【表紙2】 定年延長・継続雇用、本当のところ 継続雇用、本当のところ (2018年11月発行) 定年延長、本当のところ (2018年9月発行) 定年延長、継続雇用についての調査結果を冊子にしました。 『エルダー』2019年1月号でも詳しく解説します。お楽しみに! お問合せ先 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 研究開発課 〒261-0014 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.44 副業・兼業の可能性が高まることで働き方やキャリア観は大きく変わる 法政大学名誉教授 諏訪康雄さん すわ・やすお 法政大学名誉教授。法政大学社会学部専任講師、助教授、教授、同大学大学院政策創造研究科教授などを経て、2013年より現職。労働政策審議会会長、中央労働委員会会長を歴任するなど、労働政策立案に貢献し、2018年4月に旭日重光章を受章。  2018(平成30)年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(厚生労働省)が策定され、企業の副業・兼業解禁の取組みがニュースになるなど、時代に即した働き方の一つとして、副業・兼業が大きな注目を集めています。  今回は、労働法研究の第一人者である法政大学の諏訪康雄名誉教授に、副業・兼業解禁に向かう社会情勢や、企業や労働者がいかに副業・兼業と向き合っていけばよいのか、お話をうかがいました。 副業・兼業に対する会社の意識が変わり社会的・技術的インフラも整ってきた ―「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が策定され、副業・兼業禁止規定を見直す「モデル就業規則」が出されるなど、副業・兼業解禁への動きが見られます。先生はどのようにご覧になっていますか。 諏訪 数年前に国が調べたところでは、社員の副業・兼業を容認している企業の割合は15%弱※1。およそ7社に1社程度ですから、それほど多いとはいえませんでした。私は副業を容認する企業がこの先急激に増えるとは思いませんが、じわじわと広がっていく条件は整いつつあると思います。  まず、なぜ急速に広がることはないと考えるか。その理由は、日本企業の雇用が、労働者の特定の職業能力を重視して採用することよりも、企業組織をになう共同体メンバーを迎え入れるために行われていることと関係があります。最近よく耳にする言葉を借りれば、「ジョブ型」ではなく、「メンバーシップ型」の雇用が、いまなお主流を占めているということです。メンバーシップ型では企業への忠誠心を重視するので、社員が会社以外の仕事をすることに否定的になります。また、社外の仕事にいそしんでいると、会社の仲間からもよく思われないので、コア人材であればあるほど、副業は慎むべきだという意識を強く持ちます。  加えて、決定的な理由として、日本は労働時間あるいは在社時間が長く、休暇の取得日数も少ない。副業しようにも、そもそもそれが可能な状況にないということがあります。 ―副業を妨げているそのような条件が、急速にではないとしても、変化を起こしつつあるということなのですね。 諏訪 はい。その要因の一つは、インターネット上でクラウドソーシングと呼ばれるサービスが生まれてきたこと。このプラットフォームを通じて、専門能力を持つ個人と、社内の人材だけでは間に合わない人的リソースを求める企業とが出会いやすくなりました。企業が新しいビジネスを起こそうとしても、社内のコアメンバーだけではなかなかむずかしい面がありますが、いろいろな分野でそれぞれ得意とする能力を持った人材を社外に求める動きが盛んになると、副業という形でそのニーズに応えられる人々も増えてくるでしょう。  そうした取組みにより成果をおさめるケースが増えると、自社の社員に副業を禁じていた会社の意識が変わってきます。社員が、自社の仕事だけに没頭するのではなく、社外の仕事も経験して複眼的な思考ができるようになることが、会社を次のステージに発展させるためにも望ましい。アルバイト的な意味合いを持つ「副業」というより、マルチな職業経験につながる「複業」と表記したほうがよいかもしれません。そんな「複業」を、容認するどころか奨励する企業も現れています。  そしてもう一つ見逃せないのは、社員が就業規則の副業・兼業禁止規定に違反したとして、解雇などの処分を受けたことの効力が争われた裁判例の動向です。昭和の時代から数多くの裁判例がありますが、おおむね、労務提供上の支障や企業秩序への影響が大きい、あるいは機密漏洩(えい)、競業避止(きょうぎょうひし)にかかわる問題がなければ、就業時間外は本来労働者の自由であり、全面的に副業・兼業を禁止することはできないという判断が定着しています。  就業規則に副業・兼業禁止規定を設けている企業は多くありますが、これで社員を縛ることは実際にはできないことが多いのです。だからこそ、厚生労働省は、副業・兼業容認を前提として、制約条件を明記する「モデル就業規則」を公表したわけです。 副業で安く仕事を引き受けるそれが専業フリーランスを追いつめることも ―この先、副業・兼業が増えていく場合、どんな問題が考えられますか。 諏訪 昔から兼業農家が珍しくなかったように、副業が黙認されてきたケースはありました。会社員でアパート経営を兼業している人もいました。これらの旧来型の副業は、雇用という形で行われていない点に特徴がありました。しかし、副業が雇用、すなわち別の会社に雇われる形で行われると、労働時間の通算や休日労働の取扱い、労働災害や通勤災害、社会保険など、法的に複雑な問題が発生してきます。  そのような問題の発生を回避するために、企業は、雇用型ではなく、フリーランスで業務を請け負う形にかぎって副業を認める傾向が強まる可能性があります。フリーランスであれば、労働基準法は適用されないからです。  一方、労働者にとっても、専業のフリーランスと比較して、会社員との兼業でフリーランスの仕事ができれば、リスクを小さくできるメリットがあります。本業で企業に雇用されて賃金や社会保険が保障されながら、フリーランスとして副業ができるのです。副業の部分では労災保険も適用されませんし、最低賃金のような収入の最低保障がないという問題はありますが、会社員という身分が保証されているためクレジットカードをつくりやすいなど、専業フリーランスに比べてはるかに恵まれた境遇を得ることができます。  こうして見ると、兼業フリーランスは長所ばかりのようですが、新たな社会問題も引き起こします。会社員という本業で一定程度安定した生活が期待できるため、副業による収入に依存する割合が小さいのです。ある調査では、兼業フリーランスのフリーランスでの年収は平均60万円程度だそうです。それが増えてくると、副業の部分の受注単価が低下しかねません。これは、その仕事だけで生活している専業フリーランスにとって、大きな脅威となります。発注者から買いたたかれ、収入が減るばかりか、仕事そのものを失うおそれもある。文字通り、死活問題です。  専業フリーランスだけではありません。例えば、会社員が副業で自家用車を活用した旅客輸送のサービスを行うとか、自宅の空き部屋を活用して宿泊業を行う。そのような動きが広がると、もともとその分野で事業を営んでいた企業も打撃を受けることになります。世界中でこのような問題が起こりつつあり、日本でもすでに新規参入の規制緩和の動きとともに、一部で問題が顕在化し始めています。 高齢フリーランスは増えるか?現役時代からのキャリア形成がカギ ―団塊の世代が70歳を超え、年金を受給しながらフリーランスで仕事をする高齢者も増えてくるのではないでしょうか。いま先生が指摘された兼業フリーランスの増加が社会にもたらす問題がさらに拡大する懸念を抱きます。 諏訪 現在、65歳までは継続雇用が義務化されていますが、企業は、65歳を過ぎた者に対しては、雇用ではなく請負型のフリーランスとして活用する傾向も生まれるでしょう。主たる収入が賃金から年金に代わるだけで、高齢者も兼業フリーランスと同様のメリットを享受できる可能性があります。いうならば「年金フリーランス」ですね。  「年金フリーランス」は、年金という収入があるので、フリーランスの仕事の受注単価が低くても、そう困らないかもしれません。しかし、年金は現役世代の負担で支えられているのです。そこを忘れてはいけません。安い単価で仕事を引き受け、若い人や、専業でその仕事をして生活を成り立たせている人の邪魔をしてはならないでしょう。  とはいえ、年金フリーランスのような働き方は、すべての高齢者ができることではありません。それまでの長い職業生活を通じて、企業が「この人に仕事を頼みたい」と思えるような得意分野を持った人が対象になりますから、それほど心配することではないかもしれません。 ―その意味では、現役時代から自分のキャリアを会社まかせにするのではなく、自分で考え、腕を磨いて、得意分野や強みをつくっていく姿勢が求められますね。 諏訪 その通りです。長寿化が進み、働く年数が長くなる一方で、企業の競争環境は変化のスピードを増し、企業が将来にわたって存続することが確実ではない時代になりました。そのような状況を会社も個人も、冷静な目で直視することが大切です。  企業は社員に対して「わが社はいつまでも大丈夫」とはいいきれません。そうありたいと思い、共同体意識で一致団結しても乗り切れない波がやってくることはあります。ですから企業が本当に社員を大切に思うのなら、社員自らがキャリアを選択し、新しい能力を獲得するための勉強を継続できるような支援をすべきです。それが企業の社員に対する責任となってきています。  また、働く人は、自分のキャリアには自分で責任を持つという自覚(キャリアオーナーシップ)を持ち、節目ごとにこれまでの経験の棚卸しと振返りを行い、そこから得た気づきを暗黙知※2から形式知※3に置き換えていく姿勢が求められています。 (聞き手・文/鍋田周一 撮影/福田栄夫) ※1 「平成26年度兼業・副業に係る取組み実態調査事業」(平成26年度中小企業庁委託事業) ※2 暗黙知……経験や勘に基づく知識 ※3 形式知……文章や図表などにより説明できる知識 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 2018 December ●表紙のオブジェ イラストレーター 柳田ワタル(やなぎだ・わたる) 1947年 大阪府堺市生まれ。1970年 多摩美術大学卒業。アニメーション制作会社勤務ののち、1974年よりフリーのイラストレーターとなる。1977年よりオブジェ、立体クラフトなどの制作を開始。90年代からは写真撮影も始める。 特集 6 高齢者雇用と副業・兼業 60歳以降の可能性を広げる新しい働き方 7 総論 なぜ、いま「副業・兼業」なのか 法政大学大学院政策創造研究科教授 石山 恒貴 11 解説@ 副業・兼業の促進に関する行政の動向 厚生労働省 労働基準局 監督課 15 解説A Q&Aで学ぶ副業・兼業解禁にともなう労務管理のポイント 山社会保険労務士事務所 所長 山 英哲 19 解説B 定年後の選択肢を広げるための新しい価値観を持つ「二枚目の名刺」 NPO法人二枚目の名刺 代表 廣 優樹 23 企業事例@ 株式会社新生銀行 副業・兼業で職場に活力とイノベーションを。シニア人材の意欲と成長にも期待 26 企業事例A JRCS株式会社 副業・兼業で社外での役割を見つけ60歳以降の働き方のオプションに 1 リーダーズトーク No.44 法政大学名誉教授 諏訪康雄さん 副業・兼業の可能性が高まることで働き方やキャリア観は大きく変わる 29 日本史にみる長寿食 vol.303 長ネギの働き 永山久夫 30 江戸から東京へ 第75回 下僕鬼助に戒められる 小島老鉄 作家 童門冬二 32 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第56回 株式会社小貫金網製作所 磯 昭三郎さん(77歳) 34 高齢者の現場 北から、南から 第79回 島根県 株式会社めのや 38 ケーススタディ 安全で健康に働ける職場づくり[第20回] 42 知っておきたい労働法Q&A《第8回》 企業年金制度の受給額の減額、管理監督者の要件 家永 勲 46 高齢者雇用と働き方改革 治療と仕事の両立支援のポイント 第2回 立石 清一郎 48 特別寄稿 経験者から見た「役職定年制」の評価・課題とキャリア・シフト・チェンジ 玉川大学経営学部教授 大木栄一 52 労務資料 平成30年就労条件総合調査結果の概況 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.295 色と模様のガラスの小宇宙、とんぼ玉の普及に貢献 とんぼ玉・ガラス絵付け作家 森谷 糸さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第19回]忘れないでいられる? 篠原菊紀 【P6】 特集 高齢者雇用と 副業・兼業 ●60歳以降の可能性を広げる新しい働き方●  働き方改革の取組みが進むなか、新しい働き方の一つとして「副業・兼業」に注目が集まっています。まだまだ数は少ないものの、人材育成やイノベーションへの期待から、副業・兼業を解禁する企業も増えてきました。また、高齢者の働き方の幅を広げる可能性を秘めており、高齢者雇用の視点からも注目の動きといえるでしょう。そこで今回は副業・兼業について、高齢者雇用の視点からアプローチしていきます。 【P7-10】 総論 なぜ、いま「副業・兼業」なのか ―企業の高齢者雇用における人材育成とキャリア開発の効果― 法政大学大学院政策創造研究科教授 石山 恒貴(のぶたか) はじめに  副業・兼業への注目が集まっていますが、実態として多くの企業がその解禁に前向きである、とはいえません。もちろん、企業が前向きでないことには、相応の理由があります。しかし、高齢者雇用という視点において、企業にとって副業・兼業には多くのメリットもあります。本稿では、企業の実態をふまえたうえで、どのようなメリットがあるのか考えていきたいと思います。 企業における副業・兼業の実態  働き方改革の一環として、企業における副業・兼業が注目されるようになってきています。本年1月には、厚生労働省のモデル就業規則も改正され、副業・兼業の位置付けは、「原則禁止」から「原則容認」へと変わりました。モデル就業規則において副業・兼業は、労務提供上の支障、情報漏洩(ろうえい)、競業避止(ひし)などに抵触する場合を除き、可能という内容に改正されました。従来から、そもそも、労働者が勤務時間以外の時間をどのように使うかということは自由であるわけですから、今回の改正は、その考え方に基づく妥当なものといえるでしょう。  このように、副業・兼業は禁止することが例外的であるはずなのですが、企業の実態としては禁止することが一般的であるようです。2004(平成16)年の調査(1114社対象)※1では、正社員の副業について、企業は「メリットはない」とみなす回答が78・5%になっています。メリットがあると考える企業は、わずか8・6%です。最近の2017年の調査(1147社対象)※2においても、禁止している企業が77・2%と多数を占め、容認している企業は22・6%にすぎません。  また、禁止している企業に、将来的に副業・兼業を認めることを検討しているか、ということについて質問したところ、「現在検討中」が0・8%、「検討したい」は3・5%であり、「検討していない」という回答が79・3%になっています。つまり、禁止している企業は、将来的にも大半が禁止を継続していく意向であることが明らかになっています。  では、なぜ企業は、副業・兼業に対してこのように消極的なのでしょうか。図表1をご覧ください。理由としては、過重労働、情報漏洩、労働時間・労働災害の把握の課題、人材流出、競業リスクなどがあげられています。たしかにもっともな理由でありますし、副業・兼業については整備すべき法的な課題もあるでしょう。  しかし、理由がもっともであると認めたうえですが、ここにあげられている内容は、副業・兼業にかぎった課題ではなく、働き方改革全般に共通した課題であるともいえます。過重労働や情報漏洩などの問題は、企業側と本人で十分話し合いをもったうえで副業・兼業を行うことで、うまく運用している企業も存在します。  実は、企業の本音は、これらの理由ではない、という指摘があります。副業・兼業に関する企業の反対理由は抽象的なものであり、実は企業が副業・兼業に反対する本音は、日本型雇用システムにおいて社員が企業に忠誠をつくすことはあたり前だと考えているからだ、という指摘※3です。  この指摘がどこまで妥当なものかという議論はさておき、副業・兼業を容認しない企業が多数派であることは事実です。ところが、筆者は、とりわけ高齢者雇用において、副業・兼業の容認による企業のメリットは大きいと考えています。そこで、具体的にどのようなメリットがあるのか、考えてみたいと思います。 高齢者雇用における副業・兼業の効果  では、副業・兼業を容認した企業は、そのメリットをどのように感じているのでしょうか。図表2をご覧ください。  図表2は、副業・兼業を容認している企業だけに聞いた調査結果です。やはりこの調査においても、副業・兼業を容認している企業は14・1%であり、少数派です。ただ、調査結果をみると、「効果はない」との回答は28・8%にすぎません。多くの企業は、何らかの効果があったと認識していることになります。  効果は、2種類に大別することができるでしょう。まずは、個人の効果です。「従業員のモチベーション向上」、「多様なアイディアの創出」、「従業員のスキル向上」などがそれにあたり、これらは副業・兼業による人材育成効果と考えることができます。次は、組織の効果です。「多様な人材の確保」、「優秀な人材の採用」、「離職率の低下」などがそれにあたり、組織として人材を確保できるようになったという効果と考えることができます。  筆者の考える高齢者雇用における副業・兼業の効果は、この2種類の効果と関係しています。  まず、第1の効果は、高齢従業員の社内業務におけるモチベーションの向上です。企業の施策として、役職定年や定年再雇用などの施策がある場合、そのデメリットとして高齢従業員のモチベーション低下が考えられます。例えば、会社から第一線における活躍を期待されず、若手従業員への技術・技能の継承だけを期待される状態がもたらすデメリットです。職場で責任ある重要な業務があったとしても、「いまさら私の出る幕ではないから、ここは若い人にまかせて」などと考え、そのような業務に挑戦しなくなる現象です。ある会社では、この現象を「高齢従業員の引退モード」と表現していました。  実際、定年延長に関する2018年の調査※4によれば、企業が定年延長後の社員に期待すること(複数回答)は、「技術の継承」81・5%、「若手従業員へのアドバイス・サポート」77・8%に対し、「現場での第一線での戦力」は25・9%にすぎません。こうした企業の姿勢は、今後、高齢従業員の比重が増していけば変化していくかもしれませんが、現状では高齢従業員の第一線での活躍が期待されているとはいいがたい状況です。そうなると、たしかにモチベーションの低下が生じやすくなってしまうでしょう。  こうした状況に、副業・兼業が効果を発揮するのです。副業・兼業を行うとなれば、若手にアドバイスだけすればいいという状況にはなりにくいでしょう。自らのやりたいことを選んで行うという面もありますし、主体的な業務遂行によって自らが一定の責任を負うことになります。こうした副業・兼業の特徴が、「高齢従業員の引退モード」に陥ることを避ける効果につながるでしょう。  第2の効果は、組織にとっての人材確保です。図表2にあるように、副業・兼業の容認は多様な人材や優秀な人材の確保につながる可能性があります。今後、企業が柔軟な働き方を推進していくとすれば、とりわけ役職定年、定年再雇用時点の柔軟な勤務(週3日勤務や短時間勤務など)が増加する可能性があります。これらの柔軟な勤務は、副業・兼業と相性がよいのです。例えば、週3日勤務と同時に副業・兼業を行うのであれば、賃金の確保や、時間の制約を緩和するという観点で、企業と個人双方の利害が一致します。結果的に、個人の就労が継続するので、企業としては労働力不足への対策として多様な人材が確保できることになります。  第3の効果は、定年後のフリーランスという就労形態に関して、副業・兼業の実施が、個人の助走期間の支援になるという側面です。諏訪康雄法政大学名誉教授(本誌1〜4頁参照)は、「定年後の就労意思のある高齢者のすべてを雇用形態だけで対処しようとすることは現実的ではない、高齢者のフリーランスという就労形態が重要になる」と述べられています※5。しかし、定年まで雇用されていた高齢者が、いきなりフリーランスとして活躍するには、さまざまな困難が予想されます。この定年前後の就労形態の変化による困難をやわらげ、うまく切り替える役に立つものが、副業・兼業なのです。定年前から副業・兼業によって、副業フリーランスとしての経験を積んでおけば、うまく定年前後の就労形態の変化に対応できるはずです。  なお、副業・兼業の実施が、定年後の個人の助走期間の支援になるという観点では、その選択肢はフリーランスにかぎったことではありません。定年後の個人の状況においては、さまざまな形態の雇用(短時間勤務など)などもあり得ます。副業・兼業を行う際には、自己決定した方向性で、主体的に業務遂行することが必要になります。そのため、自律的なキャリア開発を行う人材へと成長がうながされるでしょう。定年後のフリーランスやさまざまな形態の雇用を準備するには、自律的なキャリア開発が役に立ちます。したがって、副業・兼業の実施は、フリーランスにかぎらず、定年後の選択肢の幅を広げることにつながっていくのです。 個人としてのキャリアの考え方  ここで、「生涯現役」という視点から、個人のキャリアについても考えてみましょう。もともと、キャリアという言葉は多義的です。その定義は、職業生活のこと、昇進のこと、個人と職業のマッチングのこと、などに限定されて使用される場合もあります。しかし、高齢者の「生涯現役」という観点でみれば、病気、介護などさまざまなライフイベントと職業生活を切り離して考えることは現実的ではありません。そこで、キャリアの定義を広くとらえ、「人生そのものにおいて個人が生涯にわたって成長していくプロセスの総体」と考えてみたいと思います。そうなってくると、高齢者のキャリアは図表3のようにとらえることが適切ではないでしょうか。  図表3はチャールズ・ハンディ※6が考えた、人生における重要な4つのワークです。この場合の「ワーク」とは、職業に限定されたものではありません。むしろ「人生の役割」と考えるとわかりやすいでしょう。ハンディは、人生の長寿化が進んでいく環境下、個人のキャリアにおいては、4つのワークをバランスよく行う機会が増え、それに意義があると考えました。  具体的な4つのワークとは、「有給ワーク」、「家庭ワーク」、「ギフトワーク(社会への貢献に関する活動)」、「学習ワーク」を意味します。例えば、「有給ワーク」を複数行うのであれば、副業・兼業ということになります。しかし、生涯現役ということで高齢者が活躍する領域は、「有給ワーク」に限定する必要はないでしょう。これら4つのワークを柔軟に組み合わせる、という方法もあります。従来、人は4つのワークのうち1つのワークに集中する傾向がありました。しかしハンディは、4つのワークを柔軟に組み合わせることは、個人のキャリアにとって有意義であり、また高齢者であれば、現役時代より時間的余裕があるので、それを実現する可能性が高いのではないか、と考えたのです。  個人のキャリア、生涯現役、という観点では、副業・兼業と同時に、これら4つのワークの組み合わせ、という観点も考慮しておいたほうがいいでしょう。筆者は、これら4つのワークを柔軟に組み合わせることを「パラレルキャリア」と呼んでいます。副業・兼業のみならず、パラレルキャリアという考え方を取り入れることで、高齢者のキャリアの可能性が拡大していくのです。 おわりに  労働力不足に苦しむ企業が、自社の社員に、まず本業に専念してほしい、と考えることは自然なことかもしれません。しかし、本稿で述べたように、副業・兼業はさまざまな効果があり(とりわけ高齢社員に)、例えば週3日などの柔軟な働き方が促進され、かえって多様な労働力が集まることになるかもしれません。逆転の発想としての、副業・兼業の容認を企業が検討することは、今後ますます現実的な選択肢になっていくのではないでしょうか。 ※1 労働政策研究・研修機構(2005)『雇用者の副業に関する調査研究』労働政策研究報告書No.41 ※2 リクルートキャリア(2017)『兼業・副業に対する企業の意識調査』 ※3 中小企業庁(2017)『兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する調査事業研究会提言―パラレルキャリア・ジャパンを目指して』 ※4 日本の人事部『人事白書2018』p.285 ※5 諏訪康雄(2018)「副業・兼業、テレワーク、そして高齢者就業」『日本労働研究雑誌』No.694、pp.73-76. ※6 チャールズ・ハンディ……アイルランドの作家・哲学者。