働く広場2015年5月号
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19働く広場 2015.5 2016年4月に施行予定の「障害者差別解消法」(以下「解消法」)は、米国のADA法(    )の日本バージョンといってよい。米国ではこの法律が1990年に制定されたことにより、車椅子用のトイレや駐車スペースなどの整備が進み、障害者のQOL*は格段に改善された。実際、私が脳性麻痺の息子とともに1993年から2年間米国に滞在したときも、この法律のおかげで日常や学校での生活にほとんど支障を感じなかった。 だが、いいことばかりではない。米国のワシントンタイムズ紙は、「障害の範囲拡大で訴訟は2倍に」と題する記事で、「2011年度の障害者差別関連の苦情件数は2万6000件、和解金は100億円以上に達し、これは2007年の2倍近くの数字である」と報じている。実際、2013年7月、MISOという米国企業は、「産後うつ」で1カ月欠勤した女性を解雇したことがADA法違反に当たるとして900万円の和解金を支払ったし、2014年4月にはテーマパーク内の「障害者優先レーン」を悪用する利用者が後を絶たないことから同レーンを廃止したディズニーに対し、自閉症の子どもを持つ16家族が「配慮が足りない」として訴訟を起こした。こうした訴訟の急増を受け、米国労働省は、ADA法は「仕事に適格な」障害者に対する差別を禁止しているのであって、どんな障害者も優先的に雇えと命じているのではないとの通達を出したほどである。 なぜ障害者の権利を守るための法律の制定がこのような事態を招くのだろうか。ここで注目すべきポイントは、「障害の範囲」と「仕事の適性」である。仮に、HIV感染やガン罹患の社員に対して、会社が減給や配置換えなどの扱いをしたとしよう。これが不法行為に当たるかどうかの判断基準は、HIV感染やガン罹患も「障害」に含まれるかどうかという点と、仮に障害とした場合、それがどのような仕事に対する適性を損なうのかという点である。例えば、タクシー会社に「運転手」として採用されている社員がてんかんを発症した場合、第2種運転免許を持てなくなるため仕事の適格性は失われる。したがって、会社がこの運転手との雇用契約を解消することは差別には当たらない。しかし、日本の多くの企業が行っているいわゆる「総合職採用」では、社員はどのような仕事をするか明確にされていない。つまり仕事への適性が不明確なのである。したがって、ある社員が障害を負い、現在与えられている業務の遂行がむずかしくなったとき、その社員を解雇すれば「解消法」違反の不法行為に当たる。これは、企業がその社員に適格な仕事を見つける配慮を怠ったとの解釈による。 これまで日本の企業は新卒採用の際、何でもそつなくこなすオールラウンドプレーヤーを優先的に入社させることで、適材適所の人事を行う手間を省き、人事異動にかかるコストを節約してきた。だが今回の「解消法」はそうした人事のやり方を根本から見直すきっかけになるだろう。なぜなら、社員の能力を見きわめ、本人の了解も得たうえで適格な仕事につけることをこの法律は前提としているからである。 とはいえ、私は障害者雇用の失敗の責任をすべて「解消法」違反として企業に押しつけることには賛成しない。過大なコスト負担は、企業に障害者雇用への警戒心を植え付け、結果として障害者の働く場を狭めることにつながりかねないからだ。前回でも述べたように、どのような配慮が「理にかなっているか」は国民全体が考えるべきテーマである。国民が配慮のレベルを上げれば、行政機関も法律を厳しく運用する必要はなくなるだろう。そして、企業にとって障害者を社員や消費者として受け入れることのハードルは下がるはずだ。 「解消法」の制定を訴訟合戦のゴングにしてはならない。どうすれば障害者を含めた社会全体の便益を増やすことができるか、国民が考えるきっかけとしなければならないのである。なかじま たかのぶ 慶應義塾大学商学部教授。専門は応用経済学。1960年生まれ。1983年慶應義塾大学経済学部卒業、2001年より同大学商学部教授。同年、慶應義塾大学博士(商学)取得。2007年より内閣府大臣官房統計委員会担当室長を約2年間務める。経済学とは一見縁遠いと思われる対象を経済学の視点から一般向けに論じた著書多数。また、大相撲にも造詣が深く、日本相撲協会「ガバナンスの整備に関する独立委員会」では、副座長として相撲協会改革案について意見書を取りまとめた。*クオリティ・オブ・ライフ。心身の健康や人間関係、社会生活の充実度など、生活の質を指す概念中島 隆信「障害者差別解消法」をきっかけに第5回〈最終回〉ActAmericans with Disabilities

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