エルダー2017年12月号
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高齢者に聞く第 回サン・ゴールドケアブレーン株式会社代表取締役荒あら木き正まさ人ひとさん44 荒木正人さん(69歳)は30年勤めたIT企業を56歳で早期退職の後、介護タクシーの会社を起業した。50代の初めから定年後の人生をイメージした荒木さんは、将来に備えた学習を深めつつ、さまざまな資格を取得し、いま、介護タクシーのハンドルを握る。鮮やかな転身を遂げた荒木さんが「生涯現役」の醍醐味を笑顔で語る。2017.1234パソコン時代の幕開けとともに私は東京都渋谷区幡はたヶが谷やで生まれました。いまも生家の近くに住んでおり生きっ粋すいの渋谷っ子です。大学の商学部を卒業すると知人の紹介で自動車ディーラー※に入社しました。最初は経理の仕事でしたが、コンピューターの大衆化が始まった時期と重なり、会社も導入を検討し始め、私は開発チームの一員となりました。コンピューターを一から学び導入に漕こぎつけた後、技術を活かした仕事に挑戦しようとIT企業に転職しました。大手情報システムの会社でシステムエンジニアとして送る日々はやりがいがあり、企業人としてまっとうするレールも敷かれました。しかし、50歳を迎えたころから会社以外の世界を知らない人生に、何となく疑問を覚えるようになりました。たまたま当時の経済企画庁(現・内閣府)が開設していたシニアライフアドバイザーの資格を取得できる講座を知り、定年後に役立つかもしれないと休日を利用して通い始めました。参加者の多くはリタイアした人たちですが、だれもが定年後の人生を真剣に模索していました。そのなかの一人が有償ボランティアとして車椅子の人たちの移動を助ける仕事をしていることを知り、詳しい話を聞くうちに閃ひらめくものがありました。この閃きがその後の人生を決めました。定年まで勤めあげる道もあったが、体力のあるうちに準備を始めようと早期退職制度を利用、56歳で第二の人生への扉を開けた。思い込んだらまっしぐら講座では有償ボランティアがコミュニティビジネス(CB)になり、リタイア後のシニア世代の生きがいにつながることを教わりました。何よりの収穫は多様な人材との出会いで、講座に出合わなかったら、介護タクシーという世界も知らないままでした。介護タクシーは最近でこそ市民権を得ましたが、当時はあまり知られていない世界でした。しかし、仲間の話を聞いて自分にぴったりの仕事だと思いました。3年という短い間でしたが最初に入った会社では車の基礎を学び、自分が無類の車好きであることに気づきました。運転にも自信がありましたし、何よりもだれかの役に立つことができ、そのうえ収入も得られる。目標が決まれば後は実現に向かって走り続けるだけでした。在職中に大型自動車二種の免許を取得、退職後すぐにホームヘルパー2級と福祉住環境コーディネーターの資格を取りました。免許があってもすぐに許可は下りませんから、運転技術を磨こうと1年半ほど幼稚園の送迎バスの仕事をしました。技術はもちろん、小さな子どもたちと接したことが、いま、介護タ※ 新車や中古車を小売する事業者(販売店)

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