組織研究の研究者としても知られており、著書に『パラドックスの時代』(ジャパンタイムズ)、『もっといい会社、もっといい人生』(河出書房新社)などがある 図表1 兼業・副業を禁止している理由(複数回答) 社員の長時間労働・過重労働を助長する 55.7% 情報漏洩のリスク 24.4% 労働時間の管理・把握が困難なため 19.3% 労働災害の場合の本業との区別が困難 14.8% 人手不足や人材の流出につながる 13.9% 競業となるリスク、利益相反につながる 7.7% 風評リスク 4.9% その他 33.3% (%) 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 出典:リクルートキャリア(2017)『兼業・副業に関する企業の意識調査』 図表2 副業を許可した効果 従業員のモチベーション向上 37.3% 多様な人材の確保 28.8% 多様なアイディアの創出 23.7% 従業員のスキル向上 23.7% 優秀な人材の採用 18.6% イノベーションの創出 16.9% 離職率の低下 13.6% 生産性の向上 8.5% 企業イメージの向上 1.7% 効果はない 28.8% (%) 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0 出典:日本の人事部『人事白書2017』200頁 注)2017年3月-4月実施の人事部門の回答者4192名のうち、副業が解禁されている企業(目的制限なし)11.2%、(育児・介護目的限定)2.9%の計14.1%が回答した内容(複数回答) 図表3 4つのワーク 家事/育児/介護 など 雇用/自営/兼業・副業 など ボランティア/NPO/社会活動 など 学びなおし/リカレント教育/社会人大学院/勉強会 など 家庭ワーク 有給ワーク ギフトワーク 学習ワーク 出典:チャールズ・ハンディ著/小林薫訳(1995)『パラドックスの時代』(ジャパンタイムズ)に基づき、加筆して筆者作成 【P11-14】 解説1 副業・兼業の促進に関する行政の動向 厚生労働省 労働基準局 監督課 はじめに  副業・兼業は、働き方に関する古くて新しい課題といえます。働き手は、収入や経験の蓄積などの諸事情から、複数の職場で働くことを求める一方で、企業は、秘密保持義務や職務専念義務の観点から否定的な構図が従来からありました。  しかし、社会の変化にともない企業と働き手との関係が変化していくなかで、副業・兼業は、企業にとっても優秀な人材を確保・活用する手段ともなりうるという考え方が出てきました。  本稿については、現在の制度見直しの検討状況に触れることにより、みなさまの議論の一助となれば幸いです。 副業・兼業の現状  働き手側、企業側の双方に、多様な状況、多様な考え方があることが見られます。 (1)働き手側  副業を希望している雇用者数は増加傾向です。また、実際に本業も副業も雇用者として働いている者についても増加傾向です。  次に、副業をしている者を本業の所得階層別に見ると、本業の所得が299万円以下の方々が全体の約3分の2を占めています。雇用者総数に対する副業をしている者の割合を本業の所得階層別に見ると、本業の所得が199万円以下の階層と1000万円以上の階層で割合が比較的高くなっており、分布が二極化しています。  さらに、正規職員などにかぎって副業をしている者を本業の所得階層別に見ると、全体と同様に年収の比較的低い層と高い層で副業をしている者が多くなっています。一方、非正規職員などで見た場合は、二極化のような傾向はなく、全体に比べて副業をしている者の割合が高くなっています。  また、年代別に見ると、40代〜60代で副業をしている者の割合が高いというデータもあります※1。 (2)企業側  副業・兼業を認めていない企業は、85・3%、推進していないが容認している企業は14・7%となっています※2。  また、副業・兼業に関する企業側の課題・懸念として、@本業がおろそかになる、A長時間労働につながる、B労務・労働時間管理上の不安があるなどがあげられています※3。 副業・兼業の促進に向けた政府の対応状況 (1)働き方改革実行計画  2017(平成29)年3月に策定された「働き方改革実行計画」では、政府として、副業・兼業の普及促進を図るという方針が示されました。  この実行計画では、「副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、そして第二の人生の準備として有効である」とされています。一方で、前述の通り、副業・兼業を認めている企業は約15%とされており、普及促進は今後の課題です。  また、「企業が副業・兼業者の労働時間や健康をどのように管理すべきかを盛り込んだガイドラインを策定し、副業・兼業を認める方向でモデル就業規則を改定する」ことが示されました。  さらに、複数の事業所で働く方の保護、副業・兼業の普及促進などの観点から、労働時間管理および健康管理のあり方などについて、検討を進めるとされました。 (2)柔軟な働き方に関する検討会  この「働き方改革実行計画」を受けて、厚生労働省では、2017年10月から開催した「柔軟な働き方に関する検討会」において、@副業・兼業の推進に関するガイドラインの策定、A改定版モデル就業規則の策定、B副業・兼業に関する制度的課題の把握・整理に向けた検討を行い、検討会での議論をふまえ、2018年1月に左記の通りガイドラインなどを策定しました。 @副業・兼業の推進に関するガイドライン  「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」)では、副業・兼業の促進の方向性や企業・労働者が行うべき対応などについて示しました。 ■副業・兼業の促進の方向性  業種や職種によって仕事の内容、収入などもさまざまな実情があるが、自身の能力を一企業にとらわれずに幅広く発揮したいなどの希望を持つ労働者が、長時間労働を招かないよう留意しつつ、雇用されない働き方も含め、希望に応じて幅広く副業・兼業を行える環境を整備することが重要。 ■企業の対応 ・原則、副業・兼業を認める方向で検討することが適当。 ・副業・兼業を認める場合には、労務提供上の支障や企業秘密の漏洩などがないか、長時間労働を招くものとなっていないか確認する観点から、労働者から、副業・兼業の内容などを申請・届出させることが考えられる。 ・就業時間の把握のために、労働者の自己申告により、副業・兼業先での労働時間を把握することが考えられる。 ・健康管理のために、副業・兼業を推奨している場合には、副業・兼業先の状況もふまえて健康確保措置を実施することが適当。 ■労働者の対応 ・勤めている企業の副業・兼業に関するルール(労働契約、就業規則など)を確認し、そのルールに照らして、業務内容や就業時間等が適切な副業・兼業を選択することが必要。 ・労働者自ら、本業および副業・兼業の業務量や健康状態の管理が必要。 ■副業・兼業に関わるその他の現行制度  労災保険、雇用保険、厚生年金保険、健康保険について A改定版モデル就業規則  モデル就業規則は、各事業場における就業規則の作成・届出の参考としていただくために、就業規則の規程例や解説を厚生労働省のホームページに掲載しているものです。  今般策定した「改定版モデル就業規則」では、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定を削除し、新たに「労働者は、勤務時間外において、他の会社の業務に従事することができる」、「事前に、会社に所定の届出を行うものとする」という規定を設けました。  また、解説部分に、@副業・兼業の導入の際には、労使間で十分検討することが必要であることや、A(副業・兼業によって)労務提供上の支障や企業秘密の漏洩がないか、長時間労働を招くものとなっていないか等を確認するために届出させることが望ましいことなどを記載しており、ガイドラインと合わせて副業・兼業を進めていくにあたって留意すべき事項を示しました(図表1)。  さらに、厚生労働省のホームページには、副業・兼業の普及促進に向けた次の参考情報を掲載しています。 ・ガイドラインの解説や、副業・兼業に関するモデル就業規則の規定をまとめたパンフレット ・ガイドラインの補足資料として、労務管理上の詳細についてまとめたQ&A ・副業・兼業に取り組んでいる方の事例を紹介したページ (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html)。 (3)制度的課題の検討  2018年6月15日に閣議決定された「未来投資戦略2018」では、「副業・兼業の促進に向けて、ガイドライン及び改定した『モデル就業規則』の周知に努めるとともに、働き方の変化等を踏まえた実効性のある労働時間管理や労災補償の在り方等について、労働者の健康確保や企業の予見可能性にも配慮しつつ、労働政策審議会等において検討を進め、速やかに結論を得る」とされました。 副業・兼業の場合の労働時間管理について  副業・兼業の場合の労働時間管理については、労働基準法第38条において、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されており、局長通達(昭和23年5月14日基発第769号。以下、通達)において、「『事業場を異にする場合』とは事業主を異にする場合をも含む」という解釈を示しています。  具体的には複数の事業場で労働する場合、労働基準法の労働時間に関する規制(原則1日8時間、週40時間)は、通算して適用されます。  例えば、自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合には、労働時間を通算した結果、法定労働時間を超えた場合には、使用者は、自社で発生した法定外労働時間について、いわゆる三六協定※4の締結や割増賃金の支払い義務が生じます。このとき、労働基準法上の義務を負うのは、当該労働者を使用することにより、法定労働時間を超えて当該労働者を労働させた使用者になります(図表2)。  一方、柔軟な働き方に関する検討会の報告では、「労働時間通算の在り方については、通達発出時と社会の状況や労働時間法制が異なっているという社会の変化を踏まえて、見直すべきである」という意見が出ており、今後、別途検討を行うことが必要であるとされています。また、前述の通り、「未来投資戦略2018」でも労働時間管理の在り方について、検討を進めることとされています。  これらをふまえ、厚生労働省では、「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」を開催し、労働者の健康確保に留意しつつ、実効性のある労働時間管理の在り方について、検討を行っています。 労災補償について  業務災害が発生した事業場の使用者には、労働基準法により、被災労働者に対する災害補償責任が課されます。労災保険制度は、災害補償責任を担保する目的もあることから、業務災害が発生した事業場の使用者から被災労働者に支払われていた賃金を基本に算定する「給付基礎日額」などにより給付額を決定しています。  このことから、複数就業者への労災保険給付額については、本業・副業のいずれか災害(通勤災害を含む)が発生した事業場の賃金分のみを算定基礎として算定し、災害が発生していない事業場の賃金分は算定基礎となりません。  また、労災認定における業務起因性の判断にあたっては、同一使用者ごとの業務上の負荷と災害との相当因果関係を個別に判断しており、複数の使用者に使用される場合、業務上の負荷を合わせて評価する取扱いはしていません。このことから、本業先と副業先の労働時間を合わせて初めて業務起因性が認められるような場合には、いずれの事業場とも業務と発症の関連性が強いとは評価されず、労災認定がなされません。  前述の働き方改革実行計画や未来投資戦略2018において労災補償の在り方などについて検討を進めるとされていることから、厚生労働省では、労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会において議論を行っているところです(図表3)。 ※1 総務省「就業構造基本調査」より ※2 平成26年度中小企業庁委託事業「平成26年度兼業・副業に係る取組み実態調査事業」 ※3 平成28年度経済産業省委託事業「働き方改革に関する企業の実態調査」 ※4 三六協定……労働基準法36 条に基づく、時間外労働・休日労働に関する労使協定 図表1 モデル就業規則(2018 年1月改訂版) ◎平成30年1月、労働者の遵守事項における副業・兼業に関する規定(「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」)を削除のうえ、以下の規定を新設。 規定 (副業・兼業) 第67条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。 2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。 3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。  @労務提供上の支障がある場合  A企業秘密が漏洩する場合  B会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合  C競業により、企業の利益を害する場合 ※モデル就業規則の解説部分に以下の内容を記載 ・副業・兼業の導入の際には、労使間で十分検討することが必要であること。 ・裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であると示されていること。 ・労務提供上の支障や企業秘密の漏洩がないか、長時間労働を招くものとなっていないか等を確認するため届出が必要であること。特に、労働者が自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合には、労基法第38条等を踏まえ、労働者の副業・兼業の内容を把握するため、届出させることがより望ましいこと。 ・長時間労働など労働者の健康に影響が生じるおそれがある場合は、第3項第1号に含まれると考えられること。 ・副業・兼業の裁判例 図表2 複数事業場で労働する場合の労働基準法上労働時間に関する規制 労働時間 ◎複数の事業場で労働する場合、労働基準法の労働時間に関する規制(原則1日8時間、週40時間)は通算して適用される。 ◎事業主は、自らの使用する労働者が実際に働いた時間を把握することとされている。 ◎制度の当てはめ  (例)事業主Aのもとで働いていた労働者が、後から事業主Bと労働契約を締結した場合の割増賃金の支払い義務者 事業主A:所定労働時間1日5時間 事業主B:所定労働時間1日4時間 事業主Bにおいて法定外労働1時間発生 ⇒ この場合、事業主Aが労働者と労働契約を締結した後に、事業主Bが労働者と労働契約を締結しているため、事業主Bに法定の割増賃金の支払い義務がある。(後から契約を締結する事業主は、その労働者が他の事業場で労働していることを確認したうえで、契約を締結すべきとの考え方を前提にしている。) 図表3 労災保険の検討状況 ◎平成30年6月22日より、労災保険部会において、以下の論点を中心に検討を開始。 論点 (給付額) ◎複数就業者の労災保険給付額について、全ての就業先の賃金合算分を基に補償することはできない取扱いをどうするか。  (例)就業先A・Bを兼業し月合計20 万円の賃金を得ている労働者が、就業先Bで事故に遭い、就業先A・Bともに休業した場合 複数就業者 20万円/月 就業先A 15万円/月 就業先B 5万円/月 事故 休業 就業先A 15万円/月 就業先B 5万円/月 休業 労災保険給付の算定基礎とならない 月額5万円を算定基礎として補償 (労災認定) ◎労災認定の判断に当たり、全就業先の業務上の負荷を合わせて評価はしていない取扱いをどうするか。  (例)就業先A・Bを兼業し、就業先Aで週40時間、就業先Bで週25時間の業務に従事した労働者が、脳・心臓疾患を発症した場合 就業先A 就業先B 第1週 40時間 25時間 第2週 40時間 25時間 第3週 40時間 25時間 第4週 40時間 25時間 時間外労働 0時間 0時間 【脳・心臓疾患の認定基準】 発症前1か月間におおむね100 時間を超える時間外労働※が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる。 ※1週間当たり40時間を超えて労働した時間を1か月間で合計したもの。 A・Bともに、業務と発症との関連性が強いとは評価できず(=労働基準法による個別事業主の災害補償責任が生じているとはいえず)、労災認定されない。 ※単一の就業先で同じ時間の労働を行った場合、100時間/月(25時間/週×4週)の時間外労働が認められ、労災認定される。 【P15-18】 解説2 Q&Aで学ぶ副業・兼業解禁にともなう労務管理のポイント 山社会保険労務士事務所 所長 山 英哲(えいてつ) Q1 労働時間の把握と割増賃金  従業員が、自宅近くの企業での副業を希望しています。その場合当社(本業)でも、副業先の労働時間の把握は必要になるのでしょうか。また副業先の実労働時間によって、当社でも、割増賃金の支払い義務は発生するのでしょうか。 A  副業先の労働時間を把握することは必要です。理由は、本業先と副業先の双方で「雇用契約」を締結している場合、労働時間は通算されるためです。その結果、法定労働時間を超えた場合、本業の事業主にも割増賃金の支払い義務が生じる場合があります。 知っておきたい、労働時間の通算  従業員が本業先と副業先の双方で「雇用契約」を締結している場合、労働基準法(以下、労基法)の管理監督者を除き、労働時間は通算されます。事業主が異なる場合も同じです。  通算した結果、法定労働時間を超えた場合、本業の事業主にも割増賃金の支払い義務が生じる場合があります。  例えば、本業A社の従業員が、副業B社と新たな雇用契約を締結した場合、副業を含め、原則1日あたり8時間、1週間あたり40時間の法定労働時間に変わりはありません。  本業と副業の労働時間を通算して法定労働時間を超えると、事業主には割増賃金を支払う義務が生じます。したがって、双方の事業主はお互いの労働時間を把握し、割増賃金を支払うのはどちらなのかを、あらかじめ精査しておく必要があります。 労働時間の規制がない「副業」とは  副業が雇用契約ではなく、自営業やフリーランスといった「委託契約」で働く場合、労働時間の通算は適用されません。さらに定年後、嘱託社員として本業を継続しつつ、別企業の顧問や社外取締役として副業する場合も同じです。そもそも自営業者や社外役員はいずれも「労働者」ではないため、労基法からは適用除外となっているためです。  ただし、本業がおろそかにならないよう、日々のコミュニケーションを通じ、おおまかな労働時間を把握することが望ましいといえます。 労働時間の把握に便利なITサービス  副業先の労働時間を把握する方法は、現状では自己申告になると思われますが、管理のためには、ITを活用するとよいでしょう。当該従業員からSNSやメールで出退勤時間について連絡を受け、副業先の勤務時間も管理します。例えば、副業先で仕事が終了したら「○月○日、B社にて仕事開始は14時、終了は17時」と、本業先の担当部署へ連絡してもらうことで、管理が可能です。  このような方法で、従業員の始業・終業の時刻の確認ができ、本業と副業を通算した実労働時間を正確に把握することが可能です。 三六協定の手続きと、割増賃金の支払い義務  労働時間を通算した結果、法定労働時間を超えて労働させる場合、事業主は自社で発生した法定労働時間について、三六協定を締結・届出をし、割増賃金を負担する必要があります。  このような場合、労基法上で義務を負うのは、法定労働時間を超えて、実際に従業員を働かせるに至った事業主です。一般的には、通算して法定労働時間を超える所定労働時間を定め、雇用契約を「後から締結」した事業主とされています。なぜなら、先に雇用契約を締結した事業場での労働条件を確認したうえで、雇用契約を締結する義務を負うとされているためです。  しかし、通算した所定労働時間が、すでに法定労働時間に達していると知りながら労働時間を延長するときは、「先に契約」を結んでいた事業主も含め、義務を負うこととなります(図表1)。 Q2 副業・兼業における雇用保険・社会保険の取扱い  当社の嘱託社員が、他社で副業を行うことが決定しました。いずれも短時間勤務ではあるものの、通算した結果、所定労働時間は当社の正社員とほぼ同じになります。このような場合、本業と副業の労働時間を通算し、本業または副業の事業場において雇用保険・社会保険へ加入することができるのでしょうか。 A  雇用保険や社会保険の適用における所定労働時間は同一の事業主のもとでのみ計算されます。したがって本業、副業で通算し、所定労働時間が法定基準に達した場合でも、本業、副業いずれの事業場でも雇用保険や社会保険の被保険者として適用されません。 副業における雇用保険の適用要件  副業における雇用保険の加入は、次の二つの要件を満たせば、被保険者として適用されます(暫定任意適用事業※1を除く)。 要件@ 1週間の所定労働時間が20時間以上であること 要件A 31日以上の雇用見込みがあること  ここで押さえておきたいのは、雇用保険の適用における所定労働時間は「同一の事業主のもとでのみ」計算されるということです。したがって、事業主が異なり、本業と副業で通算した結果、1週間の所定労働時間が20時間以上に達した場合でも、被保険者とはなりません。  一方、本業と副業ともにそれぞれの雇用関係において被保険者要件を満たす場合はどうでしょうか。この場合、同時に複数の事業主のもとで被保険者になることはできません。一般的には賃金の多い会社とされる「主たる賃金を受ける雇用関係」の事業主のもとでのみ被保険者となります。 副業における社会保険の適用要件  社会保険における短時間労働者の適用基準は、原則として1週間の所定労働時間および1カ月の所定労働日数が、同一の事業所で一般社員の4分の3以上である場合は該当します。  かつての適用基準では、社会保険の適用における所定労働時間も、同一の事業主のもとでのみ計算されるため、副業として働く短時間労働者が社会保険に加入することは厳しいものとされていました。ところが近年の法改正により、次の加入要件をすべて満たす場合は被保険者となることとなりました。 @1週間の所定労働時間が20時間以上あること A雇用期間が1年以上見込まれること B賃金の月額が8・8万円以上であること C学生でないこと D以下のいずれかに該当すること ・501人以上の企業に勤めていること ・労使合意に基づき申し出をする法人・個人の事業所であること ・地方公共団体に属する事業所であること  適用要件の改正により、副業先でも加入要件を満たす被保険者は、今後増加すると思われます。 雇用保険にはない、社会保険だけの選択手続き  社会保険の場合、本業先、副業先双方で被保険者要件を満たす場合、被保険者が事業所の管轄の年金事務所および医療保険者を選択する手続きを行う必要があります。雇用保険にはこのような選択手続きはありません。  選択された年金事務所および医療保険者は、本業、副業双方の報酬月額を合算し、社会保険料を決定します。事業主は支払う報酬の額に応じて按分した保険料を、本業先、副業先でそれぞれ納付することとなります。 Q3 情報漏洩(ろうえい)の防止  副業を容認することで、外部に企業内の機密情報が漏洩するのではとの不安があります。当社(本業)で、情報漏洩を防止する方法を教えてください。 A 就業規則を変更し、副業を許可するまでの手続きを厳格にすることで、労務管理上、情報漏洩を防ぐ方法が有効です。 情報漏洩の防止の4ステップ  情報漏洩の懸念から、副業に後向きの企業が非常に多いのが現状です。とはいえ、行政による副業・兼業推進などを背景に、いくつかの大手企業が先頭に立ち、「副業容認」の方向に転じています。今後、副業を容認する企業は増加し、希望する従業員も増えるでしょう。だからこそ、いまから労使間で協議を重ね、情報漏洩を防止する策を講じる必要があります。 ステップ1 許可基準の作成  就業規則を見直し、「副業容認」とする際は、情報漏洩の防止のため許可基準を厳格にします。具体的には、次のような副業禁止または制限をする条文を必ず記載してください。 ○条  副業に従事することにより、各号のいずれかに該当する場合には、会社はこれを禁止又は制限することができる。  ○号 企業秘密が漏洩する場合 ステップ2 社内説明会の実施  変更した就業規則は事業所内の各作業場の見やすい場所へ掲示し、従業員に周知します。可能ならば社内説明会において「情報漏洩の防止」を中心に説明を行うことで、従業員の意識に強く根づかせることが可能になります。また、就業規則により情報漏洩が懲戒事由となることを説明することで、その効果はさらに高まります。 ステップ3 副業先の業務内容を確認  副業を希望する従業員からは「副業許可申請書」を提出させ面談を行います。書類の項目としては、@社名A所在地B業種C電話番号D就業内容(雇用形態・雇用期間および勤務日数・勤務時間・職種)が必要です。実施の際に、従業員から質問事項をあらかじめ聞いておくと、個別面談時の話もスムーズに進みます。 ステップ4 副業許可の実務  実務的には、許可した後の情報漏洩防止策が重要です。副業先の就業内容が、実態として許可申請書と乖離(かいり)していないか、業務内容に変更はないかなどの確認が必要です。毎月の労働日数や労働時間の報告を受ける際に、情報漏洩のおそれを感じた場合は、副業先への問合せを行い、ケースによっては副業許可を取り消す判断を行います。 Q4 労働災害と通勤災害  副業容認による長時間労働を原因とする労働災害の発生が懸案事項として社内であがっています。対策があれば教えてください。さらに当社(本業)から副業先へ移動中の事故の場合、どちらの労災保険が適用となるのでしょうか。 A  労働災害を防止するためには、健康状態によっては労働時間などの制限を視野に入れます。本業先から副業先へ移動中の事故の場合、副業先の労災保険が適用されます。 