エルダー2017年12月号
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高齢者に聞くエルダー35クシーでの接客にも大きく役立っています。送迎の仕事をしながら車庫を整備、車椅子ごと乗り込めるスロープつきのワゴン車を購入しました。関東運輸局へも足しげく通い、開業に必要な資料を集めました。いちばん苦労したのは申請書の煩はん雑ざつさでしたが、講座の仲間のアドバイスを得て、ようやく申請が受理されました。57歳の新たな出発でした。張り切って一歩をふみ出したものの、最初の2、3カ月はまったく反響がなかった。それでも、手づくりのチラシを近隣に配布したり、老人施設などへ営業をかけたりした荒木さん。やがて努力が花咲くときが来た。お客さまからもらった「ありがとう」チラシの効果があったのか、少しずつ問合わせが来るようになり、次第に軌道に乗っていきました。初めてのお客さまのことはいまでもはっきり覚えています。車椅子で東京駅までお送りしましたが、車を降りるときに「どうもありがとう。どうぞ気をつけてお帰りください」とおっしゃったのです。「ありがとう」をいうのはお金をいただく私の方なのに、その女性は私の帰り道まで気遣ってくださったのです。体力的に厳しくなりつつもこうしてハンドルを握っているのは、あの日の「ありがとう」があるからです。起業して12年、いろんなことがありました。地元で透析治療を行う病院から患者さんの送迎の依頼を受け、仕事が増え始めると、私一人では車が足りなくなり人を雇うようにもなりました。不思議なもので仕事が順調になると、仲間のドライバーが引き抜かれたり、契約先の病院とトラブルがあったりと、負の部分も生じてきます。それでもやめようと思わなかったのは、お客さまから嫌な思いをさせられたことが一度もないからです。12年間、お客さまから「ありがとう」の言葉をいただき続ける私は幸せ者です。思いやりの心をハンドルに込めて現在は車椅子ごと乗れる車2台と乗用車1台を保有、私ともう2人のドライバーがいます。あとはパートで手伝っていただいている人がいて、給料を払う身ですから、がんばらなければなりません。いまも透析の患者さんの送迎が主ですが、かつては泊まりがけの旅行に同行させてもらったこともあります。うちのパンフレットの営業案内にも、通院、通所だけでなく買い物や観劇などの文言を載せていますから、ハンディのある方の生活が潤うようなサポートができればうれしく思います。タクシーの運賃は国土交通省が定めた運賃システムを適用、介助料は内容によって料金を設定しています。ときには自分よりも体が大きな方を抱きかかえて車に乗ってもらうこともあり、体力が必要な仕事です。朝は7時から営業、予約があれば夜も遅くなります。日曜日も関係なく生活の9割を仕事が占めていますが、これといった趣味もないのでいまの生活に不満はありません。家では飲まなくなったので会社員時代に比べて飲酒の量も減りました。特別なことはしていませんが、日課の犬の散歩で体力をつけています。楽しみは講座で知り合った仲間たちと落語を聞きにいったりコンサートに出かけたりすることでしょうか。私の人生を大きく変えるきっかけとなった仲間たちとのつき合いはいまも続き、互いに励ましあっています。地域では町会の仕事もしていますが、多様な人との出会いは実に楽しいことです。高齢者がどんどん外へ出て、自分でできる範囲で社会に役立つ存在を目ざす時代がやってきました。長年つちかってきた経験を地域や社会で大いに活かして、若い人たちのよい手本となるべきだと私は思います。とはいうものの、体力もいるし、安全運転という緊張の連続です。可能なかぎり続けていきたいと思っていますが、あるとき女房に「この仕事、いつまでできるかな」と聞いたら、即座に「死ぬまでは」と返ってきました。これからも優しさと思いやりを忘れず、ハンドルを握り続けようと思います。

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