んでしまうと世間ではいっている。ちょうどいい、この餅を全部食べて食らい死にしよう)と思った。そして、すぐ実行に移し次々と重箱の中の餅を食べた。重箱は空になった。けれども鉢坊主は死なずに生きていた。いよいよ嫌になったが、腹が一杯になっただけで、呼吸は止まらない。困ったなと思っているうちに、お腹の具合が悪くなりだした。あまりに餅を食い過ぎたので、腹の方が消化しきれずにパンクしてしまったのである。鉢坊主は厠かわやに駆け込んだ。すっきりとして出てきた鉢坊主は改めて考えた。なぜか、いまの自分の考え方がバカバカしくなってきた。「百を超えた老人なのに、この体たらくは一体何だろう?」と思うと、いままでただ毎日鉢を叩いているだけの暮らし方が気になった。それは、(だれの役にも立っていないのではないか)という疑問が湧いたからである。厠に行ってすっきりしたせいか、新しい考え方が次々と湧いてくる。それは、「もっと人のためになるような生き方をしたらどうだ?」という、自分の心の中からの声が耳に響いたからである。鉢坊主はその声を素直に聞いた。そして、「そうだ、明日から人のためになるようなことをしよう」と思った。翌朝から鉢坊主は生まれ変わった。早く起きて、近所の掃除を始めた。それに気づいた近所の人が、「おや、鉢坊主さん、珍しいことをしているね」とからかうようにいう。鉢坊主は笑って、「こんな年ですから、少しはみなさんのお役に立ちたいと思いまして」と微笑みながら応ずる。鉢坊主は、まず地域の掃除からはじめたのである。これが口コミで伝わり、鉢坊主は町内の便利男になった。掃除だけではなく、ちょっとお使いを頼みたいとか、うちの窓の破れを直してもらえないか、という細々した用事を頼まれた。鉢坊主は器用にその需要にすべて応じた。鉢坊主は無用な偏屈者から、「町内でなくては困る存在」になった。そういう暮らしで、鉢坊主はいよいよ元気になった。かれが百何歳まで生きたかは記録にない。しかし、生命をまっとうしたときは多くの人に惜しまれた。

元のページ  ../index.html#35

このブックを見る