本業の事業主も「過重労働」に注意を  副業を容認することで、長時間労働や不規則な労働が原因とされる労働災害の発生が考えられます。現状では、多くの企業で副業先の労働時間は自己申告で確認している以上、本業である事業主も責任を負うケースがあります。過重労働にともない、従業員の健康状態の悪化を防止する観点から、副業先で@1日の所定労働時間、A1カ月の所定労働日数、B深夜労働時間について、制限を検討する必要があります。  さらに政府が過労死防止策として取組みを推進する「勤務間インターバル制度」※2を運用することで過重労働の回避が可能となります。 通勤災害で考えることは「終点たる事業場」での保険関係  従業員が本業先と副業先の双方で「雇用契約」を締結している場合、事業場間における移動中の事故は、通勤災害として労災保険給付の対象となります。  この場合、労災保険における通勤災害の適用となるのは、図表2の通り「終点たる事業場」での保険関係です。  なお労災保険にかかる給付額は本業A社、副業B社の平均賃金は合算されず、それぞれの企業で対象となった平均賃金でのみ算定されます。 ※1 暫定任意適用事業……常時5人未満の労働者を使用する個人経営による農林水産業の事業 ※2 勤務間インターバル制度……勤務終了から次の始業時刻の間に一定の休息時間を設け、働く人の生活時間や睡眠時間を確保するための制度 図表1 割増賃金の支払い例(本業事業主A、副業事業主B ともに労働時間を把握していることを前提とする) 本業A社(平成10.4.1入社)副業B社(平成30.11.1入社) 本業A社 副業B社 8:00〜17:00(休憩60分) 所定8時間 18:00〜20:00 所定2時間 →2時間分の割増賃金が発生。副業B社に2時間分の支払い義務 8:00〜12:00 所定4時間 12:00〜13:00 延長1時間 14:00〜18:00 所定4時間 18:00〜19:00 延長1時間 → 2時間分の割増賃金が発生。本業A社、副業B社それぞれ1時間分の支払い義務 8:00〜11:00 所定3時間 11:00〜13:00 延長2時間 14:00〜17:00 所定3時間 17:00〜18:00 延長1時間 → 1時間分の割増賃金が発生。副業B社に1時間分の支払い義務  本業A社が2時間延長した場合、労働が終了した時点では、所定労働時間も含めた1日の労働時間は法定労働時間内です。本業A社には割増賃金の支払い義務は発生しません。  しかし、副業B社における労働時間の延長は法定労働時間外になります。 ※筆者作成 図表2 通勤災害の適用と保険関係 住 居 ⇒ 通勤途中の事故 本業A社 A社の労災保険適用 住 居 副業B社 B社の労災保険適用 本業A社 住 居 A社の労災保険適用 副業B社 住 居 B社の労災保険適用 本業A社 副業B社 B社の労災保険適用 副業B社 本業A社 A社の労災保険適用 ※筆者作成 【P19-22】 解説3 定年後の選択肢を広げるための新しい価値観を持つ「二枚目の名刺」 NPO法人二枚目の名刺 代表 廣 優樹 ひろ・ゆうき 2009年、「二枚目の名刺」を立ち上げ、2011年にNPO法人化。現在、商社勤務のかたわら自らも二枚目の名刺を持ち、NPOの活動に取り組む。4児の父。地域活動にも精力的に参加している。  自分の名前と勤務先、肩書、職種などが書かれた名刺は、社会人にとってなくてはならない自己紹介アイテムといえる。1人が持つ名刺は、一般的には一枚が主流だろう。しかしいま、二枚目の名刺を持って副業を行うことに注目が集まっている。副業といっても、従来のイメージとは異なる、新たな価値観を持つものだ。  「NPO法人二枚目の名刺」では、本業で持つ一枚目の名刺のほかに、組織を越えて「社会のこれから」をつくることに取り組む個人の名刺を「二枚目の名刺」と位置づけ、二枚目の名刺を持つきっかけづくり、二枚目の名刺を持って副業(社外活動)を行う社会人を支援している。  同法人の代表を務める廣優樹さんに、NPO設立の経緯や活動内容のほか、定年後の選択肢を広げるためのキャリアづくりとして、二枚目の名刺を持ち活動することの意義や活動を始める際のヒントなどをうかがった。 本業以外でも価値を生み出せた経験が原動力。社会をつくる活動を後押し  「二枚目の名刺」は、廣氏が会社員として働くかたわら、2009(平成21)年に立ち上げ、2011年にNPO法人化。これまで400人以上の社会人の社外活動を支援してきた。  活動を始めるきっかけは、廣氏自身が体験した、社外での刺激的な活動にあった。  社会人になってから、廣氏は英国のビジネススクールに留学し、国籍も経歴も異なる仲間とチームを組み、ベトナム商工会議所で「農産物の対日輸出促進プラン」を作成するというプロジェクトに取り組んだ。  「未知の分野でしたが、現地の人たちと関係を築きながらプロジェクトを進めました。プロジェクトが終わり感謝の言葉をもらったとき、組織を離れた個人が、会社の名前を使わず、本業以外でも価値を生み出す活動ができると気づいたのです。人生を変えるような出会いもありました。失敗もありましたが、自分自身の成長の糧(かて)となり、自分が変わっていく実感があった。社外へ一歩飛び出し、そのような経験をする機会を、若い人たちに伝えたいと思い、動き始めたのです」  また、子どもが生まれて自身が父親になったことも、廣氏の背中を力強く押した。  「娘が生きる未来の社会のために、いま何かをしなかったら、きっと後悔すると思ったのです。しかし、1人で行うのには限界がある。そこで、未来をともにつくりたいと思う人たちが活動することを後押しする、そのことが未来をつくることに結びつくのではないか、このような思いが活動のコンセプトになりました」 従来のイメージと異なる副業は個人、会社、社会にメリットがある  「NPO法人がかかわる“二枚目の名刺の活動”というと、社会貢献活動と思われがちですが、そうではありません。支援するのは、組織の枠組みにとらわれず、自分が共感できる社会をつくるための活動に挑戦する人。私たちがいう二枚目の名刺は、自分の価値観を表現するためのものだと思っています」と廣氏は説明する。  それは、本業ではないが、単に報酬を得ることを目的とした、従来の副業・兼業とも次の点が異なるという。  「小遣い稼ぎのために会社に隠れて行うといった、従来持たれがちであった副業に対するイメージは、ベクトルが自分に向いた閉じた世界で、自分のできる範囲のことを行うため、応援されず、チャンスも広がりにくい。一方、私たちが支援するのは、ベクトルが社会に向いている取組みです。本人が何をしたいのか「宣言」して行うので、本業の会社から応援してもらえるうえ、活動を通じて社会に価値を生み出せるので、そこで得たものを会社に持ち帰り、役立てることもできる。その過程が自分の成長、キャリアの構築につながっていく。企業にとっては、社内だけでは醸成(じょうせい)できなかった視点が持てるよう社員の成長をうながすことにつながります。つまり個人、会社、社会にとってメリットが生まれる、そういう好循環をつくることができるのです」  ベクトルが社会に向いている活動とは、「これからの社会をつくりたい」、「自分の持つ知識や経験を社会に役立てたい」、「本業ではできないことに挑戦したい」という能動的な動機があるもの。それは、報酬を得ながら複数の仕事をかけ持ちする兼業の場合もあれば、本業の専門知識やスキル、ノウハウを活かして行うプロボノ※1の場合もあるなど、人によって、やり方もやることも異なるという。  そういわれても、「自分に何ができるのか」、「何がしたいのかわからない」、「気持ちはあるが、ふみ出せない」という人は多いだろう。  そこで、きっかけづくりとして、「二枚目の名刺」で展開しているのが、NPOサポートプロジェクトである。例えば、社会の課題に向き合い活動しているNPO法人と、これからの社会づくりにたずさわりたいと思っている社会人を結びつけ、期間限定のプロジェクトに取り組んでいく。活動するのは、さまざまな業種、職種の5人程度の社会人たち。一つのプロジェクトに共感し、取り組みたいと手をあげたメンバーでチームをつくる。プロジェクトのジャンルは、がん患者の支援、文化、教育、スポーツに関する取組みなどさまざまである。  「各プロジェクトで取り組む社会の課題には、解決の前例はなく、チームで試行錯誤しながら進めていきます。業種や職種、年齢も異なる社会人が初めて出会い、一つの課題にチャレンジします。すると、異なる価値観に触れて自分の価値観を見つめ直したり、自分の強み、弱みにあらためて気づかされたりして、次第に自身が変化し、成長していくのです」 定年後のキャリアを意識しミドル層からの関心も高まる  「二枚目の名刺」の設立から9年。活動はここ数年、個人だけでなく企業をも巻き込んだかたちで大きく広がっている。  その背景について廣氏は「ここ数年のムーブメントである『働き方改革』が一つの契機になったと思います。社外で過ごす時間をどう設計するのかを考える人が増えています。また、『越境学習』というキーワードとともに、企業が人材育成の一環として、こうした社外での活動を取り入れることに、目を向け始めたという大きな変化も起きています」と語る。  「二枚目の名刺」の活動を始めた当時に集まってきたのは20〜30代の若い人たちがほとんどだったが、ここ数年は、40〜50代のミドル層からの問合せも増えているそうだ。  「人生100年時代といわれるようになり、定年後のキャリアを意識した問合せだと思います。個人だけでなく、企業からミドル層のキャリア開発に関する問合せもあります。社外活動を経験してキャリアを意識する取組みは、できるだけ30〜40代のうちから開始し、多様な多世代の人たちのなかで行動し、考えることをくり返していくことで、50〜60代になっても柔軟な働き方や過ごし方を、自ら設計できるようになるのではないかと思います」 「二枚目の名刺」の社外活動はよろいを脱ぐことから始まる  生涯現役時代を迎え、社会とのつながりを求める中高年は、今後ますます増加することが予想される。勤めている会社の定年後を見据えたとき、その選択肢を広げるためのキャリアづくりとして、現役世代は二枚目の名刺の活動や副業を、どう絡めていくとよいのだろうか。  「キャリアづくりを意識するのであれば、従来イメージされがちであった副業とは異なり、社外で活動するための二枚目の名刺を持つ活動をおすすめします。私たちのNPOサポートプロジェクトでは、ビジネスの世界とは異なる体験を得ることができます。社会の課題を解決する取組みは、すぐに正解を求められるものではありません。企業とは違う現場で、自分がどう役に立てるのか、スキルをどう活かすとよいのかを考え、うまく動けるようになると、それから先も求められるため、活動することが面白くなっていくのです」  とはいえ、興味を持ちながらも、日々本業に追われて機会を逃したり、二の足を踏んでしまう人も多いだろう。本業一筋で歩んできたビジネスパーソンが、「二枚目の名刺」の活動を始めるためには、どうしたらよいのか。  「リカレント教育※2と同時に、まずは本業などで長くつちかってきたよろいを、自分で脱ぐことが必要です」と廣氏は即答し、次のように続けた。  「本業の肩書きのまま、例えば、部長が部長然としてこういうプロジェクトに参加しても受け入れてはもらえません。過去の成功体験も歓迎されません。その方法でいまも成功するとはかぎらないからです。会社の名前、肩書きを持ち込まず、多世代と協同し、自分に求められていることは何かを考え、気づいていく。そういった姿勢で臨むことが大切です。よろいを着たまま知識を詰め込んでもうまくいきません。若い人にもよろいを着ている人はいますが、ミドル・シニア層は着ている年月が長い分だけ、脱ぎにくくなってしまう。しかし、二枚目の名刺の持ち主には、上手によろいを脱いで、経験やスキルをさらりと出してくれる人もいます。自分がプロジェクトに貢献するために必要なことを考えていくうちにそうなっていくのでしょう」  また、「副業だから」、「社会的な活動だから」などと決めつけず、「働き方の一つの選択肢として、新しい価値観で飛び込んだほうがいい」と廣氏はコツを明かす。  「社外活動に定年はありません。また、これからの社会をつくっていくうえでの課題はいくらでもあります。そのなかの共感できることに飛び込んでいけば、生涯現役で取り組むことができます。当法人のサポートプロジェクトでは、経験やスキルは問いません。未経験のジャンルであっても手をあげることができます」 本業も副業も本気で取り組み役割を果たすことで居場所ができる  定年後を見据えたキャリアづくりのための活動は、NPOサポートプロジェクトにかぎらず、地域活動も選択肢の一つであると廣氏は続ける。廣氏自身、地元の祭りを手伝い、次第に楽しくなっていまでも続けているそうだ。  「どこへ入るにも最初は勇気がいりますが、思い切って飛び込む経験を早い段階にすると、その後もしなやかに飛べるようになります」  ミドル・シニア世代になると失敗したくないという思いが強くなりがちだが、「失敗してもいいと思います。大事なことは、『やる』と言ったことは最後までやること。最初にハードルを上げ過ぎず、できることを表明して行動する。そして一枚目、二枚目の名刺のどちらにも、本気で取り組むことが重要です。自分にとっては二枚目でも、そこがメインフィールドの人たちと交わることにもなるので、片手間の取組みでは見透かされてしまい、信頼が得られず、成長やキャリアを構築する経験にもなりません。きちんと役割を果たすことが、組織のなかで居場所をつくることにつながります」 いくつになっても「挑戦」を続けられる大人がカッコいい  二枚目の名刺も、副業・兼業も選択肢の一つであり、やらなくてはいけないものではない。しかし、「働くことには、『お金を稼ぐこと』、『やりがいがあること』、『成長を実感できること』の三つが重要だと考えています。自分で選択して三つのバランスを取れるようになると、より豊かな人生を設計できるようになるのではないでしょうか。本業に加えて、二枚目の名刺を持つことを自分で選択し、活動をすることは、人生の幅を広げることだと思います」と廣氏は二枚目の名刺を持つ意義を語る。  また、働き方改革における柔軟な働き方の今後について廣氏は、「一つの組織に属して何かをつくりあげていくという従来のかたちから、これからはプロジェクト型に変わっていくだろう」と展望している。そこでは「バックグラウンドが多様な人たちのなかで、どう自分がふるまえるか、何ができるのかが、働くうえで重要な要素になってくると考えています」と語る。  また、1、2年後には、民間に続いて公務員の副業・兼業の動きが活発になり、「社会全体が変わってくると思います」とも話す廣氏。最後に、今後、大きな変化が起こりうるそうした状況において、ミドル・シニア世代に廣氏が期待することをうかがった。  「ぜひ、持っている力を活かした取組みにチャレンジすることを期待します。私としては、どちらかというと、社会をつくることに目を向けてほしいですね。孫世代に対して、自信を持って渡せる未来・社会を考え、文句をいうのではなく行動する。いくつになっても挑戦を続けられる大人ってカッコいいですよね。私は30代ですがそう思いますし、そういう人たちと一緒に活動していきたいと願っています」 ※1 プロボノ……持っている知識やスキル、経験を活かしながら行う社会貢献活動、ボランティア活動 ※2 リカレント教育……社会人が必要に応じて教育を受けること、また就労と教育をくり返すこと 廣氏が使用する“二枚目の名刺”。下部には本業の仕事内容などを含む自己紹介文が書かれている 【P23-25】 企業事例1 株式会社新生銀行(東京都中央区) 副業・兼業で職場に活力とイノベーションを。シニア人材の意欲と成長にも期待 今年4月に副業・兼業を解禁すでに25人の人材が社外で活躍中  働き方に対する価値観の多様化が進むなか、国は「働き方改革実行計画」の一環として副業・兼業の普及促進を図っている。この動きにいち早く応え、副業・兼業解禁にふみ切ったのが株式会社新生銀行だ。2018(平成30)年4月に制度をスタートさせ、大手銀行では初の試みと話題になった。執行役員人事部長の林貴子(たかこ)氏はその経緯を次のように説明する。  「個人が会社との雇用契約関係の範囲外で自由に仕事をすることを会社がコントロールする必要はないという発想が前提にあります。例えば、仕事の比重が軽くなったシニアや、もともとアフターファイブに時間のある人などが副業や兼業をすれば、人脈やネットワークが広がり、知的刺激も得られ、本人のモチベーション向上と成長につながるのではと考えました。結果的に職場で活力とイノベーションが生まれれば、会社としても大きなメリットになります」  対象者は有期雇用者、パートタイマーを含む全従業員。新人も例外ではない。個人事業主としての副業・兼業のほか、他社に雇用される兼業も認める。業務内容は基本的に制限しないため、アルバイトなどでもよい。  現在、副業・兼業者25人のうち、個人事業主として働いているのは20人。不動産管理、雑貨販売、SNS広告、アプリ開発などのほか、イベント出演や講演、さらに指揮者など、活躍のジャンルは多様だ。このほかベンチャー企業のCFO※1、起業家などもいる。他社に雇用されている5人は、試験監督官、スイミングインストラクター、接客業務などを務める。  制度スタート当時の反響について、グループ人事部の佐々木優(ゆう)氏は次のように振り返る。  「新制度をアナウンスして1週間ほどで7、8人ほどの応募がありました。その後もコンスタントに手をあげる人が現れています。社外からも反応がありました。副業・兼業解禁のニュースが報道された後、大手予備校傘下の試験運営会社からお問合せをいただいたのです。『能力検定試験などの試験監督官をマネジメントする副責任者クラスを探しているが、やりたい人がいればぜひ働いていただきたいので、社内で案内をしてほしい』という内容でした」  さっそく社内イントラネットで案内したところ、3人から「やってみたい」と声があがった。  「副業によってアンテナを広げたいと考えている人も少なくないと思います。みなさん、成長のチャンスととらえ、前向きに取り組んでいるようです」(佐々木氏)  もちろん、すぐにイノベーションが生まれるわけではないが、「少なくとも『風通しがよく、いろいろな成長の機会が得られる会社』というイメージを社内外にアピールできるのでは」と林氏。「採用面でもよい効果が生まれるかもしれない」と展望を語る。  副業・兼業が広がることで林氏がもう一つ期待しているのは、「外部人材の確保」だ。  「いまや、デジタル人材※2は奪い合いになっており、なかなか採用できないのが実情ですが、一つの会社に縛られずに働きたいと考える人のなかには、当行を副業・兼業先に選んでくれる人がいるかもしれない。受け皿をつくるうえでも、新制度導入には意味があると考えました」 組織に根づく人材の多様性と流動性働き方改革との連動で浸透を進める  もともと、同行は人材の多様性がかなり高い企業だった。  「ご存じのように前身の日本長期信用銀行(以下、「長銀」)は1998年に経営破綻し、国有化された後に新生銀行として再出発した歴史があります。ビジネスモデルの転換もあり、退職者も出ましたが、その後、多くの中途採用者を迎えました。現在では従業員の50%以上が中途採用者で、新生銀行となってから入社した従業員と長銀時代からの従業員がそれぞれ25%弱という構成です。  新卒入社者の離職率は低いのですが、中途入社者のなかにはいったん退職し、その後また戻って来る人もいます。長銀の破綻で退職し、再入社した人もいます。いい意味で出入り自由≠ニいう雰囲気がありますね」(林氏)  この1、2年の間に、さまざまな働き方改革を先行して行っていた、という経緯も導入にプラスに働いた。例えば2017年4月には全従業員20時退社を奨励するほか、毎月1回は定時に退社する「My定時Day」を設けるなどの「早帰り推進策」をスタート。同年10月からは自己申告で始業・終業時刻を30分または1時間くり上げ・くり下げ可能な「セルフ時差勤務」を全従業員を対象に導入した。  今年4月には、前日までに申請すれば、出社せずに在宅で働ける「在宅勤務制度」をスタートさせた。いずれも、育児・介護中の従業員だけでなく、全正社員を対象とし、理由も問わない。  「副業・兼業を解禁したときは、反論が出るかと思っていましたが、意外なほど社内の批判はありませんでした。一歩一歩進めてきた働き方改革が浸透していたのかな、という印象です」(林氏)  今回の制度導入にあたって、特に注目が集まったのは情報管理についての考え方だが、「副業・兼業と情報管理は別の問題」と林氏。  佐々木氏も、「コンプライアンス上、兼業であっても本業であっても、社外に情報を持ち出すことは許されないのが大前提。業務上のルールを守っていれば、もともと漏洩(ろうえい)は起きない厳格な体制を敷いています。ただ、一定の心理的な歯止めも必要で、副業・兼業者は事前に兼業申請書を提出するルールですが、その際、『情報漏洩の禁止』など違反した際の懲戒などについて誓約してもらっています」と話す。  副業・兼業の形態にかかわらず兼業時間は1カ月30時間以内としており、さらに他社に雇用される場合は、深夜や始業前の勤務はできないことになっている。競合他社や利益相反が生じる先で働くことは許されない。 シニア人材の働き方の選択肢が拡大モチベーションアップの効果も  同行では、新制度の活用が広がれば、シニア人材のモチベーションアップにもつながるのでは、と見ている。  日本の企業はピラミッド構造が基本。年齢が上がれば上がるほどポストは少なくなっていく。  「将来、自分の居場所は会社にあるのだろうか」といった不安にとらわれる人もいるだろう。  一方、企業側にしてみれば、今後、少子化で人手不足が深刻化するなか、シニアの活躍を期待している。今後の生産性を維持・向上していくためにも、彼らの不安を解消し、モチベーションダウンを防ぐ必要がある。  「『会社以外に活躍の場がある』、『自分の強みを活かせる仕事がある』と思えることは、シニアにとって大きな自信につながり、将来の夢も膨らむのでは」と林氏。また、銀行特有のノウハウを持った人材が、取引先の中小企業や金融機関で兼業すれば、ノウハウの共有につながり、本業でも業界でも相乗効果が期待できると、シニア人材の副業・兼業の可能性を語る。  「当グループでは、60歳定年、65歳までの再雇用制度を設けています。再雇用になると週5日勤務ではなくなる人もいます。例えば週3日勤務し、残りの2日は、自分がやりたかった副業の仕事をする、という働き方があってもよいのです。活き活きと働く先輩が身近にいれば、後進も希望を持てると思います」(林氏)  なお、新生銀行では役職定年制度の代わりに「役職離任制度」を設けている。一定年齢に達した人を一律に役職から降ろすのではなく、一人ひとりの能力、状況などをていねいに評価する制度だ。面談や年度評価を通じて必要な人材と判断されて、年齢に関係なくそのまま役職に就いている人もいるという。  60歳で定年再雇用になった人は、基本的にはいったんポストを離れるが、そのまま役割を果たし続けてほしいと判断されれば、一律に処遇を下げるのではなく、役割や期待にあった職責や処遇を与えるようにしたいと考えている。  従来のポストで活躍する人、社外の現場で輝く人、余暇を楽しむ人―多様なキャリア、ライフスタイルを支援したいと林氏は語る。 一人ひとりが自身の市場価値を高め積極的なチャレンジを  社外で活躍するためには自分の市場価値を知ってアピールし、さらに高めていく必要がある。  「日々の業務に追われていると、なかなか自分のスキルを棚卸ししたり、今後のキャリアを真剣に考える暇がないものですが、副業・兼業の解禁を機に、ぜひ自分の魅力、強みを見つけ、伸ばしてほしいですね。副業・兼業を解禁したときは、あくまでも『副業・兼業をしたい人を認める制度』という受け身のスタートでしたが、いまは多くの人に積極的にチャレンジしてもらいたい、と考えています」(林氏)  副業・兼業は万能薬ではなく、人手不足の現場では副作用を引き起こすこともある。林氏は、「デメリットが多いとわかれば、やめる勇気も必要」と前置きしたうえで、「試行錯誤しつつも歩みは止めない」と覚悟を語る。  人生100年時代に向け、一人ひとりが自分らしく働くための仕組みをつくり続ける新生銀行。今後のチャレンジも目が離せない。 ※1 CFO……「Chief Financial Officer」の略、最高財務責任者 ※2 デジタル人材……AI、IoTなどを活用したデジタルビジネスに対応できる人材 執行役員人事部長の林貴子氏 グループ人事部の佐々木優氏 【P26-28】 企業事例2 JRCS株式会社 (山口県下関市) 副業・兼業で社外での役割を見つけ60歳以降の働き方のオプションに 副業・兼業解禁の狙いは社外での刺激による「新しい視点」  JRCS株式会社は大型船舶の配電盤、制御盤を製作する船舶向け部品メーカー。1948(昭和23)年に漁船用の無線機メーカー「日本無線電機サービス社」として兵庫県神戸市に創業し、翌年に当時漁船団が集結していた山口県下関市に商機を求めて移転。漁船用無線機の修理を受注して繁盛し、10年後の1957年には大型商船の配電盤や始動器盤、機関監視盤の製造・販売を新たに始めた。  漁船から商船へ、無線機から動力・計装システムへと、時代を読んで事業を変容させながら拡大してきたJRCS。近年は、環境への配慮から建造数を抑制する船舶業界にあって、コンシューマー※1向けライフスタイル事業を展開するなど事業の多角化を図っている。  2018(平成30)年からは海洋産業のデジタルトランスフォーメーション※2の推進に着手している。遠隔からのメンテナンスや、自動航行といった船舶のデジタル化を目ざし、業界の産業変革ともいえる壮大なプロジェクトに挑戦中だ。  同社の従業員数は422人で、定年年齢は60歳。65歳まで希望者を再雇用しており、現在41人の高齢従業員が活躍している。