働く広場2015年5月号
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9働く広場 2015.5をするのは、当たり前の風景になった。親会社の担当者に指示を出すこともあり、製造部長で車いすの松本淳治さんは、親会社の事業部の管理職に講演したこともある。後藤相談役の口癖は、「障害者が仕事ができないのは、90%は指導者が悪い」。「毎日が真剣勝負。妥協したら、人はなかなか脱皮できない。目標は、定年まで働いてもらうこと。中間層がしっかりしていなければ、会社は成長しません。障害者が主役という根底を崩さなかったら、障害を持っていても組織の中でリーダーシップを発揮します」2018年には、社員を150人に増やす計画を立てている。そのためには年間約10人の採用が必要で、半数は精神障害者になりそうだ。田村工場長は、「働く場所と仕事を確保しなければなりません。仕事の確保も、安定して働く社員を育成していくことも大変だと思いますが、65歳の再雇用定年まで働いて自立してもらうための力になり、150人の雇用をめざしていきたいと思います」澁谷現社長は、社長を引き継ぐまで障害者と接触したことはなかった。「ほかの特例子会社の方から『大変ですね』といわれるのですが、製造部長からリーダーまで社員が育ってきています。会社の風土は変えないで、障害者自身が管理・監督職になっている会社を守っていく。ダイキングループの社会貢献の1つとして、毎年10人ぐらい採用する必要がありますが、部長以下の障害者をさらに支援しながら、いままでの体制の延長で雇用を拡大していきたいと思います」経営陣の障害者雇用への熱い思いを受け、社員は障害をオープンにして働いている。「障害者をこき使う会社ですよ(笑)」と澁谷社長。そう明言できるのは、障害者を1人の社員として認めている証だと思う。新旧経営陣から伝わる和やかな雰囲気どおり、会社のベースはとても暖かそうだ。精神障害者の雇用へのしっかりした取組みを実感できた取材であった。かない・仕事は厳しく・職場は明るく』ですが、この3つを社風として意識してきました。仕事は成果主義、遊ぶときは仲良しクラブで徹底して遊ぶ。その点をうまく使い分けながらやっています」  應武さんは1996年から一昨年まで社長を、後藤さんは1995年から昨年まで、工場長を、それぞれ務め、「経営陣がぶれたらあかん。ぶれない姿勢を保とう」と障害者雇用に取り組んできた。そのベースに、ダイキン工業の井上礼のり之ゆき会長の「基軸は人」、「人の持つ無限の可能性を信じ、絶えず高い目標に向かって挑戦する」というグループの経営理念がある。「社員を増やすのは簡単ではなかったですが、増やすものだと思ってきました。精神障害者が多数働いていますが、雇用管理体制は整ってきました。社内での理解が深まってきたことで、障害の種別なく、自然体で働けるようになっていると思います。この雰囲気をさらに発展させていきたいですね」こう語る應武さんは2012年、「アジア太平洋障害者の十年(2003~2012年)」最終年記念 障害者関係功労者として内閣総理大臣表彰を受けている。すでに障害者の管理職が誕生し、聴覚障害者のリーダーと部下が手話で打ち合わせ障害者が管理職。将来は社員200人に澁谷栄作代表取締役社長

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