職種や役割については、定年以前と原則変更はない。  同社は2017年11月に副業・兼業を解禁した。それまで、就業規則において原則副業・兼業を認めていなかったが、行政による副業・兼業の推進にともなう機運の高まりを受け、新しい仕事の仕方、考え方、気づきを社外で得て、会社に還元してもらうことを期待し、副業・兼業を解禁した。資金が必要な場合には一人最高5万円を支給し、社員の挑戦を後押ししている。  従業員の7割近くが地元・下関市の出身という同社について経営本部部長の宮澤優子氏は「多くの従業員が新卒で入社しており、JRCSでの仕事や船舶業界のことしか知らないままでいるので、視野が限定されがちです。加えて素直で真面目な気質の従業員が多いため、指示通りに動くことはできるものの、自ら考え、動く機会が少ないのではないか、と指摘されていました」と話す。  創業以来、時代を読む経営で新たな挑戦を続けてきた同社において、新たな視点は重要だ。特に業界が変化の荒波にもまれ、会社も変化を余儀なくされているなかで、これまでの考え方で動いていては変化に対応しきれない。従業員に必要なことは柔軟な発想や新しい考え方であり、外からの刺激が必ず役に立つ。そのための「副業・兼業解禁」であった。 副業・兼業による過重労働から社員を守るため「副業管理規程」を策定  現在、副業・兼業の申請をしている従業員は16人である。副業の内容は、国際交流事業の渉外(通訳)、研修講師、製パン・販売およびパン教室の講師、飲食店、運送会社、劇団員、家族が行う事業の手伝いなど。趣味のパンづくりを活かしたり、工場勤務の社員が「直接人とかかわる仕事がしたい」と接客をしたり、劇団員として地域のイベントでステージに立つなど多様な活動をしており、副業にやりがいを感じているようだ。  一方、副業・兼業をする際の禁止事項も定めている。同業他社に勤務するなど会社の利益に反するもの、公序良俗に反するもの、肉体的・精神的に過度な負荷がかかるものなどは禁止とし、健康管理面では週に1度は必ず休息を取ることを取り決め、副業管理規程として就業規則に明文化している。副業管理規程は基本的に従業員を守るものとしての位置づけであり、特に同社は製造業であることから、過労による労働災害・ケガなどを防止するため設けたものだ。  副業の内容によって、オーバーワークが懸念される場合は注意事項を記入した同意書を示し、署名をもらう。特に罰則などはなく、会社と従業員の信頼をベースにして運用されている。  副業を解禁してから、過労の問題、運用上の問題、人材の流出といった問題は出ていない。ただ、副業を解禁する際、「会社の経営状態の悪化による施策ではないか」と不安に思う従業員がいたという。真偽を直接たずねてきた従業員に説明すると、ほどなくして沈静化したものの、「従業員への説明の仕方に工夫が必要だったかもしれません。今後、副業を行っている従業員の事例を紹介し、職業人生を豊かにしている様子を社内に示すことで、さらなる不安の払拭(ふっしょく)に努め、制度の利用をうながしたい」と宮澤氏は話す。  副業・兼業を会社が認めるリスクとして、よく挙げられる人材流出の可能性について宮澤氏は、「逆に転職のリスクを下げることにつながるのではないかと考えています。転職、退職をせずに、会社の仕事と、本人がやりたいことを同時にできるので、会社を辞める必要がないからです」との見解を示した。  また、昨年度に策定した会社の行動指針に「挑戦を支えていこう」という指針が掲げられた。これは、会社が掲げる理念を達成するために、従業員参加によるボトムアップで策定されたもの。だれかが何かを始めようとする際、それを否定せず、周囲の従業員で支えていくことを目ざすもので、それは会社の風土として定着しつつある。この指針が副業・兼業へのチャレンジも支えている。 会社以外で社会に役立つ道をつくる  同社では、副業・兼業の解禁にあたり、収入を得る仕事だけでなく、非営利のボランティア活動についても申請を義務づけている。過労の予防という健康管理を目的としたルールであるが、キャリアコンサルタントの国家資格を持つ宮澤氏は、「会社の仕事がやりがいであり、生きがいであればよいですが、従業員が400人もいればすべての人がそうとはかぎりません。副業やボランティアによって何かしら社会のなかでのやりがい、存在価値を感じられることは、自身のキャリアにおいてプラスだと思います。副業や会社の外で行う社会活動で、従業員がやりがいを感じて活き活きとし、個人が持つ専門知識やスキルを社会に役立ててほしい」と話す。  実は宮澤氏自身も副業を申請している一人。国際異文化研修の講師を務めており、海外赴任者や日本での就職を希望する外国人などに向けて、さまざまな異文化研修を行っている。  宮澤氏は同社に入社する以前、独立行政法人で政府の国際異文化交流や、国際NGOで開発援助にかかわり、グローバル人材の企業研修などの講師を務めた経歴を持つ。海外生活の経験も豊富で、国際異文化交流をライフワークと考えている。  「会社の仕事にもやりがいを持っていますが、会社の仕事はニーズがあって遂行する部分が大きく、必ずしも自分がやりたいことだけをできるわけではありません。自分が持つ経験を活かして社会で役立つことをしたいと考えていたこともあり、副業としての『異文化交流』にも大きなやりがいを感じています」  会社以外で通用するスキルを持っていること、自分が役割を持ってやるべきことがあるということは、60歳以降も会社で仕事を継続する道だけでなく、別に活躍する道を持つことになり高齢者の活躍につながる。副業・兼業の解禁は、60歳以降の働き方のオプションをつくる準備ともいえ、生涯現役社会の実現に向けて有効な施策のようである。 従業員の副業ケース学生時代からかかわる国際事業の通訳に  同社のコア事業である海洋営業部に所属し、営業を担当する西本正幸さんは、今年9月に行われた第32回日本・韓国青年親善交流事業に渉外(通訳)として参加した。日本と韓国の青年たちが15日間をかけて相手国のさまざまな地域を訪問。人材交流のほか、産業・文化・教育施設訪問などの各種活動を行う、内閣府が主催する事業である。  西本さん自身も大学在学中に団員としてこの事業に参加している。西本さんが今回担当した「渉外」は、表敬訪問など公式行事の団長のスピーチの通訳をはじめ、団員をサポートする役割を持つ。  「社会人生活が長くなり、もう一度初心に立ち戻りたいと考えていたときに、会社で副業管理規程が新設され、この機会に渉外に挑戦することにしました。人と人の間に立って調整すること、必要な情報を発信するという役割が、営業の仕事と似ていると考え、今回の経験を業務に活かせればという気持ちもありました」(西本さん)。  延べ3週間の研修に有給休暇を使って参加した西本さんは「課内で営業担当を代行してくれた方々、応援していただいた取引先や社内のみなさまには、たいへん感謝しています。国際交流事業でつちかった経験を、さらに日々の業務に還元したい」と、本業との両立に向けた抱負を語る。 ※1 コンシューマー……消費者、購買者 ※2 デジタルトランスフォーメーション……デジタル化による産業構造の変革 経営本部部長の宮澤優子氏 韓国の政府機関に表敬訪問した際、通訳をする西本正幸さん(前列右から3人目) 【P29】 日本史にみる長寿食 FOOD 303 長ネギの働き 食文化史研究家● 永山久夫 根深雑炊(ねぶかぞうすい)で額に汗  巨大台風に豪雨、そして強烈な風……。異常気象に見舞われた日本列島。暖冬も予想されている今冬ですが、油断は禁物。免疫力を強化して、北風の季節にそなえましょう。  寒くて空気が乾燥する秋から冬にかけては、風邪の季節。インフルエンザの流行期でもあります。「風邪くらい」とうっかり油断していると、思わぬ大病を招くことになりかねません。  「ハックション! あれれ、風邪をひいたかな」と思ったら、即座に体のなかの免疫力という“テロ対策部隊”を総動員して、ウィルスに攻撃をしかけましょう。  風邪のウィルスは、体のなかに発生した“テロ”のようなもの。ウィルス・アタックの第一部隊は、江戸時代から次のことわざ。  「根深雑炊、生姜酒(しょうがざけ)」  「根深雑炊」は、生の長ネギを刻んでたっぷり入れてつくった味噌仕立ての雑炊のことで、体が芯から温まり、額に汗が吹き出てきます。  「根深」は、根が深くて、とても長いネギという意味。昔の呼び名で、江戸の町では、「根深ネギ」とも呼び、千住(せんじゅ)ネギが有名でした。  「生姜酒」は、おろしショウガを熱めの酒に混ぜたもの。発汗作用があり、根深雑炊同様に自家製の風邪薬として珍重されました。 さらに簡単な「ネギの熱汁(あつじる)」  ネギのツンとくる刺激臭は硫化アリルという揮発性の成分で、保湿効果が高く、血行をよくする作用の強いアミノ酸がたっぷり。  風邪対策にもっとも簡単なのが、「風邪のひきはじめにネギの熱汁」ということわざを実行すること。抗生物質などのない時代の風邪対策でした。  お椀に刻みネギとカツオ節、味噌を入れ、熱湯を注ぐだけででき上がり。  江戸時代の『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』には、「風邪や頭痛の場合、生ネギでおかゆをつくり、熱いうちに食べると、汗がよく出て治る」とあり、これも一つの風邪退治法です。長ネギの葉の部分にはビタミンAやカロテン、ビタミンCが多く、いずれも風邪退治には理想的な成分。  昔からいわれている、「うどん屋の風邪薬」というのは、青ネギを刻んだ薬味のことで、これも風邪予防の一つです。 【P30-31】 江戸から東京へ 第75回 下僕鬼助に戒められる 小島老鉄 作家 童門冬二 地獄行きを覚悟の二人  江戸後期の名古屋に、小島老鉄と名のる画家がいた。しかし絵を描くよりも奇行が多く、人々はその方が面白いので老鉄を奇行≠フ面でもてはやした。老鉄も、苦労して絵を描くよりも自分のいうことや行いが世の中にウケるので、毎日町をふらついては奇行を売っていた。そしてかれは、画家の仕事に誇りを持っていなかった。  「わしは絵を売って生きている。つまり絵屋だ」  と告げて、老鉄という画号を使わずに絵屋友七≠ニ、本名を名のっていた。  かれは、閻魔堂(えんまどう)の近くに住んでいた。なぜかと訊く人には、  「わしには悪行がたくさんある。死ねばすぐ地獄へ行く。地獄への旅路を短くするために、閻魔堂の傍(そば)に住んでいるのだ。すぐ地獄へ行けるからな」  といって笑っていた。そんな老鉄の所行を、いつも苦々しく睨(にら)んでいる人物がいた。閻魔堂の縁の下に住む浮浪者だった。かれは食うために、近所の人々の頼む面倒な仕事や厭(いや)がる仕事を、積極的に請け負っていた。しかし、老鉄にはなぜか冷たい批判の目を向けていた。老鉄は気になった。ある日、その人物に、  「なぜ、おまえはいつもわしを睨んでいるのだ?」  と訊いた。その男はこう応えた。  「あなたは画家でしょう。その画家が絵も描かずに、毎日つまらぬことをいって歩いては世の中のウケを狙っている。そんなことは、あなたの本業ではないでしょう。絵描きなら絵を描いてください」  「……」  老鉄は考え込んだ。自分の痛いところを突かれたからである。そこで男に、  「わしのところに来て、家事を手伝ってくれ。そうすれば、わしも絵に専念できる」  男は承知した。老鉄は男を下僕(げぼく)として雇い、鬼助≠ニいう名をつけた。この男もまた、  「いままでは散々悪いことをしてきたので、死ねばどうせ地獄に行く。それならすぐ地獄へ行けるように閻魔堂の近くに住むのだ」  と考えていた。この点では、老鉄と意見が一致した。 偽絵師から真の絵師に  歳の暮れが来た。しかし老鉄はろくな仕事もしていないので、借金だらけでこの年が越せるかどうか非常に危うかった。そこで老鉄は悪巧みをした。それは当時高名な画家の偽画(ぎが)を描くことである。立派に仕上がった。それを出入りの豪商の家に持って行くと、豪商は本物だと喜び大金を渡した。老鉄は喜んだ。その光景を、鬼助が苦々しい表情で睨んでいた。  家に戻って、老鉄が  「うまくいった、どうだ?」  と自慢すると、鬼助は食ってかかった。  「たとえあなたが売る絵を描こうとも、偽物を本物だといって売りつけるのはよくありません。お金は返すべきです」  「……」  老鉄は一本取られてしゅんとなった。かれも良心のかけらを持っていたので、鬼助の叱責は胸に堪えた。鬼助のいうことが正しいので老鉄は金を持って豪商のところに行った。そして、正直に自分のやったことを話し、  「お金はお返します。絵を返してください」  と頼んだ。ところが豪商は笑って首を横に振った。  「絵は返さない。だから金も返さなくていい。わしはこの絵を大事にする。本物以上によくできている。だから、世の中には出さない。一人で楽しむ。いいかね」  一旦言葉を切った豪商は、さらにこう告げた。  「おまえさんにすればこの絵は偽物だ。しかし、持ち主のわしが本物だと信じれば、それは本物になる。他人に見せず、わし一人で楽しんでいればいよいよ偽物ではなくなる。だから、わしはこのよくできた絵をずっと大事にする。金は返さなくていい」  妙な理屈だった。老鉄は困り、家に戻って鬼助にこの話をすると、  「あの旦那がそういうことをおっしゃっても、それに従うべきではないでしょう。偽物は偽物です。どうか本物を描いてください。そのためには、あの偽物はどうしても取り戻さなければいけません」  といった。老鉄も鬼助と同じことを考えていた。鬼助が家に来て家事を手伝ってくれるようになってから、老鉄の歪んだ気持ちもどんどん改まっていた。いまや老鉄は、  「本当の画家になろう。自分の絵を描こう」  という気になっていた。そんなときに、あんな偽物を売って、いつまでもしこりとして残るようでは画業に専念できない。どうしてもあの偽物を取り戻さなければ、自分の新しいスタートはできないと思った。もう一度豪商の所に行った。そして自分の考えを率直に述べた。さすがに豪商も、老鉄の意気込みに押された。老鉄の話を聞き終わると大きく頷き、  「わかった。ではこうしよう。おまえさんらしい本当の絵を描くのならば、最初に描いた絵をわしに売ってほしい」  といった。それは願ってもない老鉄のスタートになる。老鉄は、  「必ずそうします」  といった。戻って鬼助にこの話をすると、鬼助もはじめて嬉しそうな表情になった。老鉄が精魂込めて描いた絵は立派なものだった。豪商に差し出すと、たいへん喜んだ。  まともになった老鉄に鬼助が、 「私を絵の門人にして、一人前の絵師に仕立ててください」  といった。老鉄は承知し、鬼助に剣山≠ニいう画号を与えた。  「どういう意味ですか」  と鬼助が訊くと、老鉄は笑ってこう答えた。  「おまえさんも散々いままで悪いことをしてきた。わしも同じだ。地獄へ行けば、必ず剣の山に連れて行かれるからだよ」  鬼助改め剣山は大笑いした。 【P32-33】 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第56回  磯昭三郎さん(77歳)は15歳で小貫金網製作所に入社。以来60年余の長きにわたり職人として歩み続けてきた。仕事をしているときが一番幸せで、身体が丈夫であるかぎり生涯現役を貫きたいと願う磯さんが、いまもなお現場で仲間たちと働ける喜びを語った。 株式会社 小貫金網(おぬきかなあみ)製作所 磯(いそ) 昭三郎(しょうざぶろう)さん 父から授かった命  私は栃木(とちぎ)県の那須塩原(なすしおばら)市で生まれました。母によれば、父が病気で亡くなった同日に仮死状態で生まれてきたそうです。祖母が私を逆さにしてお尻や背中をパンパン叩いたら、火がついたように泣き出し、父の生まれ変わりとして私はこの世に生を授かりました。  私の上に2人の兄がいましたが、父の弟、つまり叔父が母と再婚をして私たちを育ててくれました。一番上の兄は早逝したものの、弟や妹が次々に生まれ、7人兄弟となりました。継父は優しい人で、私や兄もすぐになついたそうです。私にとっては世界でたった一人の父だといまも思っています。ただ、兄弟は多いし、農家といっても自前の田んぼもなく、両親は苦労が絶えなかったようです。私も、一応小学校には通わせてもらいましたが、人手が足りないときは学校を休んで家の手伝いをしました。  主な仕事は水くみで、深い井戸から水をくみ出しては天秤棒(てんびんぼう)で田んぼまで水を運びました。冬場は凍りついたつるべが手に張りつくので痛くてたまりませんでした。  石がゴロゴロした道を歩いているうちに水桶の底が抜けてしまい、水桶を自分で修理したこともあります。  小学生にして水桶の修理ができた磯さんは、人一倍手先が器用であったと思われる。15歳で職人として生きることを選択した磯さんには先見の明があった。 胸ふくらませて職人の道へ  中学校を卒業したときに継父が田んぼを購入し、農業で身を立てていく道も開けましたが、小さな田んぼは兄一人いれば十分でした。弟や妹が4人もいて、少しでも両親が楽になるなら、と私は外に出て働くことにしました。  当時、趣味の狩猟のために、私の家へよく遊びに来ていた親戚のおじさんがいたのですが、あるとき「うちで働かないか」と声をかけてくれました。その人こそ、小貫金網製作所の創業者でした。話はすぐにまとまり、私は先代社長の鉄砲をかついで電車に乗り、埼玉県川口市の株式会社小貫金網製作所の一員となりました。それから60年以上に渡って働かせてもらっています。縁あって、先代社長と出会えたことには感謝するばかりです。  最初の仕事はいまでもはっきり覚えています。釘箱(くぎばこ)のなかにたまっていた曲がりくねった釘を一本ずつまっすぐにすることでした。ものを大切にする心を教えてもらったと、いまでは思えますが、中学を出たばかりの私には過酷な作業でした。私が入社したころ、同世代の先輩が3、4人いましたが、厳しい指導に音(ね)を上げて、辞めていく人も多くいました。私は「サブ、サブ」とかわいがってもらったこともありますが、それ以上に、那須塩原での生活に比べたら、職場は天国でした。会社の寮に入れてもらい、芋ではなく白いごはんがおなか一杯食べられたのですから、つらいと思ったことは一度もありません。  川口市は戦前に鋳物(いもの)の生産量日本一を達成した鋳物のまちです。鋳物工場では「ふるい」を使いますが、この「ふるい」の金網の修理も大切な仕事の一つでした。工場の片隅に積まれた「ふるい」を回収し、網を張り直してから各工場に配達しました。いまは鋳物工場がどんどん減っていき、鋳物のまち≠ニいう面影もなく、寂しいかぎりです。  株式会社小貫金網製作所は1925(大正14)年に創業、関東一円で金網の注文をこなしてきた。現在は金網販売と特殊板金やレーザー加工など、業容を拡大し、同社の金網加工技術は取引き先から高い評価を受けている。 身体で覚える職人の技  先代社長は厳格な人で、工場に顔を出しただけで手が震えたという先輩もいましたが、不思議なもので私は叱られた記憶があまりありません。不器用な私は教わったことを実直にそのままくり返すことを自分に課していました。先代は手取り足取り、あらゆる技術を叩き込んでくださり、そのうち、金網を編ませてもらうようになりました。  そのころ、金網は機織り機のような機械を使ってバッタン、バッタンと編んでいました。うまく編めるまでずいぶん時間がかかりましたが、少しでも早く編みたい、きれいに編みたいと一生懸命でした。遊びたい気持ちより仕事に慣れたい気持ちの方が格段に強かったように思います。  野球のバックネットも作りましたが、とにかく大きいので、まっすぐ編むことに大変苦労しました。時代が変化するなかで、手作業中心の仕事も徐々に機械化され、仕事内容も特殊金網の加工や特殊板金へと移行しましたが、ものづくりの心得は少しも変わっていないと私は思います。 働く喜びに勝るものはない  当社は65歳が定年ですが、健康で働く意欲があれば働き続けることができます。私は65歳になったとき、一瞬の迷いもなく働くことを選びました。働いていない自分を想像することができなかったのです。  25歳で結婚した妻は、働きづめの私のことを「お父さんはかわいそう」と子どもたちに話しているようです。早くに郷里を飛び出したので同世代の友人も少なく、とりたてて趣味もない私をいたわってくれているのだと思うのですが、私は大好きな仕事ができる毎日を心から楽しんでいます。  若いときには近所にあった釣り堀で釣りをしたり、自転車で荒川に鯉を釣りに行ったものでした。いまも、時折荒川に出かけてみますが、鯉の姿はすっかり見かけなくなりました。  健康に不安はありませんが、視力が衰えてきたのが心配の種です。最近では溶接の仕事にはつかず、溶接の準備段階として、金網を機械で丸める作業などを担当しています。工場の3階に住んでいるので、8時15分の始業前には工場に降り、掃除や下準備などをしています。また、自分で考えたストレッチで体を動かすことが日課です。何よりみんなの元気な顔を見るのが、私の一日の原動力となっています。若い人たちは最高齢の私を何かと気遣ってくれますし、私もいまのうちに自分が伝えられることはすべて伝授しておきたいと思います。  自分では気づいていなかったのですが、私は仕事がうまくいったとき、自然と鼻歌が出ているそうです。15歳で就職して60余年が経ちましたが、身体の続くかぎり、仲間たちに私の鼻歌を聞いてもらおうと思っています。  さあ、明日も機嫌よく現場に出て、大好きな仕事に向かいます。 【P34-37】 高齢者の現場 北から、南から 第79回 島根県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構の65歳超雇用推進プランナー※(以下「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 地元名産の愛着あるメノウを定年後も変わらずお客さまに届ける 企業プロフィール 株式会社めのや(島根県松江市) ▲創業 1901(明治34)年 ▲業種 メノウ等天然石の加工・販売 ▲従業員数 431 人 (60歳以上男女内訳) 男性(1人)、女性(8人) (年齢内訳) 60〜64歳 1人(0.2%) 65〜69歳 4人(0.9%) 70歳以上 4人(0.9%) ▲定年・継続雇用制度 定年60歳。定年後は65歳まで希望者全員を再雇用。65歳以降は一定条件のもとで雇用延長する めのやが運営する「伝承館」。勾玉(まがたま)などのアクセサリー販売のほかミュージアムやレストラン、工房を併設  島根県は日本海に面し、中国地方の北部に位置しています。古事記や日本書記に記されている出雲(いずも)大社や国宝の松江城、世界遺産の石見(いわみ)銀山といった古きよき文化・歴史があり、汽水湖(きすいこ)として知られる宍道湖(しんじこ)、隠岐(おき)ユネスコ世界ジオパークなど、豊かな自然に囲まれた魅力ある県です。  総面積の約8割が林野で、米や酪農といった農業のほか、水産業、建設業、鉄鋼産業が主な産業です。中国山地で取れる良質な砂鉄と木炭を原料にした、たたら製鉄が古くから盛んでした。その伝統が現在の特殊鋼や銑鉄鋳物(せんてついもの)産業へと引き継がれ、なかでも銑鉄鋳物の生産重量は全国3位、生産額は全国4位(2016〈平成28〉年)です。  伝統工芸品には出雲石灯ろう、石見焼(いわみやき)、出雲メノウ細工などがあります。  当機構の島根支部高齢・障害者業務課の石原正朗(まさろう)課長は、「島根県の高齢化率は高く、全国でも特に高齢化が進行している県の一つです。『生涯現役社会』の実現に向けて、高年齢者雇用安定法の義務を超え、年齢にかかわりなく活き活きと働ける職場環境づくりを意識した相談を行っています」と話します。  島根労働局の集計結果(2017年)によると希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合は80・0%(全国12位)、70歳以上まで働ける企業の割合は29・4%(全国4位)であり島根県の法の義務を超えた高年齢者雇用確保措置の実施状況は、全国的にも上位となっています。  同支部は職業安定機関と連携して、65歳超雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザーを中心に、高年齢者などの雇用に関する相談・援助業務を行っています。  今回は、同支部で活躍するプランナー・藤原泰弘(やすひろ)さんの案内で「株式会社めのや」を訪れました。 皇室と出雲大社に献上する勾玉(まがたま)の製造元  めのや創業の地である松江市の玉造(たまつくり)は、温泉津(ゆのつ)温泉、有福(ありふく)温泉とならび、島根県で古くから続く温泉地です。玉造では古代から非常に良質な青メノウ(出雲石)が産出されたことから、勾玉づくりの中心地として知られていました。その後、江戸時代には勾玉づくりの製法を活かしたメノウ細工が盛んになり、いまに継承されています。  めのやは1901(明治34)年の創業以来、出雲型勾玉※をはじめとする天然石の細工と販売を行ってきました。1913(大正2)年と1927(昭和2)年に、天皇の「即位の礼」後に執り行われる「御大典(ごたいてん)」という一連の儀式に際し、献上勾玉の製作をまかされ、いまも皇室や出雲大社の祭祀の際に勾玉を献上しています。  1999年に新しい事業形態として天然石アクセサリーの販売店「アナヒータストーンズ」を鳥取県米子(よなご)市の複合商業施設にオープンさせてからは、全国の商業施設に店舗を展開し、現在は63店舗を運営。2008年に中国地域ニュービジネス大賞特別賞を受賞したほか、2012年には「日本で一番大切にしたい会社大賞」の審査員特別賞を受賞するなど、そのビジネスモデルは高く評価されています。 若年層スタッフのなかで存在感を発揮  めのやはパートタイム従業員を含む431人の全従業員のうち、342人が20〜30代の販売員で構成され、平均年齢34歳という若年層が中心の会社です。主力である「アナヒータストーンズ」の顧客対象が20〜40代の若中年層であることから、顧客との意識感覚をマッチさせるために30代前後の女性スタッフを多く採用しています。  同社を訪問した藤原プランナーは、「この先、少子高齢化が進んで労働力が不足し、生涯現役社会に向けた社会の動きが加速すると予測されています。そこで、高齢者を企業の戦力として活用していくという視点を持ち、顧客年齢層の拡大など、5年、10年先を見越した経営戦略の見直しを提案しました」と話します。  若い従業員が多数を占める同社ですが、60歳以上の高齢従業員が9人在籍しています。雇用形態は全員パートタイム従業員で、勤務時間は本人との話し合いによりフルタイムか短時間勤務かを決定します。「今後しばらくは正社員の定年到達者がいないので、到達者が出てくるまでの今後10年の間に高齢者雇用制度の議論・検討を進めていきたい」と新宮(しんぐう)寛人(ひろひと)代表取締役社長は話します。  若い従業員のなかで働く高齢従業員の働きぶりについて、新宮社長は「老若男女あらゆるお客さまに対応してもらっています。豊富な知識と経験ゆえにコミュニケーション能力が高いので、お客さまだけでなく、スタッフとの会話もスムーズです。スタッフ間のコミュニケーションを高め、店舗の結束力を高める要にもなっています。忙しいときも落ちついて対応しており、若いスタッフのよいお手本です」と評価しています。  そこで、工房で熟練の技能を発揮する勾玉職人である松下正一(しょういち)さん(69歳)、店舗で接客も事務もマルチにこなす同社最高齢の来海(きまち)貞子(ていこ)さん(80歳)にお話をうかがいました。 「石への愛着」をモットーにした熟練の技  工房に勤務する松下正一さんは、実父が、めのやで長年職人をしていた縁で、現会長から声をかけられて就職しました。45歳でめのやに入るまでは広島で家具職人をし、その後、出身地の玉造に戻って、地元の石材店にて特産である来待石(きまちいし)を使った石灯ろうをつくっていました。  めのやに就職してから24年間、「石に愛着を持つこと」をモットーに石細工の職人人生を邁進(まいしん)してきました。松下さんは、島根県の認定する優秀専門技能者にも選ばれています。  「勾玉はバランスを取るのがむずかしく、穴の位置が少しずれただけでも格好が悪くなります。シンプルな形ですが、5人がつくったら5通りのものができ上がります」と年齢からは想像ができないほどの筋肉質の腕をのぞかせながら語ってくれました。メノウの原石は重いため、扱っていると知らないうちに立派な腕っ節(うでっぷし)になるのだそうです。  メノウ細工のむずかしさは、「すぐ割れるところ」と話す松下さん。メノウはとても硬い石ですが、白い渦のような部分は硬度が低い成分で組成されているため割れやすく、研磨する際は繊細な作業が求められます。作業には、集中力が求められる分、作品が完成したときの喜びはひとしおで、これがまさに仕事のやりがいになっています。  松下さんはメノウ細工のほか、観光客を対象にした勾玉づくり体験工房の指導も任されています。多いときは60人のお客さんを、同僚と2人で受け持つこともあります。体験工房では、観光バスが出発時間に遅れないよう、時間を考えて進行することを心がけています。  「玉造は、質のよいメノウの産地でした。よい石は研磨するとすぐ光沢(こうたく)が出るものですが、いまはそのような石がなかなか出てこないんです」と石について語り出すと止まらなくなる松下さん。てっきり仕事が趣味かと思いきや、趣味は19歳から始めたゴルフだと話します。また、日曜大工もこなし、システムキッチンを自ら自宅につくるほどの腕前でもあります。家具づくりや、屋根の修理もお手の物で、「業者に頼むと高いから、大工仕事をして安くあげています」と笑顔で話します。  松下さんにとって仕事は、毎日のリズムをつくる健康維持の手段でもあります。現在は、週5日、毎日6時間働いています。健康であれば77歳まで働きたいと考えているそうです。 事務から販売までをマルチにこなす  ほがらかな笑顔で迎えてくれた来海貞子さんは、玉造温泉街に古くから店を構える「めのやしんぐう」で事務および勾玉の販売を担当しています。デニムのベストを着こなす若々しい感性の持ち主である来海さんは、めのや創業家の出身で、玉造で生まれ育ちました。「メノウのクズが積まれた倉庫の裏で遊ぶなど、子どものころからメノウに親しんできました。メノウは地元の特産で、玉造のものという特別の愛着があります」と話します。  来海さんは、病院事務を4年、商工会議所の補助員を12年務めた後、ご主人の転勤で神戸市に移り住み、そこで生命保険の営業を12年間担当して定年を迎えました。玉造に戻ってしばらく家でゆっくりしていましたが、事務員に急きょ欠員が出たところで、来海さんに声がかかりました。「事務室に行くとデスクと椅子が用意してありました。『とりあえずここに座って』といわれて、そのまま今日に至ります」と茶目っ気たっぷりに話します。64歳で入社して今年で16年が経ちました。  いまは事務だけでなく、お客さんが来店すれば接客をし、商品を卸している旅館の売店に棚卸しに出かけて請求書を作成するなど、お店の運営にかかわる全般をになっています。店舗には来海さん以外に3人の女性が在籍しており、2人出勤のシフトをお互いの都合に合わせて組み、週に約3日勤務しています。  来海さんは仕事のほかにも親戚の身の回りの手伝いや、地域の支援活動なども行っており、さらに趣味でも大忙しです。地元の「踊ろう会」に所属し、チームメンバー40人のリーダーを務めています。7年前に発足したこの会では、年に数回、鳥取県の境港に寄港する大型クルーズ船を踊りで見送ったり、夏に松江城で行われる祭りに参加するなどの活動をしています。どじょうすくいや玉造音頭のほか、最近ではフラダンスも取り入れ、地元の人が集う温浴施設のステージで披露して喜ばれています。  「仕事は心身ともに健康のもと」と話す来海さんは、「いつまでも仕事をさせてくれとはいえませんので、肩をたたかれればいつでも辞める気でいます。ただ辞めたら少し寂しいかもしれませんね」と心の声を聞かせてくれました。  新宮社長は、「今後加速する人材不足、採用難にはつけ焼き刃の対策ではなく根本的に解決すべく全社業務の見直しと改善に着手しています。事業内容についても、もう一度私たちが118年間受け継いできた勾玉を見つめ直すことを新たな成長の起点としたい」と語りました。 (取材・文 西村玲) ※65歳超雇用推進プランナー……当機構では今年度から、高年齢者雇用アドバイザーのうち経験豊富な方を65歳超雇用推進プランナーとして委嘱し、事業主に対し、65歳を超えた継続雇用延長・65歳以上への定年引上げなどにかかわる具体的な制度改善提案を中心とした相談・援助を行っています ※出雲型勾玉……勾玉のなかでも、ふっくらとして丸みを帯びた独特の形状を持つ 藤原泰弘 プランナー アドバイザー・プランナー歴:7年 [藤原プランナーから] 「従業員が戦力となって事業所の業績に貢献できるよう、安心して意欲的に働ける職場環境を提供するための改善提案、助言を行っています。各事業所の雇用環境、雇用実態をふまえて高齢者活用の方向性を示すよう心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆高齢・障害者業務課の石原課長は、「藤原プランナーは温厚・誠実な人柄で、長年にわたり活躍されています。事業所が抱える課題解決にあたっては、当機構が有するツールを活用しつつ、長年の活動のなかでつちかわれたノウハウをもって、親身になって、助言を行っています。また、高年齢者雇用開発コンテストに関しても、事業所に対して積極的な応募勧奨を行っています」と話します。 ◆島根支部は、JR松江駅から徒歩約25分(約1.5km)のところにあります。松江市は松江藩の城下町を中心に発展した「水の都」。2018年4月より中核市へ移行しました。 ◆5人の65歳超雇用推進プランナーなどが専門的な知識を活かし、高齢者雇用に関する相談・援助などを実施しています。2017年度の相談・助言件数は303件、企画立案サービス1件でした。 ◆相談・助言を無料で実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●島根支部高齢・障害者業務課 住所:島根県松江市東朝日町267 ポリテクセンター島根内 電話:0852(60)1677 出雲石でつくられた青メノウの勾玉。めのやの職人が製作 伝承館にある工房で勾玉を磨く松下正一さん 店頭で勾玉の説明を行う来海貞子さん 【P38-41】 ケーススタディ 安全で健康に働ける職場づくり 高齢労働者が安全・健康に働ける職場づくりについて、労働災害や業務上疾病などの事例をもとに専門家が解説。今回は、公益財団法人交通事故総合分析センターの西田泰やすし氏に、高齢者の交通事故について解説をしていただきました。 第20回 高齢運転者の交通事故防止に向けて 公益財団法人交通事故総合分析センター 特別研究員 西田 泰(やすし) はじめに  職業運転者にはさまざまな職種があり、高齢の職業運転者の交通安全についてはそれぞれの業種で検討されているところです。ここでは業務にかかわる運転での交通安全ではなく、就業者に共通する通勤時や私用目的での運転を対象に、高齢運転者の交通安全について述べていきたいと思います。 高齢運転者の交通事故を防止するために  高齢者の交通事故の特徴には、歩行中の死亡事故が多い、操作ミスによる事故が多いなど、いろいろなものがあげられます。 ■被害者とならないための「予防安全」・「衝突安全」  交通事故を「災害」と考え、交通事故による「被害」に着目してみましょう。被害は負傷や死亡といった被害程度で分けられ、警察の統計や交通安全白書では、さらに被害に遭ったときの道路利用状態で分類しています。図表1は、2017(平成29)年の交通事故による被害者を被害程度と状態別に集計したものです。65歳以上の高齢者は歩行中(48%)や自動車乗車中(29%)の死者が多いのですが、負傷者を含めた死傷者に着目すると、自動車乗車中(54%)が多く、歩行中(19%)や自転車乗用中(19%)は約3分の1と少なくなります。  さらに、65歳以上は24歳以下と比べ死者は多いが死傷者が少ないことがわかります。つまり、交通事故対策は死傷者数を少なくするために事故(衝突)発生を抑える「予防安全」と、死者数を少なくするために事故に遭ったときの被害程度を抑える「衝突安全」の二つの視点から考慮すべきことがわかります。そして、交通安全対策をこの二つに分類することで、交通安全に関する教育・指導をわかりやすく、効果的なものにすることができます。  ただし、高齢者は衝撃などに対する耐性が弱く、シートベルトを着用していても交通事故に遭ったときの死亡率が高いため(図表2)、高齢の自動車乗員の死亡事故にかぎっては、交通事故を防止する「予防安全」に重点を置くことが現実的でしょう。 ■加害者とならないために  交通事故を道路交通法などに対する「違反行為」によるものと考えると、「加害者にならない」という観点から交通事故防止対策を実施することが必要です。  2017年の交通事故の第1当事者(以下「1当」)※1を道路利用者の種類別にみると、自動車が人身事故では91%、死亡事故でも79%を占めており、圧倒的に自動車が多くなっています※2。つまり、交通事故を防止するには、自動車運転者がミスや法令違反を犯さないようにすることが必要です。  図表3の○印は、自家用普通乗用車運転中に1当となった運転者数を示したものです。率が最も低い「55〜64歳」と比べて、「65〜74歳」は若干高いだけで、「75〜84歳」、「85歳以上」でも1・5倍以下であり、「18〜24歳」や「25〜34歳」と比べても、高齢者の率が極端に高いわけではありません。  では、若い人の運転が危険で、高齢者の運転は危険ではないのでしょうか。  1年間で、運転中に事故に遭う率は、以下のように表現することもできます。  年間の事故率(件数/年)=年間の運転頻度(運転頻度/年)×運転頻度あたり事故率(件数/運転頻度)  このため、運転頻度あたり事故率が高くても、年間の運転頻度が低ければ、年間の事故率は高くはなりません。  一方、図表3の■印は、自家用普通乗用車の運転頻度あたりの事故率(相対事故率)を示したものであり※3、○印に比べて65歳を超えると率が急激に上昇しています。つまり、高齢者は運転頻度あたりの事故率が高く、その運転方法は若い人に比べて危険である(事故を起こしやすい)と考えられます。  社会に与える影響としては、免許保有者数あたりの年間の事故率で考えた方がいいかもしれませんが、それでも75歳を超えると成年層の1・5倍近くになりますので、今後、高齢の運転免許保有者が増加することを考えると、高齢運転者の事故率の高さが大きな問題であることに変わりはありません。 高齢運転者の危険性―自己の能力の過大評価―  加齢にともない認知、判断および操作などの運転に必要な能力は低下しますが、図表3の■印が示す加齢にともなう相対事故率の上昇は、このような能力低下によるものだけではないと考えられます。  その理由を、先ほどの式を変形し、個人が1年間に事故に遭うことで考えてみましょう。  年間の事故件数=年間の運転頻度×運転頻度あたり事故率(件数/運転頻度)  この式の変数のなかで、一般に「運転頻度あたり事故率」を定量的に把握することはむずかしく、容易に把握できるものは「年間の事故件数」です。ただし、運転方法が少々危険であっても常に事故を起こすわけではなく、たまたま1年間事故に遭わなかったことで自分の運転能力に問題はないと誤って評価する者もいます。  人の運転行動を論じる際に使われる概念に、「認知モデル」というものがあります。このモデルでは、能力が低下してもそれを理解して運転方法を修正すれば、交通事故を防ぐことができるとしています。しかし、自己の能力評価が適切にできないと、運転方法の修正はできず、運転能力が低下した分、事故の危険性(例えば相対事故率)は上昇します。  図表3の■印や多くの調査研究が示してきたように、加齢にともなって運転能力が低下すること(運転頻度あたりの事故率が上昇すること)は確かなことですが、事故に遭っていないことで、自己の運転能力に問題はないと過大に評価すると、事故の危険性はさらに上昇します。 「意識」ではなく「行動」の変容を  図表4の左図は、過去6年間に脇見運転で人身事故を起こした者が、その後3年間に、同じ脇見運転で人身事故を起こした時の相対事故率を年齢層別に示したものです※4。  人は「反省の動物」といわれることもありますので、通常であれば事故を起こした者は同じ失敗をくり返さないように運転方法を修正するのではと考えられますが、この図はそれとは反対の傾向を示しています。  脇見運転は追突事故の原因となることが多い人的要因ですが、追突事故を防ぐためには、脇見をしないように注意レベルを上げればいい、というものではありません。人はどんなに注意してもミスを犯すものであり、高い緊張感を持続することはむずかしいものです。特に、高齢者の場合はなおさらです。  では、どうすればよいのか。それは、ミスをしても対応できる運転方法に修正することです。追突事故を防ぐのであれば、車間距離をあけることが効果的で実践可能です。外見からはわからない「意識」ではなく、外見からもわかりやすい「行動」で対応することです(図表5)。  図表4の右図は、同じく安全不確認を対象に描いたものです。安全不確認で人身事故を起こした者がその後も安全不確認で事故を起こす率(●)は高いのですが、脇見運転に比べ、事故経験のない者など(○、○)との差は小さくなっています。  安全不確認は、出会い頭事故の原因となることが多い人的要因であり、それを防ぐためには、一時停止して安全確認するように運転方法を修正することが効果的です。過去に同様の事故を起こしている、いないにかかわらず、行動化が大切です。しかも、一度停止しているので、発進直後の速度は低く、衝突しても人が死傷する人身事故になる率は低くなります。 おわりに  以下のような話題を通して、従業員の方の交通安全意識高揚を図ってみてはいかがでしょうか。 事故を防ぐための正しい理解 問 W1000日間無事故を続けることWとW2000日間無事故を続けることWどちらがむずかしいでしょうか? 答 W2000日間無事故を続けることWがむずかしい。  この問題は簡単ですが、すべての人がこの意味を十分に理解していないようです。  むずかしいことを達成するには努力が必要ですが、1000日間無事故が続くと気が緩んでしまい、以前よりも運転方法が危険な(運転頻度あたりの事故率が高い)ものとなって事故に遭ってしまうこともあります。次の1000日間のためには、いままで以上に安全運転に努める意識と行動をとることが大切です。 ※1 第1当事者(1当)は、最初に交通事故に関与した車両等(列車を含む)の運転者又は歩行者のうち、当該交通事故における過失が重い者、また過失が同程度の場合には人身損傷程度の軽い者。また、第2当事者(2当)は、当該交通事故の第1当事者が最初に衝突、接触した車両等(列車を含む)の運転者又は歩行者 ※2 交通事故総合分析センター:交通統計 平成29 年版 ※3 相対事故率は、運転頻度の指標として多くの資料で利用されている無過失で交通事故の2当となった者の数を使い、以下の式で計算したもの。相対事故率(=1当運転者数/無過失2当運転者数)。値は、「西田泰:交通事故の当事者属性を考慮した自動運転による事故防止、自動車安全運転シンポジウム講演資料」から引用 ※4 T.Matsuura & Y.Nishida:Study on mechanism of driving performance change with aging using cohort analysis of traffic accidents、ICAP2018 発表資料 図表1 年齢層別・状態別 死者数および死傷者数 2017年中 状態別 自動車乗車中 二輪車乗車中 自転車乗用中 歩行中 その他 全状態 年齢層 運転中 同乗中 死者数 24歳以下 71 58 118 32 60 1 340 25〜44歳 170 24 157 38 97 1 487 45〜64歳 288 31 221 83 219 5 847 65歳以上 414 165 136 326 972 7 2,020 全年齢 943 278 632 479 1,348 14 3,694 死傷者数 24歳以下 26,776 31,438 15,445 34,053 11,535 210 119,457 25〜44歳 127,946 27,151 21,480 20,889 11,118 247 208,831 45〜64歳 97,948 19,152 16,437 17,137 12,462 168 163,304 65歳以上 35,251 15,042 7,802 17,289 17,425 143 92,952 全年齢 287,921 92,783 61,164 89,368 52,540 768 584,544 出典:交通事故総合分析センター:交通統計 平成29年版 図表2 シートベルト着用者の年齢層別 致死率(2015〜17年) 致死率(%) 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 6歳以下 13〜15歳 20〜24歳 30〜34歳 40〜44歳 50〜54歳 60〜64歳 70〜74歳 80歳以上 全年齢 運転者 着用 前席同乗者 着用 後席等同乗者 着用 致死率(%)=死者数/死傷者数 出典:交通事故総合分析センター:交通統計 平成27〜29年版 図表3 年齢層別 免許保有者10万人あたり事故件数および相対事故率 免許保有者数あたり事故率(件/10万人/年) 600 500 400 300 200 100 0 18〜24歳 25〜34歳 35〜44歳 45〜54歳 55〜64歳 65〜74歳 75〜84歳 85歳以上 相対事故率(1当運転者数/無過失2当運転者数) 14 12 10 8 6 4 2 0 免許あたり事故率(2013〜17年平均) 相対事故率(2013〜17年平均) 出典:交通事故総合分析センター:自家用普通乗用車運転中の人身事故 2013〜17年 図表4 過去6年間(2004〜09年)に経験した事故の人的要因とその後3年間(2010〜12年)の同じ人的要因での相対事故率(自家用普通乗用車を同乗者なしで運転中の人身事故) 相対事故率 1.5 1.0 0.5 0.0 41.5 46.5 51.5 56.5 61.5 66.5 71.5 76.5 平均年齢(歳) 事故経験なし 脇見運転での事故経験あり 他要因での事故経験あり その後3年:脇見運転 5 4 3 2 1 0 41.5 46.5 51.5 56.5 61.5 66.5 71.5 76.5 平均年齢(歳) 事故経験なし 安全不確認での事故経験あり 他要因での事故経験あり その後3年:安全不確認 出典:T.Matsuura & Y.Nishida:Study on mechanism of driving performance change with aging using cohort analysis of traffic accidents、ICAP2018 発表資料を編集 図表5 「意識」ではなく「行動」をかえる 【P42-45】 知っておきたい 労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第8回 企業年金制度の受給額の減額、管理監督者の要件 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 企業年金制度の受給額を減額することはできるのか  当社では、退職後の従業員に対して、企業年金を支給することになっています。しかしながら、制度を構築してからかなりの時間が経過しており、支給すべき額が会社の現状に必ずしも合致していません。  企業年金の支給額を変更することは可能なのでしょうか。 A  企業年金の性質によって必要な手続きは異なりますが、変更の必要性、内容の合理性、手続きの正当性などを総合的に勘案したうえであれば変更を認められると考えられます。  ただし、多数の受給予定者に影響があるため、慎重に進めるべきと考えられます。 1 企業年金制度とその種類について  人口に占める高齢者の割合が増え、近年では、企業型の確定拠出年金などの利用も増えており、退職後の年金支給に企業が関与するような例もあります。  企業年金の基本的な種類としては、完全に自社のみで年金制度を運用するいわゆる自社年金と、根拠法令に基づき年金の原資を積み立てる外部積立型があります。企業型の確定拠出年金は外部積立型の一種となっています。  外部積立型の場合は、各種法令における受給額の変更に関する要件を充足しなければなりませんが、自社年金の場合は、企業の裁量により自由に設計することが可能であるため、企業年金の支給要件を就業規則で定めている例もあれば、労働協約などによって定めている例もあるなど、さまざまな方式が考えられるところです。 2 自社年金型の受給額変更について  自社年金型の場合、就業規則や労働協約など定め方はさまざまですが、事後的に年金額を変更しうる可能性がある旨の規定(以下、「改訂条項」)が明記されているといえるのか、という点が重要です。  現時点における支給額は、かつて企業に勤め続けた時期に説明を受けるなど、労働者としては将来受給できる権利として期待していることが通常であり、受給予定の労働者には帰責性がないこともあり、変更が容易に可能となると労働者の期待や権利が保護されないことになります。  一方、企業年金の受給額を変更することについては、企業の経営状況などをふまえ、会社を倒産させるよりは継続させるために、受給額の変更を肯定するほかない場合もあります。  過去には、早稲田大学(年金減額)事件(東京高裁平成21年10月29日判決、上告不受理により確定)において、自社年金型の年金における減額に関して、次のような判断がなされています。  「本件年金契約は、その内容が本件年金規則によって一律に規律されることを前提とし、加入者もそのことを容認し、また、退職後の給付内容についても、本件年金規則に定められた内容に従って決定されることを容認していたものと解される」としたうえで、「在職中のみならず、退職後、受給者となってからも、同規則による規律を受ける立場にある」と判断し、退職後においても変更することは可能と認められました。  そして、「楽観的な見通しによる計画は制度運用の実態に合わないものとなり、従来の給付水準を維持したままでは、本件年金基金の財政状況は更に著しく悪化し、将来的には年金財産がゼロとなって、年金制度自体の破綻も予想される事態に至っている」ことを理由に、20年かけて年金の支給額を最大35%引き下げるという必要性および変更内容については合理的と認められました。  ただし、労働者の権利を保護するために、 「控訴人が本件改定を行うに当たっては、信義則上、これらの契約当事者に対し誠実にその内容を説明し、その納得を得るための相応の手続を経ることが要請されているものと解すべき」として、手続的な相当性も重視されました。実際に取られた手続きとしては、年金委員会への諮問と受給者および受給予定者の3分の2の賛成を得るために説明会や修正案の作成を重ね、3分の2以上の同意を得られた修正を実施しており、相当な手続きと認められました。 3 外部積立型について  外部積立型年金の場合、根拠法令によって、手続き自体はさまざまですが、規約の変更について、労使で構成される代議員の議決または過半数労働者代表の同意を得るなどしたうえで、監督官庁の認可や承認を得ることが必要とされます。  また、認可や承認においては、経営状況の著しい悪化または掛金額の大幅な上昇により減額がやむを得ないと認められることおよび受給者などの意向を十分に反映させる措置を講じたうえで、十分な説明と意向確認の実施、全受給者の3分の2以上の同意、一時金の支給など緩和措置を講じていることなどが必要とされています。  監督官庁の承認や認可を得るための要件を充足したからといって、それに受給者が拘束されるか否かは別問題ではありますが、承認や認可の要件は相当厳格な内容として定められており、基本的にはこれらを充足した場合には、変更内容が有効と認められる可能性が高いと考えられます。 4 変更における留意点について  こうしてみると、自社年金型であっても、外部積立型であっても、変更において充足すべきとされている要件は、@改訂条項が存在していること、または改訂が監督官庁に承認または認可されること、A変更の必要性が認められること、B変更内容の合理性が認められること、C手続きの相当性が認められることが、多数の受給者との関係において年金受給額を変更するためには必要と考えられます。  特に、手続きの相当性については、受給予定者や受給者の3分の2以上の同意を得ることを目ざすことは重要な要素となっていると考えられますので、手続きの相当性に重点を置いていくことは必要でしょう。 Q2 管理監督者の要件について教えてほしい  管理監督者として割増賃金などの適用除外にしている労働者がいるのですが、本人から管理監督者といえるような状況にないとして、割増賃金の支払いを求められました。どのような要件が整えば、管理監督者といえるのでしょうか。 A  管理監督者と認められるためには、@実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの権限と責任があること、A労働時間に裁量が与えられていること、B割増賃金を不要とするにふさわしいだけの処遇(賃金)が支給されていることを総合的に考慮して決定されます。  なお、深夜の割増賃金は適用除外の範囲外ですので、深夜の労働部分については、割増賃金の支給が必要です。 1 管理監督者と労働基準法の関係  事業所においては、一定の役職以上の労働者などについては、時間外割増賃金の対象外としている例が多いでしょう。  その根拠となる労働基準法41条は「この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない」と定め、同条2号では「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」を適用除外の対象者にあげています。  しかしながら、いかなる場合に、「監督若しくは管理の地位にある者」(以下、「管理監督者」)として認められるのかについて、法令等に詳細な要件は定まっていません。 2 管理監督者の要件について  管理監督者の要件について、最高裁判例などで確定しているわけではないものの、行政解釈は一定程度示されているうえ、多くの裁判例が分析されており、おおむね次のような3つの要件の総合考慮によって判断する点については、一致してきています。 @実質的に経営者と一体的な立場にあり、重要な職務、責任、権限が付与されていること A労働時間の決定について厳格な制限や規制を受けていないこと B地位と権限にふさわしい賃金上の待遇を付与されていること  これらの要件を考慮したうえで、最終的には、労働時間規制の枠を超えて就労することを要請されてもやむを得ないような重要な職務と権限を付与されているといえるか否かという観点から、それぞれの要素を総合的に考慮して判断されるべきと考えられています。 3 経営者との一体性について  経営者との一体性といわれても、会社によってそのような地位にあるかについて形式的に決められるとはかぎりません。主たる判断要素として考慮されている事情を整理すると次のようになります。 (ア)経営に関する意思決定への参加(例えば、取締役会への参加や幹部会議など経営上重要な意思決定の場への参加) (イ)労務管理上の指揮監督権があること(典型的には、部下が存在し、指揮命令の対象となる労働者がいることや部下の採用や待遇決定の権限が与えられていること) (ウ)実際の職務内容および職責の重要性(例えば、経営計画や予算案の策定などへの関与があること)  なお、かつては経営者との一体性については、企業全体に対する関与が求められる傾向にありましたが、近年は、組織や部署ごとに管理を分担させつつ連携統合する企業が一般的であることから、部門における統括的立場にあることで足りるという見解も示されています。 4 労働時間に対する自由裁量について  労働時間の自由裁量に関する主たる判断要素は、次の通りです。 (ア)出退勤や勤務時間の管理がなされているか (イ)遅刻や早退に対する制裁が実施されていないか (ウ)職員との交代勤務や職員に対するバックアップが義務付けられていないか  これらのうち、(ア)の要素に関する基本的な考え方としては、時間の管理把握をしてはならないというほどの厳格さがあるわけではなく、遅刻などに対する制裁などがないことの方が重要と考えられます。なぜなら、管理監督者といえども、健康管理の側面などから、労働時間を把握すべき対象にはならざるを得ないうえ、改正労働安全衛生法などにおいても時間把握の対象労働者には含まれていますので、労働時間についてタイムカードの打刻(だこく)などがあるだけで管理監督者性が否定されてしまうと、管理監督者として認められる余地がなくなってしまうからです。  また、判断がむずかしくなるのは、プレイングマネージャーのような立場にある場合であり、(ウ)の要素との関係において、通常の労働者と同様の業務を行っていることが時間外労働の主たる原因となっているような場合には、管理監督者性が否定されやすくなることには留意する必要があります。 5 賃金などの処遇について  賃金などの処遇に関する主たる判断要素は、次の通りです。 (ア)社内における収入の順位 (イ)平均収入との比較、役職者以外の労働者との比較 (ウ)金額自体が高額といえるか  これらのうち、(ア)および(イ)につい ては、会社ごとの相対的な評価になりますが、 (ウ)については時間外労働に対する割増賃金を支給している場合と遜色(そんしょく)ない程度に至っているといえるかという観点が重要となりま す。 6 深夜労働に対する割増賃金について  管理監督者が認められた場合に、深夜業の割増賃金も適用が除外されるかについては、条文の規定が明確ではないこともあり、見解が分かれていました。  この点については、2009(平成21)年12月18日の最高裁判決(ことぶき事件)において、結論が明確に示されました。  最高裁は、「労働が1日のうちのどのような時間帯に行われるかに着目して深夜労働に関し一定の規制をする点で、労働時間に関する労基法中の他の規定とはその趣旨目的を異にする」こと、および「第6章中の規定であって年少者に係る深夜業の規制について定める61条をみると、同条4項は、上記各事業については同条1項ないし3項の深夜業の規制に関する規定を適用しない旨別途規定している。こうした定めは、同法41条にいう『労働時間、休憩及び休日に関する規定』には、深夜業の規制に関する規定は含まれていないことを前提とするものと解される」ことを理由として、管理監督者について、深夜の時間外割増賃金まで適用が除外されるものではないという結論が示されました。  深夜割増手当も含めた固定時間外割増賃金が支払われている場合には、別途当該固定時間外割増賃金が明確に区別されているかなどによって結論は左右されますが、管理監督者の深夜割増賃金を支給対象外にすることは許されず、その結果、深夜労働時間については時間管理の必要があることになりますので、注意が必要でしょう。 【P46-47】 高齢者雇用と働き方改革 治療と仕事の両立支援のポイント  「働き方改革」で重要なのは、長時間労働の是正や処遇改善だけではありません。高齢従業員の増加にともない、病気を抱える高齢者が、持っている能力を安心して発揮できるよう、病気の治療と仕事の両立を支援する取組みがいままで以上に重要になります。そこで、事業者に求められる両立支援のポイントについて解説します。 第2回 個人情報の入手・整理と個人情報の取扱い 産業医科大学 保健センター 副センター長 立石清一郎 はじめに  今回は、個人情報を収集する際のポイントを簡潔にまとめ、必要な情報をタイムリーに取得するためのヒントを示したいと思います。 健康に関する個人情報「要配慮個人情報」  2017(平成29)年5月に改正された個人情報保護法により、健康に関連する個人情報(病歴、健康診断結果など)は「要配慮個人情報」として適正に取り扱うことが必要になりました。要配慮個人情報は、原則として情報収集にあたっては本人の同意が必要です。また、労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針(平成30年9月7日公示第1号)によると、事業者が労働者の心身の健康を確保するために必要な情報は、業務内容によって異なることから、適切な情報収集・活用を行うために安全衛生委員会などを利用して「取扱規定」を定めることが要求されています。当然のことながら、両立支援に関連する情報もこの枠組みに該当します。 個人情報の取扱いについて  両立支援のように個別の個人情報の取得に際しては、@目的の明示、A個人情報開示の範囲、B本人の同意、が重要となります。 @ 事業者が個人情報を収集する目的は、「労働者の健康確保措置や安全配慮義務を履行すること」です。これ以外の目的は原則的に存在しません。すなわち、就業上の配慮を行うために個人情報を収集することが目的となります。本人の不当解雇・不当な動機による配置転換など不利益な変更を行うための個人情報収集はできません。 A 個人情報開示の範囲の取り決めは、収集した情報の開示範囲を事前に明示しておくことが必要になります。事業場でいえば、産業医、上司、事業者、人事、関連する他部門などのうち、どの範囲まで開示されるかについて、情報収集の際に明示することが必要です。 B @・Aが明示されたうえで、労働者である本人の自発的な同意が必要です。 個人情報の入手方法  一般的に、両立支援において入手する個人情報は、多くは治療を受けている医療機関に依頼して収集します。前項で記載した個人情報収集の原則に基づいて、事業者が本人に対して、情報収集の目的の明示と開示範囲を示したうえで同意を得ることが必要になります。多くの事業場では、医療機関に任意の書式で健康情報の記載と就業配慮に対する意見を要求していると思います。医療機関が作成する意見書に対しては、「就業規則に則っていないので対応しようがない」、「難解な医学用語が多く理解不能」など、厳しいコメントが散見されますが、そもそも、本来は事業者側が目的の明示をしていないので、医療機関からは手探りでしかコメントが出されないという現状があります。当該労働者に関するピンポイントの意見書がほしいのであれば、事業者側からアクションを起こす方がリーズナブルであるといえます。その際参考になる書式として、「職場・事業場向け両立支援パス」(産業医科大学 産業医実務研修センターホームページに収載※)があります。 個人情報の取扱いケース例  これまでの一般的な話は、これまで両立支援を経験してこなかった事業場にとっては雲をつかむような話で理解しにくいかもしれません。そこで今回は、事例を通して理解を深めてもらうこととします。事例は完全に創作したもので、モデルケースもありません。 ケース1  食品製造工場勤務のAさん(62歳、女性)は、交代制勤務で夜勤が月に10日ほどあります。ある日、Aさんから「乳がんと診断されたため、仕事を休む必要がある」との申し出がありました。事業場側はAさんに対し、それを証明する診断書を要求しました。  個人情報収集の原則から、「目的(仕事を休むことの根拠となる病名など)の明示」、「個人情報開示の範囲(上司、人事など)の明示」、「本人の同意」が必要となります。この段階で収集する情報としては、病名とあわせて「乳がんのため●カ月の加療が必要である」と休職期間が記載されている診断書の発行が一般的となります。 ケース2  6カ月の休職期間を経て、Aさんから復職の意向が示されました。復職にあたり、事業者は病院定型の書式での情報提供を求めました。復職の診断書(意見書)には、「乳がんステージVa。外科手術、抗がん剤、放射線療法、ホルモン療法を実施した。●年●月●日より復職可能である。ただし、1日3時間ほどの勤務および週3日の勤務からスタートし、徐々に勤務時間・勤務日を伸ばしていくことが必要である。また、夜勤は体調悪化の可能性があるので実施してはならない」と記載されていました。Aさんは正職員であり、1日8時間・週5日の勤務が就業規則に記載されていることから、復職を延期する旨を人事部より伝えられ、Aさんは釈然としない気持ちになりました。  復職の段階での情報収集の目的は、「労働者の健康確保措置や安全配慮義務を履行すること」です。そのために、現状の業務と実施可能な就業配慮を示したうえで、医療機関に必要な情報を求める方が適切といえるでしょう。医療機関は職場の情報を知りえないため、今回のケース2のような記載となり、事業場側からすると「不適切な診断書(意見書)が発行された」ととらえがちで、事業者と本人・医療機関の溝は深まってしまいます。お互いの不信感が生まれないよう、できるだけ必要な情報が必要なだけ記載されるような工夫が必要です。  産業医や産業看護職がいない職場では、ステージ・治療法などは直接的に関係しない情報といえます。むしろ事業場の側から、例えば「当該労働者は正職員であるため、最低限1日8時間・週5日間の勤務が求められます。また、夜勤がありますが、復職後半年程度は実施しないことが可能です。必要な配慮についてご教授ください」などの記載があれば、医療機関から、大きく外れた意見が出てくる可能性は低くなります(このことは前述の「職場・事業場向け両立支援パス」の利用によって実証済みです)。事業者と治療が必要な従業員との信頼関係を構築するためには、事業場が求める情報を明確化したうえで、医療機関への働きかけを行うことが大切です。 ※ http://ohtc.med.uoeh-u.ac.jp/ryouritsu/tool/ 【P48-51】 特別寄稿 経験者から見た「役職定年制」の評価・課題とキャリア・シフト・チェンジ 求められる「役職定年制」の再構築 玉川大学経営学部教授 大木 栄一 1 はじめに「役職定年制」の役割とは  「役職定年制(一定年齢に達したときに役割を解く制度や仕組み)」・「役職の任期制(管理職の役職を一定期間で改選することを前提にこの期間の業績を厳しく管理し、任期末に管理職としての適・不適を審査し、再任、昇進、降職、ほかのポストへの異動などを行う、役職への就任年数を限定する制度)」は、役職段階別に管理職がラインから外れて専門職などで処遇される制度である。大手企業では、おおむね1980年代から行われた55歳定年制から60歳定年制への移行に際して、主に組織の新陳代謝・活性化の維持(次世代育成のため)、人件費の増加の抑制などのねらいで導入されたケースと、1990年代以降に社員構成の高齢化にともなうポスト不足の解消などのねらいから導入されたケースが多いとされている。  別の見方をすれば、「役職定年制」・「役職の任期制」(二つの仕組みはほぼ同じような仕組みであるため、以下では「役職定年制」と略す)はキャリアの成功者であり、キャリアに強くこだわってきた部長や次・課長などの経験者を対象に強制的にキャリア・シフト・チェンジをうながすことができる制度である。これまで、企業で導入されている多くの「役職定年制」は60歳定年をベースとして、50代後半以降に就いていた役職を降りるような制度設計がされており、役職を降りた後の就労期間は短く設定されている。そのため、役職を降りた後のキャリアや働く意欲・会社に尽くそうとする意欲を考慮せずに、制度設計が行われている可能性が高いと考えられる。しかしながら、今後は、2012(平成24)年度の高年齢者雇用安定法改正にともない就業期間が長期化していくなかで、役職を降りた後の就労期間が長くなる可能性が高い。そのため、役職を降りた従業員のキャリアや働く意欲・会社に尽くそうとする意欲に配慮した制度に再構築していく必要に迫られている。  こうした問題意識をふまえて、ここでは、キャリアの成功者であり、キャリアに強くこだわってきた部長や次・課長などの経験者を対象に強制的にキャリア・シフト・チェンジをうながすことができる「役職定年制」で、就いていた役職を降りた経験がある50代の従業員を対象にしたアンケート結果の分析※を通して、「役職定年制」がどのように運用され、そして、どのように評価され、さらに、どのような課題があるのかを紹介する。こうしたことは、「役職定年制」が「キャリアを巡って、企業と従業員のニーズを調整する」役割をになっているのかを明らかにすることでもある。 2 経験者から見た「役職定年制」の実態と評価・課題  「役職定年制」がどのように運用され、そして、どのように評価され、さらに、どのような課題があるのかについて、「運用面」からみると、第一に、経験者が降りた役職は、「課長」が半数以上の55・7%を占め最も多く、次いで、「部長」(21・8%)、「係長・主任・現場監督者」(11・4%)、「次長」(9・5%)がこれに続いている。  第二に、経験者が対象となる役職を降りた年齢は、平均すると54・0歳になる。また、経験者が対象となる役職(降りた役職)に就いていた期間は平均すると138・3カ月になる。  第三に、経験者が役職を降りた職場・職種は、役職を降りる前とどのように変化したのかについてみると、「職場と職種の両方が同じ」が半数を占め最も多く、残りを「職場と職種の両方が異なる」(20・8%)、「職場は異なるが、職種は同じ」(16・8%)、「職場は同じであるが、職種は異なる」(12・7%)に分かれている。  第四に、経験者が役職を降りた後の主な仕事・役割は「所属部署の主要な業務」が52・8%と半数以上を占め、残りを「社員の補助・応援」(20・3%)、「部下マネジメント等の管理業務」(10・8%)、「所属部署の後輩社員の教育」(5・4%)、「経営層・上司の相談・助言」(3・2%)がこれに続いている。  「役職定年制」の課題について、経験者が役職を降りた後の「仕事に対する意欲」の変化からみると、仕事に対する意欲が「下がった」が59・2%、「変わらない」が34・4%、「上がった」が5・4%であり、6割弱の経験者が仕事に対する意欲が下がっている。特に、役職を降りた後の主な仕事・役割が「社員の補助・応援」を行っている経験者ほど、「仕事に対する意欲」が下がっている者が多くなっている。さらに、「会社に尽くそうとする意欲」の変化からもみると、会社に尽くそうとする意欲が「下がった」が59・2%、「変わらない」が35・4%、「上がった」が5・4%であり、「仕事に対する意欲」と同様に、6割弱の経験者が会社に尽くそうとする意欲が下がっている。特に、就いていた役職が高い経験者ほど、あるいは、役職を降りた後の主な仕事・役割が「社員の補助・応援」を行っている経験者ほど、「会社に尽くそうとする意欲」が下がっている者が多くなっている。 3 今後(役職離脱後)の職業生活(キャリア)を考えるための視点からみた「役職定年制」の評価  「役職定年制」の経験は、今後(役職離脱後)の職業生活(キャリア)を考えるために、どの程度役に立ったのであろうか。表1に示したように、「役に立った」(「役に立った」5・7%+「ある程度役に立った」32・3%)は38・0%、「役に立たなかった」(「あまり役に立たなかった」39・9%+「役に立たなかった」22・2%)は62・0%であり、否定的な回答が多く、今後のキャリアを考えるのに役立つと答えたのは、4割弱に留まっている。役職離脱は、大きな節目とは感じず、意識の切り替えのきっかけにはなっていないようである。  どのような経験者が「役職定年制」を評価しているのかについてみると、第一に、これまで自分自身の職業生活(キャリア)について考えてきた経験者ほど、「役職定年制」の経験が、今後(役職離脱後)の職業生活(キャリア)を考えるために、「役に立った」と評価する者が多くなっている。  第二に、これまでに、職業生活(キャリア)の相談やアドバイスを受けることができた経験者ほど、「役職定年制」の経験が、今後(役職離脱後)の職業生活(キャリア)を考えるために、「役に立った」と評価する者が多くなっている。  第三に、勤務先が職業生活(キャリア)の希望を把握していると考えている経験者ほど、「役職定年制」の経験が、今後(役職離脱後)の職業生活(キャリア)を考えるために、「役に立った」と評価する者が多くなっている。  このような結果から明らかになったことを整理すれば、企業が「役職定年制」を用いて、従業員のキャリアをシフト・チェンジさせるためには、「キャリアを巡って、企業と従業員のニーズを調整する(マッチング)仕組み」を整備することが必要不可欠であることがわかる。そのためには、企業は従業員の職業生活(キャリア)の希望を把握することは重要である。さらに、ニーズを調整する(マッチング)仕組みには、ニーズに適合する準備に向けた支援も含まれる。特に、企業よりも情報の非対称性が強い従業員への支援が重要になってくるので、従業員の職業生活(キャリア)の相談やアドバイスが重要になってくる。こうした「調整する(マッチング)仕組み」を整備せずに、強制的にキャリアをシフト・チェンジすると、「役職定年制」の経験を大きな節目とは感じず、意識の切り替えのきっかけにならず、その結果、働く意欲・会社に尽くそうとする意欲の低下を招くことにつながっていると考えられる。 4 おわりに求められる「役職定年制」の再構築  高年齢者雇用安定法改正にともない就業期間が長期化し、それに対応する形で、60代前半層(「高齢社員」と呼ぶ)への期待役割が変化してきている。その変化とは「第一線で働く能力」よりも「現役世代の力になる能力」である。こうした傾向は、高齢社員の雇用形態が非正規社員である企業ほど、言い換えれば、雇用形態として非正規社員を採用している大企業ほど、顕著に見られる傾向である。  このように、大企業を中心に高齢社員への期待役割が変化するなかで、高齢社員が60歳以降の高齢期に能力を発揮するには、中高年期(45歳以降)に60歳以降の高齢期に必要な職業能力を獲得し、かつ、意識面(仕事の仕方と姿勢)で適応するために高齢期の働き方の準備を、企業と従業員の両方で整えておく必要がある。さらに、今後は、就業期間の長期化にともない、企業と従業員が新しい働き方のキャリア・ステージをどのように設定していくのかが重要になってくる。  例えば、第1ステージは能力を形成する時期、第2ステージは能力を発揮する時期、第3ステージは現役世代をサポートする時期、ととらえた場合、ステージごとに、効果的にキャリアをシフト・チェンジするための仕掛け、つまり、「キャリアを巡って、企業と従業員のニーズを調整する(マッチング)仕組み」を整備することが重要な検討事項になってくると考えられる。このニーズを調整する(マッチング)仕組みには、ニーズに適合する準備に向けた支援も含まれる。このことは、これまでの「企業主導型のキャリア管理」から「企業と従業員のニーズを調整する『調整型のキャリア管理』」へ人事管理を変化させることを表している。  現状でも、定年(60歳)はこれまでのように職業人生の終着点ではなく、新たな職業人生の出発点もしくは職業人生の一つの通過点へと変化しており、59歳以下の正社員(「現役正社員」)にとっては強制的にキャリアをシフト・チェンジする機会と位置づけることもできるようになってきている。  高齢期に向けてのキャリア・シフト・チェンジは従業員一人の力だけではできるものではなく、会社や職場の上司からのサポートも重要である。最終的には組織として、「定年制」に代表される強制的にキャリアをシフト・チェンジする仕組みも重要になってくると考えられる。しかしながら、効果的に従業員のキャリアをシフト・チェンジさせるためには、定年前に「キャリアを巡って、企業と従業員のニーズを調整する(マッチング)仕組み」を整備することが必要不可欠であり、こうした「調整する(マッチング)仕組み」を整備せずに、強制的にキャリアをシフト・チェンジすると、従業員の働く意欲・会社に尽くそうとする意欲の低下を招く危険性もともなってくる。  同様なことは、キャリアの成功者であり、キャリアに強くこだわってきた部長や次・課長などの経験者を対象に強制的にキャリア・シフト・チェンジをうながすことができる「役職定年制」にもあてはまる。  企業が「役職定年制」を用いて、効果的に従業員のキャリアをシフト・チェンジさせるためには、「キャリアを巡って、企業と従業員のニーズを調整する(マッチング)仕組み」を整備することが必要である。そのためには、第一に、従業員が自分自身の職業生活(キャリア)について考える機会としてのキャリア開発研修が必要である。あわせて、従業員が職業生活(キャリア)の相談やアドバイスを受ける機会の整備も重要になってくる。  第二に、企業は従業員の職業生活(キャリア)の希望を把握することが大切であり、把握する仕組みとして不可欠なのが自己申告制度である。「役職定年制」を効果的に運用するためには「企業と従業員のニーズを調整する(マッチング)仕組み」を基盤とした自己申告制の整備・拡充が求められる。 〔参考文献〕 ● 大木栄一・鹿生治行・藤波美帆(2014)「大企業の中高年齢者(50歳代正社員)の教育訓練政策と教育訓練行動の特質と課題―65歳まで希望者全員雇用時代における取り組み」『日本労働研究雑誌』第643号 ● 鹿生治行・大木栄一・藤波美帆(2016)「継続雇用者の戦力化と人事部門による支援課題―生涯現役に向けた支援のあり方を考える」『日本労働研究雑誌』第667号 ● 高齢・障害・求職者雇用支援機構(2013)『企業の高齢者の受け入れ・教育訓練と高齢者の転職に関する調査研究報告書―高齢期のエンプロイアビリティ向上にむけた支援と労働市場の整備に関する調査研究会報告書』 ● 高齢・障害・求職者雇用支援機構(2016)『高齢社員の人事管理と展望―生涯現役に向けた人事戦略と雇用管理の研究委員会報告書―(平成27年度)』 ● 高齢・障害・求職者雇用支援機構(2018)『65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―(平成30年度)』) ※ 詳細な分析結果については高齢・障害・求職者雇用支援機構(2018)『65 歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―(平成30年度)』 表1 今後(役職離脱後)の職業生活(キャリア)を考えるための視点からみた「役職定年制」の評価 (単位:%) 全体 役に立った 役に立たなかった 役に立った ある程度役に立った あまり役に立たなかった 役に立たなかった 全体 316 38.0 5.7 32.3 39.9 22.2 62.0 職業生活(キャリア)についてどの程度考えてきたか 考えてきた 28 64.3 21.4 42.9 17.9 17.9 35.7 ある程度考えてきた 177 42.4 6.2 36.2 36.2 21.5 57.6 あまり考えてこなかった 102 26.5 1.0 25.5 52.0 21.6 73.5 考えてこなかった 9 0.0 0.0 0.0 44.4 55.6 100.0 職業生活(キャリア)の相談やアドバイスの受講状況 受けることができた 17 58.8 17.6 41.2 23.5 17.6 41.2 ある程度受けることができた 128 51.6 7.0 44.5 32.8 15.6 48.4 あまり受けることができなかった 124 26.6 4.8 21.8 58.1 15.3 73.4 受けることができなかった 47 23.4 0.0 23.4 17.0 59.6 76.6 勤務先における職業生活(キャリア)の希望に関する把握状況 把握している 14 71.4 35.7 35.7 7.1 21.4 28.6 ある程度把握している 142 50.7 4.2 46.5 40.1 9.2 49.3 あまり把握していない 121 25.6 3.3 22.3 51.2 23.1 74.4 把握していない 39 17.9 7.7 10.3 15.4 66.7 82.1 出典:高齢・障害・求職者雇用支援機構(2018)『65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―(平成30年度)』 【P52-57】 労務資料 平成30年就労条件総合調査結果の概況 厚生労働省 政策統括官付参事官付賃金福祉統計室  厚生労働省は、主要産業における企業の労働時間制度や賃金制度などについて総合的に調査して、民間企業における就労条件の現状を明らかにすることを目的に、毎年、「就労条件総合調査」を実施しています。  平成30年調査では、「労働時間制度」、「賃金制度」、「退職給付(一時金・年金)制度」を調査しています。本誌では、このなかから「退職給付(一時金・年金)制度」を抜粋して、その結果を紹介します。  調査の時期は2018(平成30)年1月1日現在で、調査対象は、常用労働者が30人以上の民営企業から、産業、企業規模別に一定の方法によって抽出した企業約6400社。有効回答数は3697企業、有効回答率は58・0%でした。 「退職給付(一時金・年金)制度」以外の調査結果のポイント 1.年次有給休暇の取得状況  年次有給休暇の付与日数は18・2日(2017年調査18・2日)、そのうち労働者が取得した日数は9・3日(同9・0日)で、取得率は51・1%(同49・4%)となっています。 2.勤務間インターバル制度の導入状況  実際の終業時刻から始業時刻までの間隔が11時間以上空いている労働者の状況別の企業割合は「全員」40・5%(同37・3%)と「ほとんど全員」33・5%(同34・3%)をあわせて7割以上となっています。  また、勤務間インターバル制度の導入状況別の企業割合は、「導入している」が1・8%(同1・4%)、「導入を予定又は検討している」が9・1%(同5・1%)でした。 おもな用語の定義 1.退職給付(一時金・年金)制度  任意退職、定年、解雇、死亡等の事由で雇用関係が消滅することによって、事業主又はその委託機関等から当該労働者(又は当該労働者と特定の関係にある者)に対して、一定の金額を支給する制度。 2.退職一時金制度  退職時に一括して一時金(退職給付手当、退職慰労金、退職功労報奨金等)を支給する制度。 3.退職年金制度  労働者の退職後、一定期間又は生涯にわたって一定の金額を年金として支給する制度をいう。ただし、年金を一時金として受け取ることができる場合を含む。 退職給付(一時金・年金)制度 1.退職給付制度の有無及び形態(表1)  退職給付(一時金・年金)制度がある企業割合は80・5%となっている。企業規模別にみると、「1000人以上」が92・3%、「300〜999人」が91・8%、「100〜299人」が84・9%、「30〜99人」が77・6%となっている。産業別にみると、「複合サービス事業」が96・1%と最も高く、次いで「鉱業、採石業、砂利採取業」が92・3%、「電気・ガス・熱供給・水道業」が92・2%となっている。  退職給付制度がある企業について、制度の形態別の企業割合をみると「退職一時金制度のみ」が73・3%、「退職年金制度のみ」が8・6%、「両制度併用」が18・1%となっている。 2.退職一時金制度の支払準備形態(表2)  退職一時金制度がある企業について、支払準備形態(複数回答)別の企業割合をみると、「社内準備」が57・0%、「中小企業退職金共済制度」が44・0%、「特定退職金共済制度」が11・5%となっている。 3.退職年金制度の支払準備形態(表3)  退職年金制度がある企業について、支払準備形態(複数回答)別の企業割合をみると、「厚生年金基金(上乗せ給付)」が20・0%、「確定給付企業年金(CBP※を含む)」が43・3%、「確定拠出年金(企業型)」が47・6%となっている。 退職給付(一時金・年金)の支給実態 1.退職者の状況(表4)  退職給付(一時金・年金)制度がある企業について、平成29年1年間における勤続20年以上かつ45歳以上の退職者がいた企業割合は、26・6%となっている。  退職給付(一時金・年金)制度がある勤続20年以上かつ45歳以上の退職者がいた企業について、退職事由別の退職者割合をみると、「定年」が64・3%、「定年以外」では「会社都合」が5・4%、「自己都合」が22・8%、「早期優遇」が7・5%となっている。 2.退職事由別退職給付額(表5)  退職給付(一時金・年金)制度がある勤続20年以上かつ45歳以上の退職者がいた企業について、平成29年1年間における勤続20年以上かつ45歳以上の退職者に対し支給したまたは支給額が確定した退職者一人平均退職給付額(以下、「退職給付額」とする)を退職事由別にみると、どの学歴においても「早期優遇」が最も高く、「自己都合」が最も低くなっている。  退職事由のうち「定年」退職者の退職給付額を学歴別にみると、「大学・大学院卒(管理・事務・技術職)」1983万円、「高校卒(管理・事務・技術職)」1618万円、「高校卒(現業職)」1159万円となっている。 3.退職給付制度の形態別退職給付額(定年退職者)(表6)  退職給付(一時金・年金)制度がある勤続20年以上かつ45歳以上の退職者がいた企業について、平成29年1年間における勤続20年以上かつ45歳以上の定年退職者に対して支給したまたは支給額が確定した退職給付額を退職給付制度の形態別にみると、「大学・大学院卒(管理・事務・技術職)」では「退職一時金制度のみ」が1678万円、「退職年金制度のみ」が1828万円、「両制度併用」が2357万円となっている。「高校卒(管理・事務・技術職)」では、「退職一時金制度のみ」が1163万円、「退職年金制度のみ」が1652万円、「両制度併用」が2313万円となっている。「高校卒(現業職)」では、「退職一時金制度のみ」が717万円、「退職年金制度のみ」が1177万円、「両制度併用」が1650万円となっている。  「勤続35年以上」についてみると、「大学・大学院卒(管理・事務・技術職)」では「退職一時金制度のみ」が1897万円、「退職年金制度のみ」が1947万円、「両制度併用」が2493万円となっている。「高校卒(管理・事務・技術職)」では、「退職一時金制度のみ」が1497万円、「退職年金制度のみ」が1901万円、「両制度併用」が2474万円となっている。「高校卒(現業職)」では、「退職一時金制度のみ」が1080万円、「退職年金制度のみ」が1524万円、「両制度併用」が1962万円となっている。 ※CBP……「キャッシュ・バランス・プラン」。「確定給付型」と「確定拠出型」の両方の特徴をあわせもつ 表1 退職給付(一時金・年金)制度の有無、退職給付制度の形態別企業割合 (単位:%) 企業規模・産業・年 全企業 退職給付(一時金・年金)制度がある企業1) 退職給付(一時金・年金)制度がない企業 (再掲)退職給付制度がある 退職給付制度の形態 退職一時金制度のみ 退職年金制度のみ 両制度併用 退職一時金制度がある(両制度併用を含む) 退職年金制度がある(両制度併用を含む) 平成30年調査計 100.0 80.5 (100.0) (73.3) (8.6) (18.1) 19.5 (91.4) (26.7) 1,000人以上 100.0 92.3 (100.0) (27.6) (24.8) (47.6) 7.7 (75.2) (72.4) 300〜999人 100.0 91.8 (100.0) (44.4) (18.1) (37.5) 8.2 (81.9) (55.6) 100〜299 人 100.0 84.9 (100.0) (63.4) (12.5) (24.1) 15.1 (87.5) (36.6) 30〜99人 100.0 77.6 (100.0) (82.1) (5.4) (12.5) 22.4 (94.6) (17.9) 鉱業、採石業、砂利採取業 100.0 92.3 (100.0) (78.8) (6.1) (15.1) 7.7 (93.9) (21.2) 建設業 100.0 87.5 (100.0) (70.5) (7.3) (22.2) 12.5 (92.7) (29.5) 製造業 100.0 88.4 (100.0) (69.8) (9.7) (20.5) 11.6(90.3) (30.2) 電気・ガス・熱供給・水道業 100.0 92.2 (100.0) (47.6) (14.9) (37.5) 7.8 (85.1) (52.4) 情報通信業 100.0 86.1 (100.0) (51.4) (18.0) (30.5) 13.9 (82.0) (48.6) 運輸業、郵便業 100.0 71.3 (100.0) (74.8) (5.2) (20.0) 28.7 (94.8) (25.2) 卸売業、小売業 100.0 78.1 (100.0) (65.1) (12.9) (22.1) 21.9 (87.1) (34.9) 金融業、保険業 100.0 88.6 (100.0) (39.4) (19.2) (41.4) 11.4 (80.8) (60.6) 不動産業、物品賃貸業 100.0 81.5 (100.0) (70.6) (7.5) (21.8) 18.5 (92.5) (29.4) 学術研究、専門・技術サービス業 100.0 86.8 (100.0) (57.6) (15.7) (26.7) 13.2 (84.3) (42.4) 宿泊業、飲食サービス業 100.0 59.7 (100.0) (81.0) (9.0) (10.1) 40.3 (91.0) (19.0) 生活関連サービス業、娯楽業 100.0 65.3 (100.0) (86.1) (5.0) (8.9) 34.7 (95.0) (13.9) 教育、学習支援業 100.0 86.5 (100.0) (79.9) (0.6) (19.5) 13.5 (99.4) (20.1) 医療、福祉 100.0 87.3 (100.0) (88.6) (3.8) (7.6) 12.7 (96.2) (11.4) 複合サービス事業 100.0 96.1 (100.0) (63.2) (4.4) (32.5) 3.9 (95.6) (36.8) サービス業(他に分類されないもの) 100.0 68.6 (100.0) (79.6) (7.3) (13.1) 31.4 (92.7) (20.4) 平成30※年調査計2) 100.0 77.8 (100.0) (70.9) (9.8) (19.3) 22.2 (90.2) (29.1) 平成25年調査計 100.0 75.5 (100.0) (65.8) (11.6) (22.6) 24.5 (88.4) (34.2) 注:1)( )内の数値は、「退職給付(一時金・年金)制度がある」企業を100とした割合である   2)「平成30※年調査計」は、「常用労働者30人以上である会社組織の民営企業」で、「複合サービス事業」を含まない集計であり、平成25年調査と時系列で比較する場合には、こちらを参照されたい 表2 退職一時金制度の支払準備形態別企業割合 (単位:%) 企業規模・年 退職一時金制度がある企業1)2) 退職一時金制度の支払準備形態(複数回答) 社内準備 中小企業退職金共済制度 特定退職金共済制度 その他 平成30年調査計 [91.4] 100.0 57.0 44.0 11.5 10.5 1,000人以上 [75.2] 100.0 91.4 0.5 2.6 8.9 300〜999人 [81.9] 100.0 81.6 15.1 9.0 7.6 100〜299人 [87.5] 100.0 67.9 36.5 9.5 9.7 30〜99人 [94.6] 100.0 49.8 50.8 12.7 11.1 平成30※年調査計3) [90.2] 100.0 60.6 49.7 9.5 4.1 平成25年調査計 [88.4] 100.0 64.5 46.5 7.5 3.9 注:1)[ ]内の数値は、退職給付(一時金・年金)制度がある企業のうち、「退職一時金制度がある」企業割合である 2)「退職一時金制度がある企業」には、「両制度併用」を含む 3)「平成30※年調査計」は、「常用労働者30人以上である会社組織の民営企業」で、「複合サービス事業」を含まない集計であり、平成25年調査と時系列で比較する場合には、こちらを参照されたい 表3 退職年金制度の支払準備形態別企業割合 (単位:%) 企業規模・年 退職年金制度がある企業1)2) 退職年金制度の支払準備形態(複数回答) 厚生年金基金(上乗せ給付) 確定給付企業年金(CBPを含む) 確定拠出年金(企業型) 企業独自の年金 平成30年調査計 [26.7] 100.0 20.0 43.3 47.6 3.8 1,000人以上 [72.4] 100.0 7.2 62.4 63.9 4.5 300〜999人 [55.6] 100.0 9.7 59.7 50.6 3.3 100〜299人 [36.6] 100.0 13.6 49.2 46.6 2.7 30〜99人 [17.9] 100.0 30.5 30.0 44.5 4.6 平成30※年調査計3) [29.1] 100.0 17.1 45.0 50.6 3.3 平成25年調査計 [34.2] 100.0 44.8 35.6 35.9 2.8 注:1)[ ]内の数値は、退職給付(一時金・年金)制度がある企業のうち、「退職年金制度がある」企業割合である 2)「退職年金制度がある企業」には、「両制度併用」を含む 3)「平成30※年調査計」は、「常用労働者30人以上である会社組織の民営企業」で、「複合サービス事業」を含まない集計であり、平成25年調査と時系列で比較する場合には、こちらを参照されたい 表4 退職者のいた企業割合、退職事由別退職者割合 (単位:%) 企業規模・産業・年 退職給付(一時金・年金)制度がある企業1) 勤続20年以上かつ45歳以上の退職者がいた企業 勤続20年以上かつ45歳以上の退職者2) 定年 定年以外 会社都合 自己都合 早期優遇 平成30年調査計 [80.5] 100.0 26.6 (100.0) (64.3) (5.4) (22.8) (7.5) 1,000人以上 [92.3] 100.0 74.2 (100.0) (63.3) (6.0) (20.3) (10.4) 300〜999人 [91.8] 100.0 59.6 (100.0) (64.8) (5.1) (22.3) (7.8) 100〜299人 [84.9] 100.0 38.2 (100.0) (67.1) (4.7) (26.7) (1.4) 30〜99人 [77.6] 100.0 16.7 (100.0) (64.2) (4.1) (30.8) (0.9) 鉱業、採石業、砂利採取業 [92.3] 100.0 37.9 (100.0) (78.0) (4.5) (12.0) (5.5) 建設業 [87.5] 100.0 24.3 (100.0) (67.8) (3.8) (27.5) (0.9) 製造業 [88.4] 100.0 32.8 (100.0) (68.0) (7.3) (16.3) (8.4) 電気・ガス・熱供給・水道業 [92.2] 100.0 50.3 (100.0) (47.4) (33.7) (13.8) (5.1) 情報通信業 [86.1] 100.0 32.6 (100.0) (55.4) (8.2) (23.0) (13.5) 運輸業、郵便業 [71.3] 100.0 28.3 (100.0) (78.4) (2.4) (15.5) (3.6) 卸売業、小売業 [78.1] 100.0 22.8 (100.0) (59.0) (5.6) (26.2) (9.2) 金融業、保険業 [88.6] 100.0 59.4 (100.0) (59.2) (5.6) (28.1) (7.1) 不動産業、物品賃貸業 [81.5] 100.0 23.0 (100.0) (56.6) (5.9) (26.0) (11.5) 学術研究、専門・技術サービス業 [86.8] 100.0 33.5 (100.0) (70.6) (3.8) (23.6) (2.0) 宿泊業、飲食サービス業 [59.7] 100.0 14.1 (100.0) (76.5) (1.8) (21.7) (−) 生活関連サービス業、娯楽業 [65.3] 100.0 25.9 (100.0) (73.2) (5.8) (20.0) (1.0) 教育、学習支援業 [86.5] 100.0 28.9 (100.0) (68.6) (0.8) (22.9) (7.7) 医療、福祉 [87.3] 100.0 22.1 (100.0) (46.7) (0.3) (47.7) (5.3) 複合サービス事業 [96.1] 100.0 80.7 (100.0) (58.4) (1.3) (17.2) (23.1) サービス業(他に分類されないもの) [68.6] 100.0 20.4 (100.0) (63.8) (11.8) (21.3) (3.1) 平成30※年調査計3) [77.8] 100.0 24.8 (100.0) (65.7) (6.9) (20.4) (6.9) 平成25年調査計 [75.5] 100.0 26.1 (100.0) (58.3) (9.2) (16.9) (15.6) 注:1)[ ]内の数値は、全企業に対する「退職給付(一時金・年金)制度がある」企業割合である 2)( )内の数値は、「勤続20年以上かつ45歳以上の退職者がいた企業の退職者」を100とした退職者割合である 3)「平成30 ※年調査計」は、「常用労働者30人以上である会社組織の民営企業」で、「複合サービス事業」を含まない集計であり、平成25年調査と時系列で比較する場合には、こちらを参照されたい 表5 退職者一人平均退職給付額(勤続20年以上かつ45歳以上の退職者) 年、退職事由 大学・大学院卒(管理・事務・技術職) 高校卒(管理・事務・技術職) 高校卒(現業職) 退職時の所定内賃金(月額) (千円) 1人平均退職給付額1) (万円) 月収換算2) (月分) 退職時の所定内賃金(月額) (千円) 1人平均退職給付額1) (万円) 月収換算2) (月分) 退職時の所定内賃金(月額) (千円) 1人平均退職給付額1) (万円) 月収換算2) (月分) 平成30年調査計 定年 513 1,983 38.6 398 1,618 40.6 320 1,159 36.3 会社都合 611 2,156 35.3 499 1,969 39.5 331 1,118 33.8 自己都合 513 1,519 29.6 363 1,079 29.7 287 686 23.9 早期優遇 536 2,326 43.4 412 2,094 50.8 301 1,459 48.6 平成30※年調査計3) 定年 517 1,788 34.6 387 1,396 36.1 320 1,155 36.1 会社都合 613 2,084 34.0 504 1,987 39.4 330 1,116 33.8 自己都合 499 1,518 30.4 381 1,025 26.9 289 658 22.8 早期優遇 535 2,182 40.8 412 2,071 50.2 297 1,444 48.6 平成25年調査計 定年 516 1,941 37.6 421 1,673 39.7 322 1,128 35.0 会社都合 561 1,807 32.2 409 1,573 38.5 291 1,004 34.5 自己都合 509 1,586 31.1 366 1,159 31.7 286 784 27.4 早期優遇 435 1,966 45.1 360 1,945 54.1 293 1,418 48.5 注:1)「退職給付額」は、退職一時金制度のみの場合は退職一時金額、退職年金制度のみの場合は年金現価額、退職一時金制度と退職年金制度併用の場合は、退職一時金額と年金現価額の計である 2)「月収換算」は、退職時の所定内賃金に対する退職給付額割合である 3)「平成30※年調査計」は、「常用労働者30人以上である会社組織の民営企業」で、「複合サービス事業」を含まない集計であり、平成25年調査と時系列で比較する場合には、こちらを参照されたい 表6 退職給付(一時金・年金)制度の形態別定年退職者一人平均退職給付額(勤続20年以上かつ45歳以上の定年退職者) (単位:万円) 年、退職事由 大学・大学院卒(管理・事務・技術職) 高校卒(管理・事務・技術職) 高校卒(現業職) 退職給付制度計 退職給付制度計 退職給付制度計 退職給付制度の形態 退職給付制度の形態 退職給付制度の形態 退職一時金制度のみ 退職年金制度のみ 両制度併用 退職一時金制度のみ 退職年金制度のみ 両制度併用 退職一時金制度のみ 退職年金制度のみ 両制度併用 平成30年調査計 1,983 1,678 1,828 2,357 1,618 1,163 1,652 2,313 1,159 717 1,177 1,650 勤続20〜24年 1,267 1,058 898 1,743 525 462 487 1,239 421 390 435 548 25〜29年 1,395 1,106 1,458 1,854 745 618 878 1,277 610 527 723 746 30〜34年 1,794 1,658 1,662 2,081 928 850 832 1,231 814 645 794 1,157 35年以上 2,173 1,897 1,947 2,493 1,954 1,497 1,901 2,474 1,629 1,080 1,524 1,962 平成30※年調査計1) 1,788 1,124 1,823 2,188 1,396 859 1,470 2,049 1,155 664 1,175 1,662 勤続20〜24年 919 764 876 1,168 505 426 421 1,293 412 381 367 546 25〜29年 1,216 693 1,446 1,740 730 586 874 1,294 546 461 713 668 30〜34年 1,582 1,024 1,668 1,984 904 807 786 1,216 797 642 770 1,147 35年以上 1,997 1,344 1,958 2,329 1,724 1,105 1,749 2,198 1,627 987 1,532 1,962 平成25年調査計 1,941 1,369 1,923 2,367 1,673 1,091 1,611 2,158 1,128 870 1,131 1,600 勤続20〜24年 826 661 925 991 505 432 434 931 433 312 478 738 25〜29年 1,083 756 1,181 1,551 692 515 819 1,100 603 553 677 739 30〜34年 1,856 1,457 1,691 2,180 938 725 1,221 1,275 856 689 987 1,143 35年以上 2,156 1,567 2,110 2,562 1,965 1,470 1,822 2,272 1,484 1,184 1,541 1,872 注:「退職給付額」は、退職一時金制度のみの場合は退職一時金額、退職年金制度のみの場合は年金現価額、退職一時金制度と退職年金制度併用の場合は退職一時金額と年金現価額の計である 1)「平成30※年調査計」は、「常用労働者30人以上である会社組織の民営企業」で、「複合サービス事業」を含まない集計であり、平成25年調査と時系列で比較する場合には、こちらを参照されたい 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 「働く女性の実情」―女性活躍推進法に基づく取組状況を公表  厚生労働省は、2017(平成29)年版「働く女性の実情」を公表した。これは各種統計調査を用いて、働く女性の状況などを分析した報告書で、1953(昭和28)年から毎年公表している。  2017年版は2部構成で、T部第1章では就業状況や労働条件など働く女性に関する状況について、第2章では「女性活躍推進法に基づく取組状況」について、また、U部では働く女性に関する厚生労働省の施策についてまとめている。  2017年の女性雇用者数は2590万人で、前年に比べ51万人増加。雇用者総数に占める女性の割合は44・5%となっている。女性雇用者総数に占める雇用形態の割合(役員を除く)は、「正規の職員・従業員」44・5%(前年差0・4ポイント上昇)、「非正規の職員・従業員」55・5%(同0・4ポイント低下)。「非正規の職員・従業員」の内訳をみると、「パート・アルバイト」43・5%(同0・4ポイント低下)、「労働者派遣事業所の派遣社員」3・2%(前年同)、「契約社員・嘱託」7・2%(同0・1ポイント低下)となっている。  2016年4月に全面施行された女性活躍推進法に基づく女性の活躍推進企業データベースの分析などからみた女性の活躍状況は、採用した労働者に占める女性の割合は平均39・8%で、産業別では「医療、福祉」71・7%が最も高い。管理職に占める女性の割合は平均14・3%で、企業規模が大きくなるほどその割合は低くなっている。 総務省 65歳以上人口の割合は28・1%  総務省は、敬老の日にあわせて、「統計からみた我が国の高齢者」をまとめた。  国勢調査をもとにした人口推計によると、2018(平成30)年9月15日現在の総人口は1億2642万人で、前年(1億2669万人)と比べ27万人減少した。一方、65歳以上の高齢者(以下「高齢者」)人口は3557万人で、前年(3513万人)と比べ44万人増となっている。総人口に占める高齢者人口の割合は28・1%となり、前年(27・7%)と比べ0・4ポイント増で過去最高。高齢者を男女別にみると、男性は1545万人、女性は2012万人で、女性の高齢者人口は初めて2000万人を超えた。また、年齢階級別にみると、70歳以上人口は2618万人(総人口の20・7%)で、前年と比べ100万人、0・8ポイント増となり、初めて20%を超えた。75歳以上人口は1796万人(同14・2%)で、前年と比べ50万人、0・4ポイント増、80歳以上人口は1104万人(同8・7%)で、前年と比べ31万人、0・2ポイント増となっている。90歳以上人口は219万人(同1・7%)で、前年と比べ14万人、0・1ポイント増となっている。  一方、2017年の高齢者の就業者数は、14年連続で前年に比べ増加して807万人(前年770万人)となり、過去最多。同年の高齢者の就業率は、男性は31・8%、女性は16・3%となり、いずれも6年連続で前年に比べ上昇している。15歳以上の就業者総数に占める高齢者の割合は12・4%(前年11・9%)で、過去最高となっている。 発行物 JILPT 病気の治療と仕事の両立に関する実態調査報告書を刊行  独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)はこのほど、『JILPT調査シリーズbP80 病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(WEB患者調査)』と『同bP81 病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(企業調査)』を刊行した。  働き方改革の議論のなかで、治療と仕事の両立にかかわる支援の強化が求められていることから、同機構では、厚生労働省労働基準局安全衛生部と職業安定局からの要請に基づき、「働き方改革実行計画」をふまえ、がん患者・難病患者などの就労実態を把握するために「WEB患者調査」(bP80)と「企業調査」(bP81)を行った。  働き方改革の進展に加え、高齢者雇用をさらに推進するためには、病気の治療と仕事の両立は重要な課題の一つとなることが見込まれている。報告書は病気の治療と仕事の両立にかかわる現状を把握し、支援強化のための方策を検討する際の基礎的な資料として活用されることが期待される。  報告書は左記のURLからダウンロードが可能で、購入する際の価格は「WEB患者調査」が1700円、「企業調査」が2000円(ともに税別)。 (bP80) http://www.jil.go.jp/institute/research/2018/documents/180.pdf (bP81) http://www.jil.go.jp/institute/research/2018/documents/181.pdf 当機構から 「生涯現役社会の実現に向けた地域ワークショップ」を開催  当機構は、10月の「高年齢者雇用支援月間」に、各都道府県の支部が中心となって「地域ワークショップ」を開催した(一部は11月に開催)。同ワークショップは、生涯現役社会の実現に向けて、企業が高齢者雇用への理解を深めることを目的とし、高齢者雇用に関する基調講演、高齢者を戦力化し活き活き働いてもらうための情報提供、高齢者雇用に先進的な企業の事例発表などで構成される。  今回は、10月10日(水)に当機構和歌山支部が主催した、「生涯現役社会の実現に向けた高年齢者雇用 地域ワークショップ」の模様をレポートする。  同ワークショップでは、内田賢まさる東京学芸大学教育学部教授による「高齢者の戦力化に向けて」と題した講演が行われた。講演の前半では、高齢者雇用推進のヒントや高齢者雇用に必要なことなどを解説。後半では、高齢者が職場でその力を発揮するためには、高齢者本人の意識改革や発想の転換が必要との視点から、当機構が作成した60歳を目前に控えた50代向けのワークブック『12の漢字が魅せる〜高齢期に輝くための心掛け〜』を使って、60歳以降も活き活きと働くための研修の必要性を語るとともに、研修の具体的な内容、進め方などを紹介した。また、研修の一部を参加者が体験する時間も設けられた。  内田教授は、「現状の高齢者雇用では、@60歳定年以後の年金支給開始年齢までの希望者全員再雇用、A60歳以上への定年延長、B定年廃止という大きく3つの選択肢があるなか、約8割の企業が@の再雇用を選択している」と説明。しかしながら少子高齢化や人手不足の状況などを背景に、高齢者の活用をより真剣に考えていく状況となってきていることをふまえて、定年延長に着目し、多くの企業がまだ選択していない定年延長の課題として次の4点を挙げた。 @余人をもって代えがたい人材かどうか A年功賃金のままでは人件費負担増となる Bポストがつかえて若手から懸念の声が上がる C新陳代謝がなく職場がよどむ  また、すでに定年延長を行った企業の考え方や取組みを紹介し、そこから課題への対策を次のように導き出し、説明した。  @の余人をもって代えがたい人材かどうかについては、「本当にその高齢社員にあった仕事に配置する適材適所、がんばった人をきちんと評価する人事考課、キャリアアップや自分の将来を意識して考えてもらう機会をつくることが必要」と説いた。Aの人件費負担増については、賃金カーブを修正すること、Bのポストの問題については役職定年などを設けること、Cの新陳代謝が失われる懸念については、高齢者の意欲向上を図るための仕組みづくりなどの必要性を説いた。  内田教授はさらに、「60歳以降も活き活きと働くためには、50代からの研修が重要となる」と強調し、研修に活用できる資料として、『12の漢字が魅せる〜高齢期に輝くための心掛け〜』の内容と活用方法を紹介した。  同ワークブックは、12の漢字をキーワードに、3つのステップ(60歳を迎える前、60歳になって職場で働くとき、活躍を終えて職場から去るとき)により、60歳以降の変化に対応できる心構えが持てるようになるヒントを掲載している。  内田教授は「研修の講師は指導役≠ナはなく進行役≠ニして本書を用いることで、受講者がこれから(60歳以降)のことを考える、あるいは、より深く考えてもらうきっかけづくりになる研修としていただきたい」と説明。その後、参加者は同ワークブックを用いた研修の一部を体験し、好評を博した。  休憩をはさんで、「和歌山県の高齢者等の雇用促進施策について」をテーマに和歌山県商工観光労働部労働政策課主査の森祐介氏から、続いて、「65歳超雇用推進助成金について」をテーマに、当機構和歌山支部から、それぞれ現状と制度などの紹介、情報提供がなされ、盛況のうちにワークショップは閉会となった。 『12の漢字が魅せる〜高齢期に輝くための心掛け〜』を用いた研修体験の様子 【P60】 次号 予告 1月号 特集 定年延長・継続雇用の“本当のところ” リーダーズトーク 酒井大介さん(SCSK株式会社人事グループ人事企画部長) 〈高齢・障害・求職者雇用支援機構〉 メールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メールマガジン 検索 ※カメラで読み取ったQR コードのリンク先がhttp://www.jeed.or.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには−− 本誌の定期購読は株式会社労働調査会にお申し込みください。 1冊ずつの購入もこちらで受けつけます。 ★定期購読についてのお申し込み・お問合せ先:株式会社労働調査会  〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5  電話03-3915-6415 FAX03-3915-9041 ★雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご注文いただくこともできます。URL http://www.fujisan.co.jp/m-elder 編集アドバイザー(五十音順) 今野浩一郎……学習院大学名誉教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部人財部門 金沢 春康……サトーホールディングス株式会社人財開発部 人事企画グループ人事企画担当部長 菊谷 寛之……株式会社プライムコンサルタント代表 阪本 節郎……株式会社博報堂エルダーナレッジ開発 新しい大人文化研究所所長 清家 武彦……一般社団法人日本経済団体連合会 労働政策本部 上席主幹 深尾 凱子……ジャーナリスト、元読売新聞編集委員 藤村 博之……法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科教授 真下 陽子……株式会社人事マネジメント代表取締役 山ア 京子……アテナHROD代表、学習院大学特別客員教授 編集後記 ●10月22日に開催された未来投資会議(議長:安倍晋三首相)にて、70歳までの就業機会の確保に向けた検討を始めることが示されました。高齢者の希望や特性に応じて、多様な選択肢のなかから働き方が選べるような仕組みとすることを目ざし、2019年夏頃までに実行計画を定め、それをふまえ、法案の検討を進める予定となっています。生涯現役時代における新しい雇用形態がどのように形になっていくのか。その動向に注目が集まります。 ●今回の特集テーマは「副業・兼業」。厚生労働省では、今年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定するとともに、モデル就業規則を副業・兼業を容認する内容に改訂。多くの企業が副業・兼業を禁止しているなか、解禁に動く大手企業も見られます。  そこで今回は、法政大学の石山恒貴先生による総論をはじめ、副業・兼業の取組みが進む背景や、副業・兼業解禁で問題となりやすい雇用管理上の課題などについて、高齢者雇用の視点を交えて解説しています。  また、リーダーズトークでも、労働法研究の第一人者である諏訪康雄先生にご登場いただき、副業・兼業の可能性についてお話しいただいています。  「柔軟な働き方」というと若い世代をイメージしがちですが、高齢者だからこそ活躍可能な働き方の一つとして、今回の副業・兼業特集を参考にしていただければ幸いです。 ●10月から全国で開催している「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」および「地域ワークショップ」にご参加いただきありがとうございます。残すは東京(12月13日)、大阪(1月18日)の2会場(シンポジウム)です。みなさまのご参加をお待ちしております。 月刊エルダー12月号 No.470 ●発行日−−平成30年12月1日(第40巻 第12号 通巻470号) ●発 行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 発行人−−企画部長 片淵仁文 編集人−−企画部次長 中村雅子 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2  TEL043(213)6216(企画部情報公開広報課) ホームページURL http://www.jeed.or.jp  メールアドレス elder@jeed.or.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5  TEL 03(3915)6401  FAX 03(3918)8618 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験などを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.295 色と模様のガラスの小宇宙、とんぼ玉の普及に貢献 とんぼ玉・ガラス絵付け作家 森谷(もりや) 糸(いと)さん(75歳) 「教室に参加したみなさんがいきいきとした表情で手を動かしており、情操を高める最高の趣味だと思います」 田園地帯に工房を構えるガラス工芸作家  とんぼ玉・ガラス絵付け作家、森谷糸さんの工房「スペース356」は、千葉市郊外にある。工房名の“356”は所在地の番地に由来し、所番地を知れば近隣住民なら緑豊かな田園地帯を特定できるという。とんぼ玉とはガラスを用いて色や模様を施し、紐などを通す穴を開けた玉のことで、トンボの複眼に似ているところから名づけられたという。  「私がとんぼ玉とガラスの絵付けの創作を始めたのは1979(昭和54)年ですから、40年ほどになります。ガラスの食器や花瓶などへの絵付けは花や実を題材にしていますので“花ぐらす”と称しており、着色ガラスパウダーで描いています。  とんぼ玉は、ガラスの棒や塊(かたまり)をバーナーで溶かして模様をつくり象嵌(ぞうがん)するのが一般的ですが、色の着いたガラスパウダーを塗ったり絵を描いたりする彩色玉の手法にも挑戦しています。今後も研究の余地は十分で、可能性はどこまでも広がっていきます」  61ページの写真がとんぼ玉、63ページ下段の写真が花ぐらすの作品だ。森谷さんのとんぼ玉は2002(平成14)年に千葉県の伝統的工芸品の指定を受けている。  「私の一番弟子である駒野(こまの)幸子(さちこ)さんも、2012年に千葉県の伝統的工芸品の製作者に指定されています。成田市で教室を主宰している娘の深冬(みふゆ)と三人展を開いたこともあります。  これまで私の教室には1000人を超える方がおみえになっていますが、駒野さんや娘のように作家として活躍する方も全国に何人かおられるようです。とんぼ玉を趣味として楽しむ方が増えてきたのはここ10年ほどのことでしょう」  森谷さんの作品は個展や各地の百貨店の展示会で好評を博し、買い求めるファンも多い。 30代になってガラス工芸の大家に“押しかけ師事”  群馬県出身で、上京し大手電機会社に就職した森谷さん。子どものときから大好きな植物画を描いたりする一方で、光の反射と透過が見せるガラスの世界に魅せられていたという。30 代になって、そんな漠然とした思いを具体化する出会いがあった。  「たまたま手にとった雑誌で、ガラス細工の第一人者、飯降(いぶり)喜三郎(きさぶろう)さん※のとんぼ玉を見て、『これを自分でつくることができたら、どんなに楽しいだろう』とすっかり魅せられてしまいました」  そこからの行動力が森谷さんの真骨頂だ。工房に押しかけ弟子入りを懇願。許可されたのは、飯降氏が日曜日に私的につくる数個のとんぼ玉製作の見学のみ。それでも、東京から氏の工房がある大阪まで夜行バスで10カ月ほど通ったという。  「飯降さんは自分からお話はしても、あまり質問には答えてくれませんでした。でも、自分でつくってみて思いました。必要なことはすべて教えてくれていたのだなと」  それからはバーナーの扱いだけでなく、ガラス工場で宙吹(ちゅうぶ)きを体験して試行錯誤で独自の世界を切り拓いていった。  「バーナーワークでも手の動かし方や炎の温度によってガラスの溶け方が違います。熱せられたガラス棒(カラーロッド)がトロリと溶けて芯棒にくるりと巻きつく。そこに巻きつく色ガラスを重ねて模様をつける。とんぼ玉を小宇宙にたとえる方がいますが、たしかに小さな作品のなかに無限の広がりをもった世界です」 作業中いきいきとする生徒の表情が印象的  ホームページには教室の多様なメニューが紹介されている。  「教室を開いた最初の生徒は、軽い身体障害のある方と自閉症の方でした。作業しているうちに表情がいきいきとしてくるんです。  小学4年生以上から生徒を受け入れていますが、バーナーを使いますから小学生は親同伴が条件。お母さんのほうが夢中になってしまうこともありますね(笑)」 ガラス工房 スペース356 http://www.space356.jp/ TEL:043(237)7799 FAX:043(237)4147 (撮影・福田栄夫/取材・吉田孝一) ※飯降喜三郎(1920〜1990)……大阪府富田林(とんだばやし)市のガラス工芸家。明治期に職人が途絶えてしまったとんぼ玉を息子の喜三雄氏とともに現代に復活させた 右手の黄色のガラス棒(カラーロッド)を下のバーナーからの炎で溶かしながら左手の金属の芯棒に巻きつけて、穴の開いた玉をつくる 中央に金床(かなとこ)、その右に炎口(ほのおぐち)、右奥は冷却用の砂箱 夫のガラス工房代表・誠一さん(左)。糸さんの創作活動とガラス細工教室の運営を支える 玉ではなく芯棒に動物の造形を巻き付けることも ガラスパウダーによる絵付け。右は藤の花、左は熟した烏瓜(からすうり) 自宅には工房とともに作品を展示販売するギャラリーも併設 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! 今回のテーマは「記憶力」です。75歳以上の方の運転免許証更新時に使われている認知機能テストとよく似た問題で記憶力を鍛えましょう。 第19回 忘れないでいられる? 高齢者が運転免許証を更新する際に行われるテストをアレンジした問題です。絵を覚えた後に複雑な作業をしても、絵を忘れずにいられるでしょうか? 目標 8分 1 1分間で下の5つを覚えましょう。 なす ハンガー 時計 めがね トラック 2 上の絵を隠してください。 3 3分間で、下の表の2と7と9のすべてに丸をつけましょう。 3 4 5 1 2 9 7 6 4 0 5 6 4 1 8 6 9 0 5 3 7 2 1 6 9 0 9 6 8 7 1 9 3 7 8 4 2 4 7 9 5 3 8 0 5 1 8 1 9 1 4 2 6 7 4 7 9 8 0 3 9 4 0 5 8 2 9 1 2 4 6 0 4 6 1 9 0 5 2 7 3 5 9 8 2 5 3 0 5 9 5 4 1 3 9 8 5 8 6 2 0 6 2 8 4 1 7 4 9 2 1 0 6 8 4 2 7 3 3 6 0 9 6 8 7 0 7 2 5 4 9 1 7 2 6 4 9 5 2 0 6 4 1 7 4 上に描いてあった絵は何でしょうか? 5つ答えてください。 記憶のネットワーク  同窓会や結婚式などのイベントで、久しぶりに会う人に「あれ、だれだったかな」なんて思い出せないこと、よくありますよね。記憶力の低下を「年のせい」と思っていませんか。  たしかに、今回のように何かを覚えた後に別のことをして、また思い出すといった課題では、年とともに成績が悪くなります。また、この成績が極端に悪くなると認知症も疑われます。一方、こうした「干渉記憶(かんしょうきおく)課題」はくり返すと成績が上がり、それぞれの記憶を別のメモのように扱ったり、深く記憶したりする効果が期待できます。  記憶には、覚える段階の「記銘」、覚えておく段階の「保持」、思い出す段階の「想起」があります。これは別々のプロセスで、関連する脳部位も異なります。  しかし、記憶という神経ネットワーク全体を見ると、「記銘←→保持←→想起」とつながっていて一体化しているのです。このつながりを強化することが、「記憶のネットワークを脳内につくる」ということになります。「覚える」だけではダメで、「思い出す」ところまでつなげることが、実は大事なのです。 今回のポイント  しっかり覚えたつもりでも、その後に別の作業を挟むと忘れやすくなります。  覚えたことを忘れたくない場合は、覚えてすぐに眠るのがコツです。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2018年12月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市大字漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒261-0001 千葉市美浜区幸町1-1-3 ハローワーク千葉5階 043-204-2901 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〃 〃 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〃 〃 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 奈良県橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒780-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町大字若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 平成30年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム  世界に類をみない高齢化が進むなか、高齢者を安定的に雇用することは、重要な課題の一つとなっています。政府においても、2018(平成30)年5月に開催された「人生100年時代構想会議」において、意欲ある高齢者が65歳以上まで働ける環境整備を進めていくこととされています。  そこで、「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を開催し、外部有識者による講演や、当機構が行った企業調査結果をもとに、継続雇用・定年延長によってもたらされた効果・メリットなどについて報告します。そのうえで、定年延長などを行った企業事例の紹介・パネルディスカッションを行い、みなさまとともに継続雇用・定年延長について考えます。ぜひ、ご参加ください。 大阪 人生100年時代 継続雇用・定年延長を考える 〜生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム〜 日 時 平成31年1月18日(金)13:00〜16:00(開場 12:30) 場 所 ドーンセンター 7階ホール(大阪府立男女共同参画・青少年センター) 大阪府大阪市中央区大手前1-3-49 定 員 400人(先着順) 《プログラム》 講演 「高齢社員の人事管理 60歳代以降を考える」 学習院大学名誉教授 学習院さくらアカデミー長 今野浩一郎 氏 企業事例 サントリーホールディングス株式会社 大和ハウス工業株式会社 調査報告 「継続雇用・定年延長の課題と効果」 当機構 雇用推進・研究部長 浅野浩美 パネルディスカッション「継続雇用・定年延長を考える」 コーディネーター:今野浩一郎 氏 パネリスト:事例発表企業2社 ほか 入場無料 申込み方法 @参加者のお名前(ふりがな)、A会社名、B役職、C連絡先電話番号、D管轄ハローワーク(A、B、Dについては、企業関係者のみご記入ください)をメール本文にご記入いただき、タイトルを「シンポジウム申込み」として、osaka-kosyo02@jeed.or.jp あてにメールをお送りください。 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 研究開発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 http://www.jeed.or.jp/ 主催 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 後援 厚生労働省 2018 12 平成30年12月1日発行(毎月1回1日発行) 第40巻第12号通巻470号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 〈発売元〉労働調査会 定価(本体458円+税)